首筋に噛みつく 3

 シルヴィアの頭に電流が走った。

 耳。

 鼓膜。

 聞こえた音は。

 その声は。

 待ち焦がれた声だった。


「遅えよ、ヒーロー」

『ごめん。カズサの仕事が遅くて』

『だーかーらー、私のせいじゃ!』


 耳元で姦しい男女の声が聞こえる。

 そもそもローズガーデンの三人の専用回線に、どうしてこいつらの声が聞こえているのか。

 まあ、そんなこと。

 今はどうでもいい。

 シルヴィアにとって今必要な情報は、待ち焦がれた人がようやく現れたという、ただそれだけで十分だ。



「レイナぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁっぁあ――ッ!!」


 

 シルヴィアは叫んだ。

 その声は、マイクを通さなくても、レイナの耳に届いた。

 そしてマイクを通しても届いたものだから、レイナの、そしておそらくリリアンの鼓膜にも少なからずダメージを与えた。


「……うっさいのよ、あんぽんたん」


 でもきっと、傷よりも大きな安心をもたらしてくれただろう。


『レイナ、聞こえてる?』

「何勝手に回線ジャックしてんのよ」

『俺、ゴールに居るんだけど?』


 レイナの批判などお構いなしに、イミナはそう言った。


『待ってるんだけど?』


 背中の、羽と羽の間。

 両肩の肩甲骨の間の、ちょっと下のあたり。

 全身の毛が震えているかのような、ぞわっという感覚。


『せっかく見に来たのに、レイナが一番じゃないと、俺、嫌だ』


 そして喉を焦がすような、渇き。


「遅刻しといて、何様なのよ、あんぽんたん」

『待ってる』


 レイナの翼が、羽ばたくのに、それ以上言葉はいらない。

 ゴールまで駆け抜けて、イミナの胸に飛び込みたい。

 一番に駆け抜けて、いっぱい褒めてほしい。

 もちろん遅刻したお詫びもちゃんとさせる。

 全力で抱き着いて。

 頭を撫でてもらって。

 キスをして。

 首筋に噛みつく。

 でも。

 会いたい。

 ただ会いたい。

 それだけで十分だ。


「シルヴィア」

「何?」

「私……」

「うん」

「私、行かなきゃ」

「遅いんだよ、まったく」


 呆れた声で肩を竦めるシルヴィア。

 幸い相手は戦力のほとんどをシルヴィアに向けて投入し、勝ち逃げを決め込んでいる。もちろん手持ちを全弾シルヴィアに投入しているとは限らないが、それでも一発や二発で今のレイナは止められないだろう。


「行ってきな、レイナ。あんたが主役だよ」

「任せて、シルヴィア。今日も私が一番速いから」


 そうしてようやく、レイナの翼が――カータレットの翼が空を叩いた。

 その速度は瞬時にトップスピードに駆け上がり、次の瞬間にはシルヴィアの視界から消え去っていた。


  

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