第11章5話 激突
敵は約100名のグレイプニルと魔界軍、1体のエッダ。生き残るだけでも一苦労な戦いを前に、ヤクモは飄々とし、ルファールは殺意をむき出しにし、ダートはいつもの通り、マットは獣人化を解き喉を鳴らす。パンプキンですら戦闘態勢だ。
対するグレイプニルは、こちらも戦いを前に興奮しているのだろう。威勢の良い魔王たちを蔑むヴァダルとアイレーとは違い、メイとモーティーは戦闘がはじまるのを待ち望んでいる。魔界軍兵士は緊張しながらも、エッダという心強い味方に安心した様子。
誰しもがやる気に満ち溢れていた。これならば、魔王は安心して、魔力を取り戻すためアルイム神殿内部に向かうことができる。
「勇者さん、ちょっくらパンプキンを借りるぞ」
「どうぞご勝手に」
出発前、ヤクモに確認するベン。パンプキンは一応、ヤクモの従者。彼を引き回すには、使用人の許可が必要なのである。ベンの確認に、ヤクモは振り返ることもせず、淡白に許可を出した。
突然の指名に、パンプキンは困惑気味。せっかく吹っ切れていたパンプキンは、肩透かしを食らったように戦闘態勢を崩す。同時に、心の底に湧き出た喜びで頰を緩めながら、ベンに聞いた。
「あれ? 僕は戦闘に参加しなくて良いんッスか?」
「パンプキンにはやってもらいたいことがあるのじゃ。それに、わしらの盾にもなるしな」
「結局は盾なんッスね……」
パンプキンは盾にしかなれぬ自分に嘆息している。だがベンは、パンプキンの
体術に秀でたものを持つパンプキンは、広い戦場で盾となるより、神殿内部の狭い戦場で盾になった方が使い物になる。魔王もそう判断し、ベンの言葉に口を挟まなかった。
戦いの準備は整った。エッダの到着までは数分ある。あとは、誰がどのように、最初の攻撃を仕掛けるのかで、戦の火蓋はすぐにでも切られるのだ。
対峙した魔王たちとグレイプニル及び魔界軍、迫り来るエッダ。エッダが発する足音だけが轟くアルイム神殿前は、不気味なほどに静まり返っていた。この沈黙を破ったのは、魔王たちの
「なんて美しいのでしょう。エッダの芸術的な破壊も、魔王様たちの前では霞んでしまいます。魔王様たちこそ、私たちに本物の戦いを見せてくれるのですね」
魔界の王たるべき者と、その味方の大胆不敵さに陶酔したメイ。彼女は未だナイフを手に取ることなく、魔王たちを見つめ続けていた。モーティーに至っては、悦ばしさのあまり口を開くことすらない。
喜びながらも、メイやモーティーとは正反対の感情を抱くのはヴァダルだ。ヴァダルは車の上から魔王を見下ろし、ニヤリと笑って吐き捨てた。
「お労しいですなぁ、ルドラはぁ。自分だけでなく、味方までをもお労しい存在に変えてしまうとは」
勝てぬ戦に強気で挑む魔王たちが、ヴァダルから見れば滑稽に思えたのだろう。魔王からすれば、偽りの王という地位を振り回すヴァダルの方が、よっぽど滑稽に見えるのだが。
戦いはまだはじまらない。ヴァダルは業を煮やし、魔王のように手を掲げ、魔王のような顔をして、グレイプニルや魔界軍に指示を下した。
「さあ! よく聞けぇ! 魔界の統治者からの命令だぁ! グレイプニル、魔界軍、そしてエッダよ! ルドラを殺すのだぁ! 我輩に、ルドラの首を届けるのだぁ!」
ヴァダルの指示を聞いて、約100人の魔界軍兵士たちは、魔王たちを斬り伏せるため、ゆっくりと歩を進める。これに、ヴァダルは満足そうであった。どこまでも魔王面をするヴァダルに、魔王の怒りは大きくなるばかり。
魔界軍兵士たちが魔王たちに近づく中、なおも動こうとしないメイとモーティー。アイレーは罵詈雑言を目で語りながら、嫌味な口調でメイに言う。
「姉上、今度は勝手に退却しないでくださいませ。次は、ヴァダル様がそれ相応の罰を下しますわよ」
「アイレー、戦場を知らない娘は、その下品な口を閉じて、黙ってなさい」
「わ、わたくしを誰だと思っているの! いくら姉上といえども、許しませんわよ!」
「聞こえなかったかしら? 不愉快だから、下品な口を閉じなさい」
「許さない! どうして姉上はいつもそう――」
妹の態度を注意する姉に、妹は怒りを爆発させ、唾を飛ばし喚きだす。時間の無駄だ。メイはアイレーのことなど気にも留めず、自らの肉体をブリーズサポートで強化し、ナイフを手に踏み込んだ。
最後尾に立ちながら、魔界軍のどの兵士よりも速く魔王たちに襲い掛かったメイ。風と一体になったメイは、瞬間移動でもしたかのように魔王たちのもとに到着し、ナイフを振り上げた。
凄まじい速さを見せつけるメイだが、風魔法の使い手はメイだけではない。メイが踏み込んだ瞬間、ルファールはすでにメイの行く手を阻んでいた。メイの振り上げたナイフは、ルファールの細剣が受け止めたのである。
「さすがルファールさん。私のナイフを止める、本物の戦屋」
「私たちを姉妹ゲンカのはけ口にしないでくれ」
「あれ、バレちゃいました」
ルファールの冷たい視線に感情を見透かされたメイは、クスクスと笑って、地面を蹴り木を蹴り、高速で何度もルファールに斬りかかる。ルファールもメイの後ろを取ろうと高速で動き回り、辺りには2人の細剣とナイフがぶつかり合う音だけが響く。
ついにはじまった戦い。ヤクモはルファールとメイの戦いを横目に、魔界軍兵士へ向けて攻撃魔法を放とうと構えた。だが、彼女の魔法発動は妨害されてしまう。
「勇者ちゃん!」
筋肉質の体に小さな羽根を生やした、露出の激しい鎧を着るオカマ妖精モーティーの呼びかけ。これから何が起きるかを察知したヤクモは、攻撃魔法を中断しブリーズサポートを使って、咄嗟に剣を構えた。
ヤクモが剣を構えてすぐだ。モーティーの鎖鎌がヤクモの剣に巻きつく。それでもヤクモは落ち着いたまま、左手をモーティに突き出し、炎魔法でモーティーを退けた。
「あら! 勇者ちゃん、また強くなったわねぇ!」
「そっちも、筋肉増えたんじゃない?」
「まあ! 嬉しいぃ! 気づいてくれたわ!」
満面の笑みを浮かべ、体をくねらせるモーティー。ロダットネヴァ渓谷の戦いの続きが、アルイム神殿前で繰り広げられているのである。
勇者と元女騎士に対し、グレイプニルが攻撃を仕掛けた。遅れをとった魔界軍兵士は走り出し、大声を上げる。
「グレイプニルに続け!」
「行け行け行け!」
ヤクモとルファールの2人は、グレイプニルとの戦闘で手一杯。この隙に突撃する魔界軍兵士たち。だが、鎧を着た岩を突破することは容易ではない。
「魔王様、倒したいなら、おいら、倒すの、先!」
地面に手をつき、魔力を土に込め、ダートは自らの身長の倍以上の土の柱を作り出した。その柱を、ダートは棍棒のように振る。柱は空気を押し退け、魔界軍兵士たちを吹き飛ばした。
「ヘッヘッヘ、俺の出番、あんまりねえかもしれねえな」
ヤクモ、ルファール、ダートの戦いを眺めるマット。戯言を口にする彼だが、ダートの攻撃を切り抜けた数名の魔界軍兵士が、マットに襲いかかる。
「おっと、お客さんか。悪いな、アルイム神殿に誰かが入らねえようにするのが、俺の仕事なんだ」
14年ぶりの番犬の仕事だ。マットは不敵に笑い、魔界軍兵士に飛びつき、足や腕を噛み砕く。口の周りを血に染めながら、毛を逆立て唸る番犬の姿に、魔界軍兵士たちはアルイム神殿に踏み込むことができない。
目の前の激突に、パンプキンは怖れと興奮を心に同居させ、引きつった笑みで言った。
「みんな強いッスね~。今までどんな目に遭ってきたんッスか?」
パンプキンの問いかけに、魔王は表情ひとつ変えず、腕を組み答える。
「盗まれた物を取り戻すため、敵の攻撃を掻い潜ってきただけだ。スリの常習犯であるお主とは、正反対であるな」
「ある意味似たようなもんな気もするッスけどね」
結局は相手が守る物を奪うのだから、スリと同じ。そんなことを言われて、魔王はふっと笑った。ベンは斧を手に持ち、神殿内部に向かって歩き出す。
「ほれ、行くぞ。案内してやる」
神殿前は、ヤクモとルファール、ダートとマットに任せれば良い。魔王とパンプキンは、ベンに案内され、2つ目の魔力を取り戻すため、暗く陰鬱としたアルイム神殿内部に足音を響かせた。
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