第49話 異種の王と初デート.5

「やっちゃったああああああああ――――――――ッ!!」


 機関員にはもう関わらないと、決めたばかりだった。

 それなのに、まさかケンカを売ってしまうなんて。


「さ、最悪だ……最悪だァァァァ」


 これではもう、目をつけられるくらいでは済まない可能性もある。


「ああもうバカバカ! 俺のバカッ!!」


 白目で悲鳴を上げる翔馬。しかしそれは、アリーシャの耳には届かない。

 ……助けられた、九条に。

 まさか吸血を狙う相手に助けられるなんて、考えもしなかった。

 かつて最強と呼ばれた吸血鬼にとってそれは、あまりに予想外のこと。

 不思議な感覚にそっと視線を上げる。隣には、翔馬がいた。

 そして――――気づく。


「ッ!?」


 ちょ、ちょっと待って! これ、二人きりじゃない!

 なんの準備もしてないのに急に二人きりだなんて……ど、どうすればいいのよ!?

 慌てふためくアリーシャはしかし、ブンブンと首を振った。

 い、いや、でもこれはまたとないチャンスだわ!

 そうよ、そもそも私が隠れ家を出てきたのは九条をオトすためなんだから。

 ここで一気に九条との距離を縮めるのよ!

 それに、悪の吸血鬼がこんなに慌てる必要なんてないわ。

 むしろもっと強気に、上から話すくらいで攻めないと。

 この好機を活かすには、私が九条を引っ張るくらいでいい!

 私が、九条を上から!

 現状はまさに千載一遇。奇跡的な好機と言っていい。

 そしてチャンスは、二度も三度もやって来てはくれない。

 だからこそ、踏み出さなくてはならない。

 上がる心拍数、強く握った手。アリーシャは震える唇を必死でこじ開ける。


「……く、九条」


 隣を歩く翔馬に、アリーシャはどうにか声をかけた。


「なに?」

「九条は、どうして中華街に来たの?」

「ああ、ちょっと事件が起きてるって聞いて……様子を見に来たんだよ」


 吸血鬼を捜しに来たとは言えず、翔馬はそんな答えを返した。


「アリーシャさんは、どこに行くつもりだったの?」

「え、ええと……」


 言えるわけがない。翔馬を捜して中華街に来ただなんて。

 だから、さんざん悩んだ結果――。


「か、買い物……とか?」


 死ぬほど無難な回答をした。そして。


「買い物か……アリーシャさんだと赤レンガとかに行ってそうだね」

「そ、そう! ちょうどそこに行くつもりだったのよ!」


 翔馬の言葉のままに、行き先を決めてしまうのだった。

 だが本題は、ここからだ。


「だから、今からその赤レンガに行くんだけど……ええと……」


 どんどん小さくなっていくアリーシャの声。


「い、一緒に」


 それでも、最後まで。


「一緒に……来な……さいよ」


 どうにかこうにか、アリーシャはそう言葉にした。

 二人の間にわずかな空白。すると。


「そうだよな。俺も、ついて行った方がいいよな」

「……え?」


 若干かみ合っていない返しに、アリーシャは思わず声をもらした。


「さっきの機関員にはケンカを売るような形になっちゃったからさ。やっぱり一人で行動するっていうのは不安もあるよな」


 友は仕事が終わったと言っていた。

 ということは残念だが、吸血鬼に接近することは出来なかったと判断する他ない。

 魔法都市を騒がせた大さん橋での戦いからわずか。翔馬にしてみれば吸血鬼が今どこでなにをしているのかなんて、全く分からない。

 新たな戦略を立てたり、恐ろしいワナを張っていたりすることも考えられる。

 だからもう少し歩き回って、残された手がかりを探すのもありだ。でも。


「クラリスから聞いた通り、あのレオンってヤツは極悪非道の機関員だった。あいつらと鉢合わせしちゃう可能性もあるし。今はアリーシャさんの無事がなにより大事だから」


 そう言うと翔馬は、あらためて問いかける。


「俺も同行させてもらっていいかな?」


 それは願ったりかなったりの展開。

 しかしアリーシャはすぐには答えず、『あくまで自分はどっちでもいいけど』といった感じで視線をそらす。


「好きに、しなさいよ」


 ひっそりと歓喜の息をつくアリーシャ。

 こうしてつい先日死闘を演じたばかりの二人は、一緒に買い物へ向かうことになった。


「ねえ、九条」


 その途中、どうしても気になってアリーシャはたずねる。


「なんでずっと白目なのよ」

「あ、いや、それはその……」


 翔馬は白目のままその問いに答える。


「趣味、かな」

「どんな趣味よ、それ」



 赤レンガ倉庫。

 それは観光地としての魔法都市において、その中心を担う帝国魔術博物館や、遊園地コスモワールドなどと同じ埋立地の上に存在し、共に魔法のテーマパークを築いている商業施設だ。

 飲食店や雑貨店、家具や服や安価な魔法アイテムの店までを内包する多目的施設として、このレンガ造りの三階建ては人気を博している。

 その一階は飲食店がメインということもあって、二人は二階へと足を運んだ。


「それで今日は、なにを探しに?」

「え、ええと」


 翔馬の問いに、アリーシャは慌ててフロアに視線を走らせる。


「そっ、そこ、そこに行くつもりだったの」


 そうして指差したのは、魔法アイテムや小物などのデザインも手がける、魔法都市らしい洋服店だった。

 並ぶ商品はレディースのみ。

 そのラインナップに戸惑っていると、すぐに店員のお姉さんが翔馬に声をかけてきた。


「いらっしゃいませ。お客様、今日はスカートをお探しですか?」

「男なの見りゃ分かりますよね」

「はい」

「知ってて勧めてきたんですか?」

「あはは、それでこちらレディースのSサイズのみなんですけど……試されますか?」

「試しません!」

「残念です……いい素材だと思ったんですけど」

「なんのだよ!」


 レオンとのやりとりの後ゆえに、翔馬は強めに突っ込みを入れる。

 すると店員は「いえ、イケます!」とこれまた強気で勧め始めた――が。


「……ん?」


 少し引いたところで二人のやりとりを見ていたアリーシャを見て、固まった。


「最近、有名な海外モデルが来日してるみたいなニュースってありましたっけ?」

「いや、聞いた覚え無いですけど」

「ですよね……なんか信じられないレベルの美少女が……いるような」


 目をゴシゴシとこすりながら、店員はアリーシャの存在を何度も確認する。


「ああ、アリーシャさんならグリムフォードの生徒ですよ」

「え!? じゃあ野生の美少女ってことですか!?」

「いや野生って」

「幻術とかの類でもなくて!?」

「大丈夫ですよ。店員さんだけに見えるアレな存在とかじゃないです」


 アリーシャの存在を翔馬が証明すると、なぜか店員はその身を震わせ始めた。


「ついに、ついにこの日が来たのね……」

「ど、どうしたんですか急に」

「小さい頃からいつかテレビに出ているようなキレイな人に、自分の服を着てもらうのが夢だったんです。だから私はファッションの道へと足を踏み出して……」

「え? 急になにを?」

「長い苦労の末に、小さなブランドだけどデザインにも関われることにもなった。でもいつしか私は、ただ枚数さえ売ればいいという思考に囚われていた……」


 語り出す店員は、もう止まらない。


「限定だとか、私も持ってるとか、在庫が少なくなってるだとか適当なことを言い……」

「え? あれ適当だったの!?」

「勝手に組み合わせを作って見せてはセットで買わせる、おせっかいで厄介な店員でした」

「まあまあヒドいな!」

「ですが! 今は純粋にこの奇跡の美少女に私のデザインを身につけてもらいたい!」

「そういうことならちょうど良いですよ。アリーシャさん最初からこの店目当てでしたから」

「そうなんですか!?」

「……えっ、ま、まあ」


 当然アリーシャはこう応える以外にない。

 すると店員の意気は一気に燃え上がった。


「そういうことでしたらお任せください! さあこちらへ!」


 強引な店員に引っ張られる形で、アリーシャは店の奥へと連れて行かれてしまう。


「じゃあ俺はその辺の店でも回ってくるよ」


 そう言って翔馬が離れようとすると、その袖がつかみ止められた。


「こ、困るわよ、いてくれないと」


 よく分からない店に鼻息荒い店員と二人だなんて、アリーシャにとっては不安でしかない。


「分かった、そういうことなら店内でも見てるよ」


 アリーシャの必死の引き留めに、仕方なく翔馬は店内を見て回ることにする。

 するとそんなアリーシャの挙動を見て、店員は勘を働かせた。


「お客様、もしかして彼のことが……好きだとか?」

「え? ち、ちがうわよ」


 思わぬ店員の質問にアリーシャは驚き、考え始める。

 ……たしかに九条は異種の子を助けたり、自分の利益を捨ててでも約束を守ったりするようなヤツなのは知ってる。今日だって機関員から助けてくれた。

 でも、す、好きっていうのとは違うわよ! 少なくともまだそういうのじゃないっ!


「好きっていうのは、相手のことを思って――――ベッドでマクラを抱きしめたりするものでしょ?」

「そうとは限らないと思いますけど……」


 だ、だいたい九条には風花がいるし、私はあくまで吸血のためなんだから!

 …………ただ。


「まあ、狙ってるって言えば……そういうことにはなるんだけど」


 アリーシャは意図せずそうこぼした。


「フフフ、かしこまりました。それでしたらいい物があります」


 するとそれを聞いた店員は、自信ありげな顔で一つのカチューシャを取り出した。


「こちらは近々あるイベントに向けて、私が発注した限定の魔法アイテムです」


 猫の耳を模したそれは、ぬいぐるみではなく本物の猫の耳に近い作りで、店員が取り出したものはアリーシャの髪の色に合ったキレイな金色をしていた。さらにその耳につけられたピアスは、小さな魔封宝石をつけるための意匠になっている。


「これが、なに?」

「効果は小悪魔ルージュや誘惑香水などの魔法薬と似ていますが、その威力はDランクに並ぶほどと言われています。お客様がこれを使えばその魅了効果で――」


 そこまで言って店員は、ニヤリと笑みを浮かべた。


「彼は間違いなく――――オチるでしょう」

「九条が……オチる?」

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