第20話 『勝負の一発芸(イトウさん編)』
「続きましては、イトウさんお願いしまーすっ」
イトウさんがおずおずと前に出る。
すると手に持っているバッグを逆さまにした。
地面に落ちるたくさんの果物ナイフと赤いシルクハット。
何する気っ!?
「ナイフですか。とてつもなく危険な香りがしますが、大丈夫でしょうか」
「それと赤いシルクハットが謎だな。いや、被るんだろうが……」
心配そうな表情の栞ちゃんと、怪訝な顔した鳴ちゃん。
私と言えば、はっとした顔(多分)をしたのち、何かを言おうとしているスズちゃんに注目していた。
「ワンダァボォイ、イトォ」
スズちゃんが呟く。
ワンダァボォイ、イトォ?
……あれ、何か、聞いたことあるような――――あっ!
「「「ワンダーボーイ☆伊藤っ!!」」」
私だけではなく栞ちゃんと鳴ちゃんも気付きたみたいっ。
『ワンダーボーイ☆伊藤』は、4年くらい前にナイフを使ったショーで人気を博していた少年だったのだけど……え、うそ?
イトウさんが『ワンダーボーイ☆伊藤』なのっ!?
「マジかーっ! あの『ワンダーボーイ☆伊藤』もゾンビになってたのか。でも全然分からなかったな。イトウがあまりにも地味すぎてさ」
「『ワンダーボーイ☆伊藤』は派手なメイクをしていましたからね、そのギャップゆえでしょう。赤いシルクハットというファクターでさえも、その地味さの前では無意味だったようですね」
地味地味ってイトウさんが可愛そうだよ、二人共……。
そのイトウさん――芸名『ワンダーボーイ☆伊藤』がのそりと一礼をすると、ナイフを4本拾って私達に見せた。
「まぁずはワンダァ、ジャアグゥリングゥ」
ジャグリングって確か、“複数の物を空中に投げて取る”を繰り返すっていう技術だったよね。
そういえば、『ワンダーボーイ☆伊藤』はナイフだけでそれをやっていたっけ?
でも大丈夫かな? だって今はゾンビだし……。
心配する私をよそにイトウさんがジャグリングを始める。
指の間からその光景を見る私だったのだけど、イトウさんは長期間のブランクをものともしない手さばきで、ナイフ4本でのジャグリングを成功させた。
「すごい、すごいよっ、イトウさんっ! 見直しちゃったよ! ほかにも何かできるのっ?」
前のめりになって聞く私に、照れるような仕草のイトウさん。
その視線がスズちゃんのほうに向いたけど……ん??
「できるぅよ。ではぁ、つぎはぁ、ワンダァ、なげぇナイフゥ」
そう言うイトウさんは、別のゾンビさん……マツムラさんを連れてくる。
すると、自分のシルクハットをマツムラさんの頭にかぶせて10メートルくらいさきに立たせた。
マツムラさんは、頭上にクエスチョンマークを浮かべたような顔をして、手を広げている。
いきなりのご指名だったんだね。でも何を……。
「そうかっ、ナイフ投げショーだな! 立たせたマツムラの横をかすめるようにナイフを投げるわけだ。これはスリリングだぜ」
3袋めのポテトチップに手を付けている鳴ちゃんが、教えてくれた。
ナイフ投げショーなんだっ。
ちょっと見るのが怖いけど、ジャグリングを完璧に決めたイトウさんなら大丈夫だよねっ。
そして始まるナイフ投げショー。
一本、二本、三本と投げられるナイフが、ポカンとした顔のマツムラさんの横をスレスレで通り過ぎていく。
その後も投げられ続けるナイフだったのだけど、全てが成功っ、すごいっ!
そして最後の一本だけど、
「最後は、マツムラさんが被っているシルクハットをナイフで弾き飛ばすのでしょうね」
と、四杯目の紅茶を啜っている栞ちゃんがフィニッシュシーンを教えてくれた。
緊張感が漂う中、イトウさんが最後の一本を振りかぶる。
「がぁんばれぇ、イトォさぁん」
――と、スズちゃんが応援した瞬間、力の抜けたようなイトウさんの手から最後のナイフが発射された。
ブスッ。
マツムラさんの眉間に突き刺さるナイフ。
観客ゾンビさん達から、ナカヤマさんのとき以上の歓声が上がる。
そこで歓声!? ――って、失敗しちゃったっ! しかも一番ダメな失敗じゃんっ! マツムラさーんっ!!
「ま、お約束だわな。ムシャムシャ」
「しっかりオチたのではないでしょうか。ズズ……」
ええええええっ!?
◆第21話 『勝負の一発芸(ヌクミズさん編)』へ続く。
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