首筋に噛みつく 1
「でぇぇぇぇっぇぇぇぇぇい!!」
盾を振るう。
大きく振るったにもかかわらず、弾けたのはわずかに三弾。
シルヴィアは舌打ちを隠せなかった。
「リリアン!」
『は~い~』
「ごめ、ちょっとやばい」
先ほどまでのシルヴィアなら、全力の一撃で七発の弾丸を防げていた。……が、相手もいい加減シルヴィアの動きとタイミングを掴んできている。一振りで対応できないように、タイミングと弾丸の方向を調整しているのだ。
一方でシルヴィアはレイナを庇っての防御と回避、弾を体に受けた数も少なくない。動きは少なからず鈍っており、対処しきれずに被弾する割合は明らかに増えていた。
『レイナちゃんはどうですかぁ~?』
「だめだ! 論外! 今までで一番酷い!」
「論外言うな!」
叫ぶ元気があるなら、いつものように弾丸の雨を華麗に躱して、さっさと飛び去って欲しいものだが、相変わらずレイナの動きは精彩に欠けていた。いつもの芸術品のような動きはどこへやら、まるで野生の猪のような単純な動きしかできなくなっている。
「だからなんで真っ直ぐ飛ぶんだよ!」
「だっから、やってるって――わっ!?」
上下左右、三次元的に動き回って攪乱しようとするレイナだったが、あっさりと敵の弾丸に捕まってしまう。
天翼人が持つ翼――正確にはその翼によって利用できる『
物を浮かすこと。
物を移動させること。
フライキャリアではこの二つの力を使って、空を飛びながらゴム弾を投げ、弾くわけだが、一般的に人が空を飛ぶ速さよりも、投げ飛ばしたゴム弾の方が大抵速い。これは言わずもがな、ゴム弾が人体よりも軽く、また少ない空気抵抗で移動させることができるからだ。弾を投げた本人から遠ざかれば翼浮力の制御も難しくなり、また翼浮力の使用による疲労も溜まるわけだが、手元にあるうちにゴム弾に大きな運動エネルギーを与えることで幾分か節約することができる。つまり投擲した本人からも視認できないような遠くに離れでもしない限り、基本的に天翼人の弾丸は飛行して飛ぶ速度よりも速い。
自分よりも速く飛べる物体を躱しながら遠ざからなければならず、なおかつその物体が遠隔操作できるとなれば、当たらずに逃げる方が難しい。相手の思考を読み、自分の思考を相手に悟らせ、騙し、出し抜く。フライキャリアの競技者たちの中でも、ランナーと呼ばれる空を駆けることに特化した選手たちは、その読みとテクニックが抜きんでていることが多い。
ローズガーデンのランナーであるレイナも、天性の回避勘と緩急の激しい独特の飛び方で、多くのチームのシューターを悩ませてきた。だがレイナの場合、これを技術として会得しているというよりも、直感的にできているという面が強いのだ。そのため今日のようにコンディションが悪ければ、パフォーマンスは極端に落ちる。
『私が全員撃ち抜きますかぁ~?』
リリアンの声が耳に届く。
レイナの耳にも伝わっているだろう。
確かに今なら、それは可能かもしれない。
でもリリアンのソレはとっておきだ。それも一度見られてしまえば、対策ができてしまう代物だ。そのとっておきを今日、この準々決勝で使うのは早計だとシルヴィアは思う。
「…………っ」
だがレイナはこれに応えず、悔しそうな目でシルヴィアを見つめるばかりだ。
一番勝ちたがっているのはレイナだ。
一番悔しがっているのもレイナだ。
だからレイナ自身に選択させるのは、酷だと思えた。
「……いや、あたしがやる」
「シルヴィア、それは――」
「まだ準々決勝だ。とっておきを使うような場面じゃない」
『それはシルヴィアちゃんだって同じじゃないですか』
「あたしのとっておきは見られたからってどうこうなるもんじゃない。でもあんたのは、見られたら対策されちゃうでしょうが」
『それはそうですけど……』
こうしている最中にも、ゴールまでの距離は短くなっていく。一〇〇キロもあったレースも残り二〇キロを切った。
これ以上は、もう待てない。
「シルヴィア――ッ!?」
刹那の逡巡。
それはあまりにも僅かな瞬間ではあったが、シルヴィアは確かにトライスピアから目を離した。
そしてその隙は、トライスピアの三人が待ち焦がれてきた一瞬であった。
「――――ッ!」
慌てて盾を構えるシルヴィアの周囲を囲むように展開されるゴム弾。
計二十一発。
それぞれが不規則なリズムで飛び交い、交錯し、シルヴィアに向かってくる。
だがシルヴィアは、ここまでレイナを守り抜いてきたシールダー――防御の専門家だ。これだけの数の弾が幾度となく襲ってきたとしても、それでも墜ちるつもりはない。墜ちない自信はある。
だからシルヴィアはすぐに気づけた。
これはシルヴィアを
「――ッ!? レイナ! 走――」
だがそれでも、間に合わなかった。
まさしく三人で一つの槍となったトライスピアは、風のような速さでレイナとシルヴィアを抜き去った。
「レイナ! 追え!!」
「う、うん!」
未だにシルヴィアには一〇以上の弾が追随し、隙あらば墜とそうと狙ってきている。
――やられた。
勝つための秘策がありながら――否、あったからこその油断。
確かに今はまだ準々決勝で、優勝にはあと三回勝たなきゃいけない。でもだからといって、出し惜しみをして負けていれば世話はない。
唇を噛んだところで、後の祭りだ。
これだけ離れてしまえば、シルヴィアのとっておきは意味をなさないし、リリアンの射程からももう間もなく外れてしまう。三人全員を墜とすのは難しいだろう。
「……ごめん」
レイナはすでに走り出している。
呟くように口にしたシルヴィアの言葉は、マイクを通して伝わっているだろうか。
「ごめん、レイナ。あたしは――」
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