外伝:ヤクモ、ケーレスの抗争に巻き込まれる
外伝第1話 とある武器屋にて
ルーアイの戦いを終えて2日。ダイス城の魔王は、いつもの黒い服装に、黒いオーラを纏い、ラミーやダートなど旧来からの部下たちと共に執務室で踏ん反り返る。もはやダイス城は『ミニ魔王城』と化していた。
何かあるたび魔王学を持ち出し、マントをはためかせる魔王。ヤクモはそんな魔王の重いオーラとマントに疲れ、耐えかね、ダイス城以外の場所で時を過ごすことにした。
外出の際、ヤクモは剣を携えながらも、いつもの軽鎧は着ていなかった。外出時の彼女は、寝巻きのまま、その上にサイズの合っていないコートを羽織っただけという、粗雑な格好だ。当然、ヤクモが勇者であることに気づく街の人など、1人もいない。
現在のヤクモは、誰にも勇者と気づかれず、強盗や襲いかかる男を蹴散らし、ダイス3番街のとある武器屋にやってきていた。この世界に転移してから、1度も勇者らしいことをしていないヤクモは、武器屋というファンタジー要素に惹かれてしまったのである。
武器屋の外見は、あまり存在を主張しない木製の2階建て。店の名前は、看板の字が読めなかったので、ヤクモは知らない。店内は、数多の剣や防具が売られた、こぢんまりとしたもの。武器屋ではあるが、全体的に落ち着いた雰囲気だ。
店員は、厳つい顔つきに無精髭を生やしたおっちゃんと、そんなおっちゃんの妻で、気の強そうな肝っ玉母ちゃんの人間2人だ。2人はヤクモが来店するなり、暖かい笑顔で彼女を迎えてくれる。もちろん、2人はヤクモが勇者であることを知らない。
おっちゃんと肝っ玉母ちゃんは話し好きなのだろう。ヤクモが武器を買う気がないと知っても、2人はヤクモと雑談を交わしていた。今は3人で、ケーキを食べながら話し込んでいる最中である。
「それにしても、この辺じゃあんまり見ない顔だね。差し詰め、ケーレスに来て1ヶ月、ってところかしら?」
「すごい。当たりです」
人相を見ただけで、ヤクモのケーレス滞在期間を当ててしまった肝っ玉母ちゃん。ヤクモは目を丸くしてしまう。そんなヤクモの、素直な驚いた表情を見て、おっちゃんは小さく笑って口を開いた。
「ケーレスの新人さんか。この街では、驚くことばっかりだったろ。特に、お嬢さんには刺激的な街だからな」
「ええ、まあ。でも、刺激にはもう慣れちゃってて」
「ケーレスの刺激に慣れた!? お嬢さん、なかなかの人だねぇ」
目の前のお嬢さんが勇者である、などとは微塵も知らぬおっちゃんと肝っ玉母ちゃん。2人からすれば、ヤクモは体つきは良くとも、少し無愛想な女の子でしかないのだ。だからこそ、肝っ玉母ちゃんはヤクモに質問する。
「ヤクモちゃん、仕事は何してるんだい? その立派な剣を見る限り、娼婦とかじゃなさそうだけど」
武器屋として、ヤクモの持つ剣を見逃しはしない。ぱっと見は健康そうな女の子のヤクモが、立派な剣を持ち、ケーレスの刺激に短時間で慣れてしまう。ならば、それ相応の仕事をしているのではなかろうか。これはおっちゃんも疑問に思っていたことだ。
質問を投げかけられたヤクモは、答えに困ってしまう。自分は勇者だ、と言う気にはならず、だからと言って自分が何をしているのかも分からない。
「私の仕事、何て言えば良いんだろう……ウォレス・ファミリーの用心棒?」
困った挙句のこの回答。ヤクモにとっては、あまり意味のない回答であった。ところが、ケーレスの住民であるおっちゃんと肝っ玉母ちゃんからすると、彼女の回答は特別な意味を持つ。
「ウォレスの用心棒だって!? ウソじゃないのかい!?」
「それに近いもの、かな?」
「どっちみち腕利きってことじゃないかい!」
肝っ玉母ちゃんは少し大げさな様子で驚き、夫であるおっちゃんに向かって言った。
「アンタ、失礼のないようにね!」
「分かってるさ。お嬢さん、ウォレス・ファミリーの方ということで、特別全商品2割引で売っちゃうよ!」
「本当!? じゃあ、なんか買っちゃおうかな……」
急に笑顔の度合いが増したおっちゃんの、2割引という単語に惹かれ、ヤクモはケーキを頬張りながら、店の全商品を見渡す。だが、ヤクモはふと財布の中身を見て、新しい武器の購入を諦めざるを得なくなった。
せっかくの2割引だというのに、買い物ができない。中身が空洞の財布を手にため息をついたヤクモは、話を変える。
「この武器屋は、2人で?」
自分のことを聞かれたのだから、こっちは相手のことを聞く。たったそれだけが理由の、ヤクモの質問。おっちゃんは笑顔を浮かべたまま、自慢げに答えた。
「ああ。俺の親父が死んでから、妻と一緒に細々とやってる、世界一の店だ!」
「今は外で遊んでるだろうけど、ウチらには可愛い子供たちがいるからね。こんな街でも、子供たちを立派にするため、稼がないと」
おっちゃんに続いた、家族を想う肝っ玉母ちゃんの言葉。すると、先ほどまで自慢げであったおっちゃんの表情は曇り、小さな声で呟く。
「実のところ、武器屋を続けるかは悩んでいるんだがな」
真面目な口調が、おっちゃんの悩みの深さを物語っている。彼は話を続けた。
「この街で武器を売る限り、間接的に殺しに関与しちまう。正義や信念、何かを守るための殺しならまだしも、ロクでもない理由の殺しにな」
ケーレスという街に住んでいるからこその悩み。ヤクモは黙って、おっちゃんの吐露に耳を傾ける。
「他人をあっさりと殺すような奴から稼いだ金で、子供たちを育てる。それが、なんか気分良くなくてな。ま、そんなこと言ったって、他にどうしようもないんだけどよ」
最後は諦めと嘲笑に混じった、なんとも複雑そうな表情をしたおっちゃん。場の空気が重くなったのを察してか、肝っ玉母ちゃんが暖かい笑みを浮かべて口を開く。
「あたいも夫と同じ気持ちさ。本当は、レストランをやりたいんだけどね」
夢を語る肝っ玉母ちゃんに、おっちゃんも笑顔を取り戻し、話に乗った。
「妻の料理、うまいからな。ほら、お嬢さんが食べてるケーキ、それも妻が作ったんだよ」
「え? この美味しいケーキ、奥さんの手作り!? レストラン絶対うまくいくよ!」
「そう言ってくれると、ありがたいね。まあ、いまさらレストランを開くお金はないんだけどさ」
ヤクモはケーキを食べるのが止まらなくなっている。それだけ美味しいケーキが作れる肝っ玉母ちゃんだ。レストランを開けば繁盛間違いなし、とヤクモは確信していた。おっちゃんと肝っ玉母ちゃんからすれば、レストラン経営など夢の範囲でしかないのだが。
話もひと段落した頃。ヤクモ以外に誰も訪れなかった武器屋に、1人の男がやってきた。人間の半分ほどの背丈に、緑色の肌、つり上がった目つき。ゴブリン族の男だ。
「いらっしゃ――」
「おいコラ! 金と武器よこせコラ! さっさとしやがれコラ!」
どうやら、ゴブリンの男は客ではなかったようである。ゴブリンはナイフを片手に持ち、笑顔で迎えた肝っ玉母ちゃんを脅し、店にある全てを渡すよう要求する。
ケーレスのダイス、しかも3番街で強盗など珍しいことでもない。しかし、今回は運悪く、ダイスの強盗でもタチの悪い部類に入るゴブリンが相手だ。おっちゃんと肝っ玉母ちゃんも、これには肝を冷やした。
「ここは私に任せて」
運が悪いのは、肝を冷やすべきは、武器屋よりもゴブリンの方だ。ヤクモは手に持ったケーキを全て口に放り込むと、立ち上がり、ゴブリンの目の前に立った。身長の差もあって、ヤクモは冷たい目で、ゴブリンを見下す。
「あんだコラ! なんだ小娘コラ! やんのかコラ!」
相手が第3魔導中隊をも撃破した勇者であることなど、ゴブリンは知らない。知らないからこそ、ヤクモに反抗してしまった。ヤクモは、冷たい表情のまま冷たい言葉をゴブリンにぶつける。
「声が大きい。うるさい」
「はあ!? この俺に向かってよくも――」
ナイフを振り上げ、ついにヤクモに斬りかかったゴブリン。ところがヤクモは、剣を鞘に収めたまま、ゴブリンのナイフを受け止める。そしてそのまま、鞘をゴブリンの腹に叩きつけ、たった1撃で、ゴブリンは気を失い地面に崩れ落ちてしまった。
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