第2話 無能の夢

「おい、ルイス大丈夫か?」


 心配そうに俺の顔を覗き込むのは父親だ。


「あ、うん。だ、大丈夫――いたっ!?」


「ほら! 無理して立ち上がろうとするからだ。打ち所が悪かったらヤバかったんだぞ」


「ルイス悪いな! 寸止めするつもりだったんだが。思った以上にお前がトロイから目測を誤ったわ」


 両手を合わせて頭を下げるボッシュ。我が家の次兄だ。端から見ると謝罪のポーズだが口元が吊り上ってやがる。無論、父からは死角になってそれは見えない。というか謝る際に相手をトロイとか言ってる時点でアウトだよな。


「ルイス、今日は無理せずにあそこの草むらに座って見学していろ」


「う、うん……」


 俺は頭をさすりながら父と兄妹たちの訓練を眺める。ほっぺたを抓ってみた。痛い……。


「やはり、夢じゃないみたいだ」


 どうやら俺は転生したようだ。剣術の訓練中に頭を強く打った衝撃で前世の記憶が戻ったのだ。ある意味ボッシュの悪意に感謝だな。


 でも、俺はいつの間に死んでしまったのだろう。最後の記憶は高校の屋上なのだ。いくら思い出そうとしてもそれ以上の記憶は出てこなかった。


 まさかデブだったから心筋梗塞にでもなって急死したのだろうか。最後に何かを見たような気もするが記憶が戻ってこない。


 しかし、転生なんてほんとにするんだな。俺、魂の存在なんか信じてなかったよ。死んだらそこで終わり。あとは無に還るばかり。神とか宗教信じる奴なんて馬鹿だよな、とさえ思っていた。


 ラノベの転生ものは好んで読んでいたけどね。でも、あれはあくまで娯楽としてだ。


 しかし、自分が実際に転生したとなると話は別だ。信じる信じないという問題ではない。現に妹尾卓也として十七年間生きてきた記憶と、ルイスとして生まれてからの記憶が同居しているのだ。それが真実だった。


 こうなってくると神も実在するのではないかと思う。


「今日の練習はここまで!」


「「「ありがとうございました!」」」


 父親に対して三人の子供が一斉に礼をする。


「あー、いい匂いがするー」


「早く飯にしよーぜー!」


「お前らちゃんと片づけをしろ!」


 次兄と妹が屋敷に向かって駆けだした所を諫める長兄。ほんとしっかりしてるよな。


 ここはヒゲルの村。人口は千人ほどしかいない。我が家は代々この村の管理を務めて来た。小領主の父とそれを支える母。長兄、次兄、俺、そして妹の四人兄妹だ。


「ルイス、もう立てるか?」


「うん、大丈夫だよ」


 父が俺の手を握って立たせてくれた。大きくて暖かい手だ。妹尾卓也の記憶にはそんな父親の記憶はない。日々怒鳴りつける飲んだくれのスキンヘッド姿しか思い浮かばなかった。

 

「さあ、手を洗って皆で夕食にしよう」


   **** 


「レオン、もうすぐだね」


「ああ、とうとう来月に迫ってきたな」


「今年こそ優勝してね!」


 俺の事を唯一馬鹿にしない長兄のレオンには是非とも活躍して欲しい。素直にそう思えた。


「うははは! 腕がなるぜー!」


 ボッシュは事故にでもあって大怪我でもすればいいと思う。ちなみにこの世界では、というか少なくともこの村では、兄さんという敬称はつけない。基本的にファーストネームで呼び合うのが習わしだ。


「ルイスにそう言って貰えるのは嬉しいが、そう簡単にはいかないだろう」


「きっと大丈夫だよ! あんなに稽古していたんだから、今年こそ一番だよ!」

 

「確かに鍛錬には励んできたつもりだ。だが、ライバルたちもまた同様に特訓してきていることだろう」


「大体テメーは武闘大会を見た事すらないだろーが。考えがあめーんだよ」


 ボッシュの野郎。お前だって昨年が初めての癖に。


 長兄のレオンは今年で十四歳。昨年の武闘大会では未成年の部に出場。見事に準優勝を収めたのだ。この世界では十五歳から成人と見なされる。なので今年が最後のチャンスだ。


「優勝したら王都の学園に入学出来るんだよね」


「そうだな。ルイスも児童の部で出場してみたらどうだ?」


「ぶははは! レオンはなにを言ってるんだ。それ新しいジョークか? こんな《無能》が出ても予選すら通過できないに決まってるじゃないか」


「ボッシュ!? あなたは何度いったらわかるの!」


「いいんだよ母さん」


「あなたが良くても私が許さないわ!」


 燃えるような瞳がボッシュを睨みつけていた。実際、炎のように赤い。髪も瞳と同色だ。それが我が家の血筋だ。


 この世界の住人は実にカラフルな髪と目をしている。


 色は魔力属性と連動している。青であれば水。緑であれば風。白ければ氷といった感じだ。


 色の鮮やかさが強ければ強いほどその属性が強い証明になる。うちの血筋は深紅ともいえる色合いだ。つまり火属性。嫁いできた母も属性を強めるために火属性だったりする。この世界では伴侶をそのような基準で選ぶことは普通だ。ちなみに家族は皆、顔の彫りも深い。


 対して俺だけが違う。


 俺はこの世界でも見た目がほぼ日本人なのだ。髪も目も黒い。顔もどちらかというと凹凸が少ない。ソースではなく醤油顔なのは残念だが、問題はそこではない。

 

 黒は属性なし――。


 所謂、無能なのだ。村では忌み子として蔑まれていた。


 二千人いるこの街にも灰色っぽい奴は数人いるが、黒髪黒目は俺一人だ。異世界転生したのに逆チートとは……。


「どうする? ルイス出てみるか?」


 父が俺に問いかける。そこには侮蔑しているような表情は一切なかった。


「僕は……」


「恥ずかしいから止めてよね」


 一つ年下の妹も反対してきた。


「ミーチェル。お前には聞いてない」


「でも、ルイスって剣に炎を付与できないよ! それどころか身体強化すらできないじゃん。魔力を纏わずに戦っても無様に負けるだけよ!」


「ミーチェル!」


「父さん、僕……。僕も出てみたい!」


「よく言ったぞルイス。試合は勝ち負けじゃない。今のお前のベストを尽くせばいいんだ」


 実は武闘大会に出たいわけではない。大会はこの村から北に十キロほどの街で開かれるのだ。そこは人口が二万人もいる大きな街だと聞いている。そこに行ってみたいのだ。


 俺はこの村で一生を終えたくない。


 前世の記憶が戻ったから余計にだ。折角、魔法と剣の世界に転生したんだ。男子なら一度は憧れたことがあるはずの世界。それなのにこんな閉鎖された場所で第二の人生を送るなんてまっぴらごめんだ。


 力はなくても知識はある。


 高校時代、成績は上の下くらい。そこまでいい方ではない。だが、それは単純な学力だ。俺はもっと実用的な物を好んだ。料理本やキャンプ雑誌から始まり、高校三年生の時には畑作りやサバイバル術の本にまで手を伸ばしていた。


 無人島で生きたかった。


 誰もいない世界に憧れた。クラスメイトも家族もいらない。魚を釣って、作物を耕し、火を起こして真水も作る。自分一人で完結する無人島での生活。日本だけでも六千以上の無人島があるのだから可能なはずだ。そう信じていた。息抜きにラノベを読んだりもしたが、実用書を相当読みこんだ。


 誰も居ない島での生活を夢見る日々。現実世界から逃避するにも具体的な事柄まで知っているのと知らないのでは大違いなのだ。


「父さん、試合に備えて明日からは少し厳しめにお願い!」


「おお、やる気になったようだな」


 前世の記憶が戻ったのだ。少なくともボッシュに後れをとることはないだろう。大会まで約一か月、その間に体を鍛えることにしよう。


 目標は武闘大会の開催される街の中で行方知らずになることだ。


 確かにこの世界の父と母は優しい。でも、出来損ないの俺はここにいるべきじゃない。村の者たちは領主が俺を普通に育てている事に強い不満を抱いているのだ。


 無能が産まれると災いが起きる。村にはそういう言い伝えが残っている。なので俺が産まれた時に父に詰め寄った輩までいるそうだ。災いを呼び寄せる赤子を殺せと。両親はそんな馬鹿げた話と歯牙にもかけなかった。


 いまでも領主を変えるべきだと公然と口にする村民も少なくない。


 だから、俺は冒険者になる。


そして一人で気ままに旅をするのだ。世界を見て廻った後は、無人島で暮らそうかな。


 そのためにも、なんとか魔物を倒せるくらいには強くならないとな――。

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