第46話 異種の王と初デート.2

 賑わう昼の中華街に、翔馬はいた。

 大きく派手な看板が並ぶ、金色の装飾がまぶしいこの区画は豪華にして独特。

 ここへやって来たのはもちろん、吸血鬼への接近を果たすためだ。


「機関が動き出した以上、なんとしても先に吸血鬼に接触しないと……」


 昼休みに偶然聞いた話では、吸血鬼対策室の仕事がここであるとのことだった。

 あの情報が事実なら、必ずここで動きがあるはずだ。

 情報収集中の風花とは別行動になってしまったけど、こうして単独でもある程度行動できるようになったのは本当に大きい。

 翔馬の右腕には、魔法アイテムのガントレット。

 それは最強の一角と評される吸血鬼すら退けた、奇跡の逸品だ。

 これがあるかぎり、人通りのあるところであれば単独行動も可能になる。

 ……でも。


「何かが起きるようには見えないけどな」


 中華街の様子は普段となにも変わらない。きらびやかな装飾を誇る高級店から、気軽な様相の大衆店まで、今日もたくさんの人々が行き交っている。

 でも、もし裏中華街で任務があるのなら、ただ『中華街』とは言わないはず。

 だからなにか起こるなら、表のここで間違いないんだろうけど。

 翔馬はゆっくりと、付近の気配に気をつけながら歩みを進める。

 そして善隣門を通り抜けようとした、まさにその瞬間だった。

 ドーンと、鳴り響く明らかに異質な爆発音。


「反対側かっ!」


 振り返った翔馬は走り出す。


「爆発だ!」「なにがあった?」「危ないぞ、早く逃げろ!」


 大通りに詰めかけた人々のから聞こえてくる声は、驚き、恐怖、そして好奇心を感じさせるものが入り乱れる。

 さすがに魔法都市の住人は荒事に慣れている。

 さらに観光客の中には、こういう魔法による事件を間近で見ることを期待している者すらいて、中華街は一気に騒然としていく。

 身体能力向上や異能による動きの早さや大きさもそうだが、魔法を用いた戦闘はとにかく派手なものとなる。血が騒いでしまうのもムリはない。

 面倒を避けるためにその場を離れようとする者、好奇心に吸い寄せられていく者の間を、翔馬は縫うように走り抜けていく。


「なんか異種と魔術士が機関員相手にケンカしてるみたい」

「この前の騒ぎで捕まった仲間の解放を要求してるんだって」


 ……異種と魔術士。

 吸血鬼の復活から始まった反機関への盛り上がりは、いまだに衰えていない。

 やっぱりなにか、関係があるかもしれない!

 翔馬は人混みをかい潜り、どうにかこうにか爆発音のした地点へとたどり着く。

 すでに、戦闘は始まっていた。

 街の一角にすっぽりとできた、開けた空間。

 そこでは紺色の制服に身を包んだ英立魔法機関の隊員と、見るからにワルそうな魔術士たちが跳び回り、魔法を撃ち合っている。

 吸血鬼の姿は……さすがに見当たらないか。

 翔馬が視線を走らせていると、後方がざわつき始めた。


「お、おいなんだアイツ!」「機関員だ!」「うわ、足はやッ!」

「じゃっじゃじゃーん!」


 聞こえてきたのは、聞き覚えのある声。

 振り返るとそこには、高速で人波をすり抜けて来る小柄な一人の機関員がいた。

 そして発動される、身体能力向上の固有進化魔術『超自在跳躍』


「ちょっとごめんねっ!」


 手にしていた杏仁まんを一気に飲み込み、トップスピードに入った機関員は、両手を上げると側転からバク転へとつなぐ。そこから見知らぬ野次馬の肩に跳び箱のように手をつくと、弾ける粒子と共に人混みを一気に飛び越える。

 着地は、スーパーヒーローのように。

 そして飛び込んできた機関員――――新垣友は、右の拳を地に付けるポーズのまま、グッと顔を上げた。


「待たせたな!」


 やっぱり! クラリスに捕まった時に会った子だ!

 吸血鬼対策室の仕事が今日この場所であるっていう話は、間違ってなかった!

 状況を見守る翔馬の前で、始まる戦い。

 弾かれたように飛び出した友は、そのまま射程範囲に捉えた魔術士に向かって文字通り『跳び』かかっていく。

 そして勢いのままに相手の頭を両脚で挟み込むと――。


「ヘッドシザーズゥゥゥゥ!」


 そのままその頭を軸に、ヘリのプロペラのように一回転半。


「トルネェェェェ――――ドッ!!」


 そこから身体を下方へひねることで、魔術士を放り投げる。


「んなああああああああ――――っ!?」


 相手の魔術士はその予測不可能な攻撃によって宙を舞い、出店へ勢いよく突っ込んだ。

 バーン! と、派手に果物が舞い上がる。

 するとド派手な登場をしたばかりの友に、即座に新たな異種が襲いかかっていく。

 友は振り下ろされた拳を最短の挙動でかわすと左足で踏み込んだ。相手の右足首に自分の右足の甲をぶつけるようなローキックを放つと、そのまま全力で蹴り上げる。


「えっ?」


 空中で風車のように回転する異種。

 そこへ友は、蹴り上げたばかりの足を強く突き出した。


「ぐっはあっ!」


 蹴られた異種はオープンカフェの木製テーブルへ突っ込んで、バキバキと嫌な音を鳴らす。

 さらに友は飛び込んできた異種の連続攻撃を右、左、右とカンフーのように手の甲で受けると、最後のミドルキックをがっちりキャッチ。「にひっ」と一度笑顔を見せると、そのままつかんだ脚を軸にして相手を豪快に振り回す。


「ていやーっ!」


 そのまま手を放すと異種はきりもみ回転で宙を舞い、洋服店の狭い通路を塞ぎながら彼氏の服をああでもないこうでもないとかやり始めてなかなか退かない女とその彼氏を巻き込んでエレベーターへ突っ込むと――。


「上へまいります」


 クールなエレベーターガールに、そのまま上の階へと運ばれて行った。


「ド、ドラゴンスクリュー……」


 身体能力向上は、すべての技をド派手なものへと変える。

 目前で飛び出した意外な大技に、翔馬は思わず声を上げた。

 だが快進撃を見せる友に対して、中距離から向けられる短杖。


「あぶない!」


 誰かが叫んだ。魔術士は『爆破』の魔術を解き放つ。

 しかし友はカフェのテーブルから転がってきた円形のトレーを手に取ると、それを投擲。

 トレーはすさまじい速度で魔術士のひたいに直撃して、カーン! と高い音を鳴らす。

 対して魔術は友の後方に着弾、爆発音と共に高く土煙を巻き上げる。

 そして魔術士が倒れたのを確認した友は、声の上がった方向にVサインを決めた。


「すげえ……」「あれが機関員か」「すごい迫力だったな」


 小さな女の子の圧倒的な活躍に、遠巻きのギャラリーはため息をつく。


「いや、まだだ!」


 叫び声を上げたのは翔馬。

 そう、まだ終わってはいない。

 倒れた魔術士の一人が起き上がる。腰元に差したナイフを取り出し、一目散に人混みの中へと走り出す。

 魔法バトルに夢中になっていた、一人の少年のもとへ。

 ここへ来る途中に聞いた彼らの目的は、捕まった仲間の開放。

 魔術士がわざわざナイフを取り出した理由。そして視線の先にあるもの。

 魔術士の狙いに気づいたのは、翔馬だけだった。


「あの子を人質にする気だっ!!」


 翔馬の言葉にハッとした友はその場にしゃがみこむ。

 そして両手を付き、腰をグイッと持ち上げた。それはクラウチングスタートの構え。


「……全身全霊全力全開」


 跳びかかる直前の猫のように腰を二度振ると、風がにわかに揺らめいた。


「いくよぉぉぉぉっ! ストームライダ――ッ!!」


 ドンっ! と衝撃波が舞い起きる。

 スタートを切った友はその足から粒子を散らしながら最高速で駆け出すと、なんとそのまま壁を疾走していく。

 もはや道など関係ない。『超自在跳躍』によって全ての障害物は足場へと変わる。

 こうなってしまえばもう、新垣友の前に立ち塞がるものなど――――巨大な看板だけだ。


「えっ?」


 バーン! とすさまじい音を立てて、友は中華料理店の大きな看板に突っ込んだ。

 そしてそのまま落下すると「きゅー」と、目を回し始める。

 ついさっきまで無双を誇っていた友の脱落。まさかの展開にギャラリーが慌て出す。

 しかしこの時すでに、翔馬は動いていた。

 ガントレットに光が灯る。魔法の完成と同時に駆け出すと、友と同じルートを駆け抜け、さらに看板を飛び越えて少年のもとへと先回る。

 勢いのままに少年を抱きとめると、そのまま地面で一回転。

 見よう見まねの移動法だったけど……上手くいった!


「どけええええええええ――――ッ!!」


 しかし魔術士は、突然現れた邪魔者に容赦なく襲いかかる。

 振り返る翔馬。

 魔術士の手にしたナイフは、すでに目前まで到達していた。

 だが『身体能力向上』を持たないだけでなく、格闘技術もない魔術士の攻撃はそれこそ――。

 止まって見える。

 悠々と相手の攻撃をかわした翔馬は、中段まわし蹴りを放つ。


「がっ、ぐふ」


 的確な一撃が見事相手の腹に決まる。魔術士はその場に再び倒れこんだ。


「ふあー、ショーマくんすっごいぃぃぃ」


 そんな翔馬の戦闘を目の当たりにした友は、まだぐわんぐわん鳴っている頭をクラクラ揺らしながら感心の声を上げるのだった。

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