第26話『ダブル・ブレッド』
午前8時10分。
私と沙耶先輩は学校に到着する。騒がしい様子も見られないので、千晴先輩が見つけた写真が校内にばらまかれたり、ネット上にアップされたりしていることはないかな。すぐに風紀委員会の活動室へと向かう。中には千晴先輩とひより先輩がいた。
「みんな、おはよう」
「おはようございます、千晴先輩、ひより先輩」
「おはようございます、朝倉さん、琴実さん」
「おはよう、朝倉先輩、琴実ちゃん」
ひより先輩はいつものように柔らかい笑みを浮かべているけど、千晴先輩は……例の写真の件があってか、かなり不機嫌そうだ。
「さっそくですが、朝倉さん、琴実さん……この写真を見てもらいましょうか」
千晴先輩はそう言うと、1枚の写真をテーブルの上に置く。
「どれどれ……」
沙耶先輩が写真を手に取ったので、私は覗き込む形で見せてもらう。
「……桃色のパンツを拾った沙耶先輩の姿がはっきりと写っていますね」
夕陽による逆光で若干見にくいけど、例の桃色パンツを拾った沙耶先輩がしっかりと写っている。パンツを拾った喜びなのか、沙耶先輩が笑顔であることもはっきりと分かる。
「こう言っては失礼かもしれませんが、沙耶先輩を象徴する一枚なのでは」
「同感ですね、琴実さん」
「女の子のパンツが大好きなんだっていう朝倉先輩の嗜好が分かりますよね」
「みんな、はっきり言ってくれるね。ただ、この写真……実に美しい。私のファンが自分のパンツを拾った姿を写真に収めたってだけならいいんだけどね。そういう理由で撮影された写真なら、私が持ち帰って大切に保管するんだけど」
平和な理由なら持ち帰っちゃうんだ。
「内容はアレですが、盗撮されたのですよ? しかも、その写真がこの部屋の扉の下に挟まっていました。理由はどうであれ、これはストーカーといっても過言ではありません」
「まあ、単に私のファンだとしても、放課後に私が風紀委員の仕事として見回りをすることを知っていたことになるね」
「それは結構な数の生徒が知っているのでは? 昨日の見回りのときも風紀委員というワッペンを付けていました。それに、朝の服装チェックにも参加していたので、沙耶先輩が風紀委員であることは多くの生徒が知っていると思います」
「……そうだね。琴実ちゃんの言うとおり、私が風紀委員であること。そして、風紀委員の仕事として、放課後に特別棟を見回りすることを知る生徒はかなりいるだろうね。でも、私がパンツを拾った瞬間の写真を撮影するのは、どう考えても普通じゃないよね。しかも、その写真をこの部屋の扉の下に置いておくなんて」
「……そう、ですね」
それに、沙耶先輩が拾ったパンツの持ち主を探しても、昨日は見つからなかった。でも、この写真がある以上、例のパンツはこの写真を撮影した人がわざと置いた可能性が高い。そこまでするのはさすがに普通とは言えないか。
「何だか一連の行動に矛盾を感じます」
「どういうことでしょう、ひよりさん」
「だって、この写真……隠れてこっそりと撮影したように思えるじゃないですか。せっかく朝倉先輩に気付かれずに撮影できたのに、どうして自分からわざわざ写真を撮影したことを明かしてしまうことをしたのでしょうか」
「写真を撮影した人物と写真をここに置いていった人物が同一であれば、ひよりさんの言う通りですね」
確かに、ひより先輩が言うように、あの写真を見る限り、先輩がパンツを拾って喜ぶ場面をこっそりと撮影したと考えられる。実際に沙耶先輩は気付かず、私もそういった怪しい人物は見かけなかった。でも、撮影した写真をこの部屋の入り口に置いておいたら、あのときに誰かから盗撮されていたと私達にバラすことになる。
「千晴先輩の言うとおり、一個人がやったのであれば矛盾しているように思えます。でも、沙耶先輩は今の状況になる心当たりがあるんですよね。学校へ来るときに言っていた噂……」
ずっと気になっていた『噂』は、きっとここに繋がっていると思う。
「……忘れないでいてくれたね、琴実ちゃん。偉いよ。藤堂さんは覚えていると思うけど、あの噂が本当だったら、こういった行動をするのは納得がいく」
「ええ。ですから、私もさっき、同一人物であれば矛盾していると言ったのです」
千晴先輩は知っていたんだ。沙耶先輩が私に話そうとしてくれている噂のことを。
「な、何なんですか? その噂って……」
ひより先輩は知らないみたい。
「1年半くらい前かな。この白布女学院に変態行動をする団体がある話を、京華から当時の風紀委員メンバーに伝えられたんだ」
「生徒会長から?」
「うん。京華もそれは噂レベルの話で聞いたそうだ。ネットの掲示板や、SNSで少数ながらそういう書き込みがあったんだ。そういった校内の風紀を乱す集団が学内にいるかもしれないことで、風紀委員会に伝えられたんだよ」
風紀を乱す、って言ったら沙耶先輩のパンツ変態もそれに該当しているような。
「それ、沙耶先輩が関わっていませんよね?」
「ははっ、琴実ちゃんならそう言うと思ったよ。まあ、その話を聞いたときも藤堂さんから同じ質問をされたよ。私は一切関わっていない。個人的にパンツを愛でる行動はしていたけど、パンツを堪能するときは事前に許可を得るようにはしていたし、拒否されたらそこで引き下がるようにしているよ」
そういう風に言われると沙耶先輩が物凄くまともに思えるけど、一歩間違えたらその変態集団と同類に見られると思う。
「朝倉さんと違う点では、噂の集団は今回のような盗撮などの犯罪を行なっているということですね。私と朝倉さんを含めた当時の風紀委員会メンバーは一時期、見回りと服装や持ち物のチェックの強化を行ないました。その甲斐もあってか、盗撮やわいせつ行為と言った被害が一切なかったので、噂の集団の行動が収まったと思いました。なので、徐々に通常の活動に戻していったのですが……今年度になって、再びその集団が動き出したということでしょうか」
「かもしれないね。誰かがこうして私を盗撮したことを自ら知らせている。こんなことは初めてさ」
「つまり、その噂が出始めた1年半くらい前よりも、今の方が活発に活動していると先輩方は考えているんですね」
「ああ、そうだよ」
「……ちなみに、その集団の名前は何て言うんですか?」
聞いたところで心当たりはないだろうけれど、名前くらいは知っておかないと。
「……ダブル・ブレッド。それが噂の集団の名前なんだよ」
ダブル・ブレッド。聞いたことないな、そんな団体。
「ダブル・ブレッドだなんて変な名前ですね。一瞬、かっこいいと思いますが、変態行動をする団体の名前ですと何だか複雑な響きです」
ひより先輩はそう言った。
確かに、ひより先輩が言うように変態団体の名前にしては格好良すぎるというか。意味が分からないというか。
「千晴先輩はこの名前の由来は知っていますか? それが分かれば、この団体の本当の目的が分かるかもしれません」
「私は見当もつきませんね。それに、変態団体だと分かっているのですから、団体の目的は変態行動をしていくことでしょう? 個人的に名前の意味まで興味はありません」
千晴先輩、ちょっと不機嫌そう。それはそうか。変態行動を繰り返す集団ってことは、風紀委員会の敵とも言える存在だから。
「私は分かってるよ」
「どういう意味ですか? 沙耶先輩」
「ダブル・ブレッドを日本語にしてみると分かると思うよ」
「……えっ?」
ダブル・ブレッドって英単語だよね。Double Bread……あっ!
「その表情だと、琴実ちゃんは分かったみたいだね」
「……凄くくだらないですし、ダブル・ブレッドよりはトゥー・ブレッドの方が正確のような気がしますけど」
「ははっ、好みの問題だけど、字面を考えたら個人的にはダブル・ブレッドの方が好きだけどね」
「どういう意味なのか、頭に入れておいても損はないでしょう。教えていただけますか、朝倉さん」
「分かった。ダブル・ブレッドを日本語に訳すと2つのパン。パン2つ、パンツ……ってことだよ、藤堂さん」
「……聞かない方が良かったかもしれません。琴実さんの言うとおり、くだらない意味でした……」
はあっ……と千晴先輩はげんなりとしている。
ダブル・ブレッド……その名前だけ聞くと格好良く思えるけれど、実際はパンツ。変態集団を象徴しているかのようだ。でも、パンツの意味がある言葉を集団の名前にするなんて、
「沙耶先輩、本当に何にも関わりはありませんよね?」
何度もそう問いただしてしまう。今やパンツっていう言葉を耳にしたら、先輩のことを思い浮かべちゃうんだもん。
「ははっ、関わってないよ。集団の名前のセンスには少し惹かれるけど、活動内容が犯罪行為だからね。いくら、女の子のパンツが大好きな私でも、そんな集団を作ったり、入ったりしているようなことはないよ」
「そうですか。それならいいですけど……」
ここは沙耶先輩のことを信じるしかないか。先輩の相棒なんだし。
「……おっ、そろそろ朝礼が始まる時間だね」
そう言うと、沙耶先輩は手に持っている例の写真をスマートフォンで撮影する。そして、写真を千晴先輩に渡した。
「生徒会長の京華には私から伝えておくよ。教師の方には藤堂さんに任せていいかな」
「ええ、もちろんです。この写真を見せて、盗撮された事実を伝えておきます」
「よろしく」
こうしたやり取りを見ていると、沙耶先輩と千晴先輩はさすが3年生だと思える。しっかりしているというか。
「それでは、各自、教室に向かってください。お疲れ様でした」
千晴先輩のそんな一言で、風紀委員会の緊急の活動が終わり、私は早歩きで教室へと急ぐのであった。
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