改稿第八節 ほたるの唄 あるいは 火の鳥復活編

 森倉文香の長い語りが終わった。

 大人しげな少女から語られた、あまりに鮮烈な恐怖体験談であった。


 正直言って、カルトは初対面の森倉文香に対してあまり強い印象を受けなかった。特徴と言えばその髪型ぐらい。少し茶が入った髪を、一本の三つ編みにして左肩にかけている。顔も可愛らしいが、あまり目立つタイプではない。挨拶をした様子だと、いくらか人見知りの気も感じられた。

 クラスの片隅で大人しくしていそうな、内向的な女の子。

 萌崎カルトから見て、それが森倉文香の第一印象だった。

 それがどうだ。

 まさかこれほどのものを秘めているとは。

 まさか彼女の体験談に、こんな戦慄を覚えるとは。

 カルトは、そして君谷ほたるすら思わず声を揃えて叫んだ

 



「「話すのめっちゃ上手い!!!!」」




 大・絶・賛。

「えぇ、そこですかぁ……?」

 だが森倉本人は、ひどく不本意そうであった。

「まさかこの話をして、第一声でそんな感想が来るとは思いませんでした……」

 やさぐれる森倉を見て、ほたるは慌てて言い足す。

「ごめんなさい、ごめんなさい。気が効かなかったわ」

「あ、いえ、謝っていただく程のことでは……」

「言葉選びがシンプルかつ秀逸でした。文のリズムも臨場感が抜群で」

「具体的な批評が欲しいわけでは……」

 一方で萌崎は、

「+★★★」

「暗に星を要求したつもりもありません……」

「おっと申し訳ないです。圧倒的な才能を前に、動揺してしまって」

「でも本当に凄かったわ。まるで回想シーンを追体験したみたい」

 カルトも、聴きながら取っていたメモを見て頷く。

「はい。レポート用紙が三枚目に突入してます。情報密度がハンパないです。プロの吟遊詩人の方ですかってレベルでした」

「ええ、異世界に転生してもチート吟遊詩人として食べていけるわね」

「そうですね。もしも転生しちゃったら、なった方が良いですよ」

「ええ、なりましょう」

「なろう、なろう」

「え、私、コレ褒めて頂いてるんですよねぇ……回りくどく馬鹿にされているわけじゃないですよねぇ……」

 森倉文香は複雑な表情だった。

 だがカルトもほたるも本気であった。

「貴重な素質だわ。こんな才能が身近にいたなんて」

「こういう才人が、全国の友達の友達として都市伝説を広げて下さってるんでしょうね」

「えっと森倉さん、部活は何に入っているの?」

 君谷ほたるはそう尋ねた。

 鹿金高校では、全生徒に部活の所属が義務付けられているのだ。

「ひょっとして、文芸部かしら?」

「えっと、はい、まあ……」

「なら、きっと書く方がメインの方ね。この才能だもの」

「そ、そうでもないですが……」

「あの、あまり下世話なことを言いたくはないのだけど」

 君谷ほたるは、目をキラキラ輝かせて言った。

「ぜひお父様を無事にお助けしたいわね。そして是非ぎゅうぎゅうのフッカフカに恩を着せて、現代神話研究部に引き抜きたいわ」

「さすがです、ほたるさん。ホントに下世話なこと言ったのに、全く後ろめたさを感じさせないカリスマ性。さすがです」

「くすすす。おべっか使っても何も出ないわよ、カルト君」

「…………」

 森倉文香が『何なんですか、この変な人たち』という目になっていたが、二人は気にしなかった。慣れているのだ。

「そうとなれば、神研の良いところを見せなくてはならないわね」

「そうですね。頑張りましょう」

 阿吽の呼吸で微笑み合う変な二人を、森倉はじとりと冷たい目で見ていた。正直言って、もはや期待値はゼロという表情であった。

 ところが。

「桑津、という目的地の地名は非常に妥当だと感じました」

「そうね。対になる形で『野松』という過去の地名は、『のまづ』であった可能性が高いわね」

「差し障りがあったので、明治維新かなにかの時点で名前を変えたのでしょう。だけどある程度、元の意味を残して警告するため対語に」

「あるいは本当に状況が悪化して、『くわづ』になってしまったのかも」

「少なくともスマホで河川図を確認する限り、北上川の支流が何本か桑津周辺を通っていますね」

「なるほど、川ね。だから水道水じゃダメだったのね」

「はい。その点でも桑津は筋が通ります」

 矢継ぎ早の会話に、森倉は慌てて聞き返した。

「ちょ、ちょっと待ってください。いきなりなんの話ですか」

 森倉の面食らった様子に気づき、カルトは詫びた。

「あ、すみません。内輪の会話をしてしまって」

 そしてカルトは苦笑いをすると、こう付け足した。

「気が効かなくて申し訳ないです。ほたるさん考える速さに合わせようとすると、俺も一杯いっぱいで」

「え、ええ……」

 戸惑った様子の森倉に、しかしカルトは話し続ける。

「しかし初めてだと面食らうでしょう。俺も初めてほたるさんに会った時は、衝撃でしたよ。こんなに頭が回って、しかも見目まで麗しい女の子が実在するなんて。まあ、君谷光太郎先生のお孫さんと聞いて納得したんですが、それにしても天は二物を」


「カルト君」


 静かな、だが有無を言わせない一言がカルトを遮った。

 気づけば君谷ほたるは、やや不機嫌そうな顔になっていた。どうやらカルトの話がカンに触ったようであった。

 森倉が話の雲行きを危ぶみ戸惑っていると、しかしほたるはすぐに笑顔に戻って説明した。

「ごめんなさいね、森倉さん。カルト君、感じ悪かったでしょう」

「え、ええっ? いえ、そんな、別に……」

「いいえ、嫌な思いをさせたわ。あまり人前で私を褒めたり過大評価しないように言い含めているのだけれど、なかなか治らなくて……昔からカルト君の悪い癖なの」

「おや、ほたるさん。お言葉ですが、過大評価はしてませんよ。俺は事実をそのまま」


 ほたるが無言で一瞥した。


 カルトは黙った。


 森倉に対しては、ほたるは心苦しそうに続けた。

「時々鼻につくと思うけど、寛大にお許し頂けると助かるわ。昔ちょっとした事故に遭ってから、カルト君はトラウマで少し頭がおかしいの」

「え、じ、事故ですか……?」

「ええ、心の病気なの。高次認知機能の障害と言うか……その……」

 そこまで言って、ほたるは恥ずかしそうに俯いた。歯切れのいい口調はどこへやら。ひどく言いづらそうに、しどろもどろになる。

「どうせ分かることだから……今のうちに恥を忍んで言ってしまうけど、その……なんて言うか、カルト君は私のこと


 絶世の美少女


 だと思ってるの」

「……」

 森倉は黙り込んだ。

 これは返事しづらい。

「しかも……才色兼備の天才美少女だと思い込んでて……」

 ほたる本人も、酷く言いづらそうだった。

 それはそうだろう。

「……い、いえ、そんな。君谷さん、目鼻立ち整ってますよ」

 森倉も言葉を選んでフォローするが、死者に鞭打つ効果しかなかったようだ。ほたるは頭を抱えると、針のムシロという様子で悶えた。

「あああああ……森倉さんの優しさが傷口に染みるわ……」

「す、すみません……」

「いいの……慣れてるから……。ただこれを説明するたびに、いつも思わず舌を噛み切りたくなってしまって……」

「た、大変ですね……」

「何度か治そうと思って、カルト君を精神科に連れて行ったのだけれど……かなり特殊な症状みたいで、いつも匙を投げられてしまって……」

「え、精神科連れてったんですか……?」

 森倉は口を絶句した。


 病気と言えば、心の病だけれど……。

 その病気は、病院にかかっても治らないヤツですよ……。


 森倉の顔にはそう書いてあったが、口には出さなかった。

 深入りを避けたようだ。賢明である。

 代わりにこうお茶を濁した。

「えっと、じゃあ、お二人は昔からの知り合いなんですか」

「ええ、そうなの。小学1年生からずっと」

「なるほど、それでさっきの会話みたいに以心伝心なんですね」

 森倉の高いトークスキルが発揮される。

 そう言われたカルト達は、慌てて説明を再開した。

「あ、申し訳ありません。俺のせいで脱線して」

「さっきの内輪トークでカルト君と相談していたのは、お父様の手紙に書かれていた桑津という地名が正しいかという検討だったの」

「正しいか、ですか?」

 森倉は驚いたように言った。

 そもそも考えてもみなかった様子であった。

「私達は信用できると判断したわ」

「……えっと、それは」

「像に刻まれていた地名の『野松』と対になるから」

「松と桑だからですか?」

「いえ、それは多分当て字。対になるのは音の方」

「音ですか?」

 野松と桑津。

「のまず、くわず」

 ほたるは言った。

「多分元々は『ノマズ』と言う地名だったのを、漢字を当てたり転じたりしているうちに、桑津になったのね」

「え、じゃあ『ノマズ』って」

「ええ、貴女のお話を聞くと察しがつくわね。たぶん昔の人達は地名で警告していたのよ」


「飲まず」


「つまり」


「ここで『水』を飲んではいけない」

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