第62話『理沙の想い』

 ――今すぐ、風紀委員会を辞めて。


 理沙ちゃんは私のことを見つめながらそう言った。そして、私の両手をさらに強く握ってくる。そのことで握られた手が痛い。


「風紀委員会を辞めてってどういうこと?」

「だって……ことみん、盗撮されたかもしれないって言っていたし。朝倉先輩だって先週、学校でダブル・ブレッドのメンバーに盗撮されたじゃない。それはきっと、風紀委員会に入っているからなんじゃないかと思って」

「そっか」


 昨日の夜、自分も盗撮されたかもしれないことを理沙ちゃんにメッセージで送った。そのときも心配だと返信が来たから、私は大丈夫だよって言ったんだけれどな。一晩経ってまた不安になってしまったのかもしれない。


「すみませんが、あなたは? あなたも風紀委員会の生徒ですか?」

「いえ、違います……って、警察の方がどうして?」


 深津さんが警察官の制服を着ているからか、理沙ちゃんは目を見開いた。


「私は布野警察署の深津菜々と申します。朝倉さんと折笠さんが提出された被害届についての捜査を行なうためにこの学校にやってきたんです」

「私は奈々さんの上司の白鳥麻美です。それで、あなたは?」

「折笠琴実ちゃんの親友でクラスメイトの唐沢理沙です。風紀委員会には入っていません。ただ、あたしは……ことみん……琴実ちゃんのことが心配でここに来ました」

「なるほどね。それで、折笠さんに風紀委員会を辞めてほしい、と」

「……はい。すみません、みなさんの前でいきなりこんなことを言ってしまって」


 理沙ちゃん、悲しそうな顔をして俯いている。

 沙耶先輩を盗撮した掛布さんを捕まえるとき、理沙ちゃんに協力してもらった。きっと、そのときは掛布さんを捕まえたことで、全てが終わったと思ったんだろう。

 ただ、日曜日の朝……私が泊まった沙耶先輩のマンションの前に怪しい人物がいて、私に気付かれたらすぐに立ち去った。昨日の夜、その話を私から聞いた理沙ちゃんは、このまま風紀委員会に入っていると、とんでもないことに巻き込まれてしまうかもしれないと考えたのかも。


「唐沢さんが、風紀委員会のせいで琴実ちゃんが危険なことに巻き込まれているかもしれないって考えるのは仕方ないかな」

「沙耶先輩……」


 沙耶先輩はいつも通りの落ち着いた笑みを浮かべている。


「活動内容を考えれば、風紀委員会とダブル・ブレッドは互いに敵対する関係にある組織だ。きっと、掛布さんが私のことを盗撮し、その写真をこの部屋の扉に挟んだことで、ダブル・ブレッドは犯罪とも言える行動を校内で行なう意思表示をしたんだと思うよ。そして、私達・風紀委員会はそんなダブル・ブレッドの行動を阻止するつもりだ」

「琴実さんが風紀委員会に所属している以上、朝倉さんのように盗撮されるかもしれない。実際に日曜日、琴実さんが見たのはダブル・ブレッドのメンバーで、琴実さんを盗撮していた可能性がある。そして、盗撮よりもひどいことをされるかもしれない……ということですか」

「その通りだよ、藤堂さん。唐沢さんも同じようなことを考えたんじゃないかな。だから、風紀委員会を辞めれば、琴実ちゃんに危険な目に遭わなくなるかもしれないって考えたんだよね」

「先輩方の言う通りです。風紀委員会を辞めれば、ことみんは危険な目に遭わなくなると思って」

「……そっか」


 理沙ちゃんは一連のことを、風紀委員会とダブル・ブレッドによる集団間の問題だと思っているんだ。そこから私を引き離したいと考えているんだな。


「琴実ちゃん。唐沢さんのためにも自分の想いを伝えてくれるかな。私個人として、琴実ちゃんは風紀委員としてやっていけると思うし、相棒として信頼しているけど……元々は私が誘ったんだ。それに、唐沢さんの言うように、風紀委員会にいると今後、危険な目に遭うかもしれない。私は……琴実ちゃんの意志を尊重するよ」

「沙耶先輩……」


 沙耶先輩も私が盗撮されたかもしれないことの原因が、風紀委員会に入っているかもしれないだと思っているようだ。風紀委員会に誘ったことに責任を感じていると。

 風紀委員会を辞めるか。それとも残るか。そんなこと迷う必要はない。


「心配してくれてありがとう、理沙ちゃん。でも、私……このまま風紀委員の活動をするよ」


 まさか、ここまで重要なことに関わるとは思わなかったけど、沙耶先輩が私を風紀委員に誘ってくれたことは嬉しかったし、風紀委員として学校のために何かできるんだったら私は精一杯やってきたい。


「風紀委員だからこそ危険な目に遭うかもしれないよ。でも、私は先輩方と一緒に活動をしているし、今は警察の人もいる。みんなとならやっていけると思うの。理沙ちゃんが心配してくれるのは嬉しいけど、風紀委員としてこのまま活動したい」


 自分の想いを言葉にしたけれど、これでも納得しなかったら理沙ちゃんに粘り強く説得していくしかないか。

 しかし、理沙ちゃんはすぐに優しげな笑みを浮かべて、


「多分、これからも風紀委員として頑張るっていうことみんの意志は変わらないだろうね。分かったよ」

「ごめんね、理沙ちゃん。これからも心配を掛けちゃうかもしれないけど」

「いいよ、気にしないで。それに、ことみんの答えを聞いて、あたしも決めたことが1つあるからさ」

「うん? それってなに?」


 すると、理沙ちゃんはぎゅっと私の手を掴んで、


「ダブル・ブレッドのことが解決するまであたしも風紀委員の活動を手伝うよ。それで、ことみんのことを守るの!」


 やる気に満ちた表情をしてそう言ってきた。まさか、理沙ちゃんがそう言うとは思わなかったから驚きだ。


「理沙ちゃんの気持ちはとても嬉しいよ。でも、理沙ちゃんだって言っていたよね。私が盗撮されたのかもしれないのは、風紀委員会のメンバーだからかもしれないって。そんな私や先輩方の手伝いをするってことは自分も同じ立場になるってことなんだよ?」

「もちろん、それを分かった上で……覚悟したから言ってるの。それに、掛布さんだっけ。朝倉先輩を盗撮した犯人を捕まえるときに協力してるし」

「……と、理沙ちゃんは言っていますけど、先輩方や秋川先生はどうですか? 私はいいと思いますが」


 何もないときだったらまだしも、今は警察官も来ている状況だ。私一人で判断しちゃいけないだろう。


「私はかまいませんよ、唐沢さん。クラスメイトが側にいれば、琴実さんもより心強くなるでしょう」

「私も授業中までは琴実ちゃんを見ることはできないから、クラスメイトの唐沢さんが協力してくれるなら嬉しいよ」

「私も朝倉先輩や千晴先輩と同じ意見です」


 先輩達は理沙ちゃんが手伝ってくれることに賛成のようだ。


「では、唐沢さん。期間限定となりますが、風紀委員会のサポートをお願いします」

「はい!」


 顧問である秋川先生から正式な了承を得て、理沙ちゃんは風紀委員のサポートメンバーになった。


「じゃあ、唐沢。とりあえずは授業中、折笠のことを見守ってほしい。休み時間も折笠の側についていること。テニス部の方には私から言っておくから」

「分かりました! 東雲先生!」


 理沙ちゃん、さっそく私の手を握っている。

 理沙ちゃんが風紀委員のサポートメンバーになったことを知ったとき、ダブル・ブレッドはどう動いてくるだろう。それが不安ではあるけど、私にとってはこんなにも心強い人が側にいてくれることがとても嬉しいのであった。

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