第8章4話 信頼

 スタリオンに乗ること約1時間。コヨトから西に600キロ、海を越えた先のカレオ王国シウェン。キリアンをコヨトに残した魔王とラミーは、ロッツに会うため、カレオ王都に次いで規模の大きなその街に降り立った。

 どうやらロッツは、シウェンで何でも屋を営み、街でも有名な人物であるらしい。ロッツの居場所はすぐに判明し、魔王たちはシウェン到着から程なくして、ロッツの何でも屋の前までやってきた。


 魔王たちはロッツの何でも屋に入ろうとし、入り口の扉に手をかけようとする。だがその前に、何でも屋の中から満足そうな表情をした老婆が現れた。


「ありがとうね。今日は助かったよ」

「いえいえ、手伝って欲しい時は、いつでも言ってください」

「じゃあ、またお願いするね」


 ロッツの何でも屋から出てきた老婆は、おそらく何でも屋の客であろう。店の中から聞こえてきた若い男の、好印象を与える優しい声に、老婆は心の底から感謝しているようだ。残念ながら、老婆が再びロッツにお願いをすることはできないのだが。

 

 老婆が去ると、魔王とラミーはようやく何でも屋に足を踏み入れた。何でも屋は、お世辞にも広いとはいえず、散らかった部屋。そんな部屋の奥に置かれたデスクチェアに座る、整った髪に糸のような細い目が特徴の若い男が、転生者ロッツである。

 ロッツは魔王が想像していたよりも若く、そして優しく真面目そうな印象。魔王はマントをひるがえし、尋ねた。


「お主が、転生者ロッツか」

「……何? 役人?」


 重厚なオーラと偉そうな口調が、ロッツに不信感を生み出し、彼の微笑みを打ち消してしまったようだ。ロッツの『役人』という言葉には、一種の嫌悪感すら含まれている。魔王は気にせず、自己紹介をした。


「役人ではない。我こそが魔王、魔王ルドラである」


 そう言われ、ロッツはますます不信感を深めていく。相手が役人から魔王になったところで、安心する者はいないであろう。


「魔王? 冗談じゃないのか?」

「違います違います! 魔王様は正真正銘、魔王様です! 今日は魔王様が直々に、ロッツさんにお話があるそうですよ」


 少しばかり緊張し冷たくなった何でも屋に、ラミーの温かい笑みと口調が響き渡った。無論、ラミーの笑顔の裏には殺伐としたものが隠されている。

 赤髪の元気な少女が、実はヴァンパイア族であり、魔王の側近であるなどロッツは知らない。彼はラミーの笑顔に緊張がほぐされ、困惑しながらも魔王の話を聞く気にはなったようだ。魔王は早速、本題を口にする。


「ロッツ、お主が共和国軍の作戦内容を暴露した男か?」


 一切の感情もなく、ただ事実確認をする魔王。対してロッツは、自分の行動に誇り持つ傍、怒りの混じった表情をして答えた。


「ああ、そうだよ」


 ロッツの怒りが〝役人〟に向けられているのは確実だ。魔王はさらに質問を重ねる。


「何故お主は、機密情報を暴露したのだ?」

「僕は、当たり前のことをしただけだ!」


 ここにきて、ロッツは怒りをあらわにし、声を荒げた。彼は魔王を前にしながら、ここにはいない〝役人〟や〝政府〟への糾弾を口にする。


「いいか、政府の奴らは僕たち市民に隠し事をしたんだぞ! 僕たち市民が、死ぬかもしれないような作戦を隠してたんだぞ! みんなに教えなきゃダメだろ! 政府の奴らには市民が安心して暮らせるよう協力してきたが、もう許さないね!」


 機密情報の暴露につながった動機は、市民に対する優し、といったところか。その優しさのわりに、政府を糾弾するロッツの口調に優しさは微塵もありはしない。魔王は呆れ、ロッツに言う。


「魔族と人間は戦争をしている。作戦内容が隠されるのは当然ではないか?」

「お前はそれが当然だと思うのか!? 呆れたね。命を粗末に扱う奴は大嫌いだ!」


 唾を飛ばして魔王にそう言うロッツ。そして彼は大きく息を吸い、宣言した。


「僕は市民の命を救ってやったんだよ!」


 隠し事を否定し秘密を暴露し、その上で市民を守ったと自分を誇る。なんと偏狭な男か、と魔王は思った。しかし、魔界の立場からすれば、ロッツの行いは賞賛に値する。


「魔界の王として、お主には感謝しなければならぬようだ。お主が共和国軍の作戦を暴露したおかげで、魔界軍は救われ、共和国軍は縮小、人間界を征服する日が少しばかり早まった」

「な、何を言って――」

「共和国軍の作戦が失敗し数が減れば、共和国軍の兵士を殺すのは容易。お主のおかげで、さらに多くの人間が殺せる」


 嘘は必ずしも悪ではない。『嘘を否定する者は同胞の命を奪う』のだ。ロッツは魔界に手を貸したも同然なのだ。

 本来ならば、このような愚か者は生かして利用すべき。しかし今回はそうはいかない。


「残念なことに、我はお主を殺さねばなるまい」

「は? おい、どういうことだ! おい!」

「北部派閥はお主を信頼し、人の命を背負った情報をお主に教えた。その信頼を、お主は裏切ったのだ。命をかけても守らねばならぬ情報を、暴露したのだ。当然、死の覚悟はできておろう」

「……やめてくれ! 殺さないでくれ!」


 手を合わせ、地面に頭をつけて命乞いをするロッツ。魔王は聞く耳持たず、アクアカッターを発動し、右手を払うような動作をした。すると、アクアカッターはロッツの首を通り抜け、ロッツの頭部が床に落ち、そこには血だまりが出来上がる。


「ロッツの首、北部派閥の王たちに差し出すぞ」


 床に転がる、泣き喚いたままの表情が刻まれたロッツの首を見て、魔王は感情なくそう言った。嘘を許さぬ市民の味方、ロッツという優しき男は、その優しゆえに死んだのだ。良い奴は早く死ぬのである。


    *


 俺は魔王専属の運転手じゃない、人の首を運ぶのは縁起が悪いというマットの文句を聞きながら、魔王とラミーはスタリオンに乗ってコヨトに到着、キリアンと合流し、宮殿へと向かった。宮殿では今日も、北部派閥の定例会が開かれている。

 昨日は警備員を殺して通った宮殿の廊下。今日は警備員に案内され、誰から攻撃されることもなく、魔王とラミー、キリアンの3人は、堂々と会議場までやってきた。


 会議場の扉が開けられると、前日と変わらぬ7人の王が、前日とは違い、作り笑いを浮かべて魔王の到着を歓迎する。


「魔王ルドラ殿、待っていたよ。書簡は読んでくれたかな?」

「ああ、読んだ。これが答えだ」


 ヤカモトの問いに、魔王はそう言って、ラミーが手に持っていた箱のふたを開ける。箱の中身を覗き込んだ王たちは顔をしかめ、ヤカモトは小さく笑った。箱の中身はロッツの首である。


「さすが魔王ルドラ殿だ。ユースー殿、ルッチャイ殿、ルテルオ殿、これで魔王ルドラ殿を信用できたかな?」


 魔王への警戒心を持っていた3人の王に微笑むヤカモト。

 唾を飲み込んだ3人の王は、魔王たちに視線を向けた。3人の王の視線に、魔王は表情ひとつ変えずに睨み返し、ラミーは笑い、キリアンは王たちの心の中を見透かすような目をする。


「信用いたそう」

「う、疑って悪かった」

「これからは、共に協力していこう」


 魔王への恐怖、ヤカモトからの圧力、加えてキリアンに弱みスキャンダルを握られた3人の王。彼らもはや魔王を信用し、ヤカモトに従う他、道はない。


「魔王ルドラ殿、私たち北部派閥は、魔王ルドラ殿及びケーレス自治領と平和的な盟約を結ぼうと思う。受けてくれるかね?」


 異論を封じたヤカモトの、魔王への要求。北部派閥がこの要求を口にするのを、魔王は待っていた。北部派閥は圧倒的有利な立場にありながら、魔王に怯え、彼らから盟約を望んできたのだ。これを逃すことはできない。魔王はマントをひるがえし、返答する。


「世の安寧こそが、民衆の上に立つ者の務め。喜んで引き受けよう。ただし、注意がある」

「なんだね?」

「我はお主らを信頼し、北部派閥と盟約を結ぶのであって、共和国や共和国軍と盟約を結ぶつもりはない。また、盟約を破れば、代償は払ってもらう」

「……留意しよう」


 7人の王とは友好的な関係を築いても、共和国との対決を否定する盟約ではない。それだけは、はっきりとしておかねばならなかった。代償云々については、単なる脅迫である。対するヤカモトは、魔王の言葉を受け入れ、反論せず、キリアンに質問した。


「キリアン殿、シンシア殿はどのようにお考えで?」

「領主シンシアは、北部派閥との盟約を望んでいることでしょう」

「それは良かった。魔王ルドラ殿とケーレス自治領、どちらとも友好関係が結べて、嬉しい限り」


 ケーレス自治領の存在が7人の王を安心させたのか、盟約締結への反論は特にない。魔王は大きく腕を開き、宣言する。


「今日この時より、我と北部派閥は盟友ぞ」


 魔王は北部派閥を味方につけることに成功した。こうして魔王は、自らに都合の良い環境を作り出し、今まで以上にヴァダルとの対決に専念することができるようになった。彼が魔界の玉座に再び座る日が、また近づいたのである。

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