第22話『桃色溜息』
再度の休憩を終えて、特別棟の巡回を再開。
元々、人があまりいない棟なので巡回していても校則を違反している生徒、違反しそうな生徒は今のところ1人もいない。
ただ、部活で利用している教室もあるので、扉に付いているガラスから中の様子を見てきちんと活動しているかも確認する。どの部活もしっかりと活動していて、たまに沙耶先輩に気付いてこちらに手を振る生徒がいるくらいだった。
「特別棟は平和だね」
「いいことじゃないですか」
「そうだね。みんなが気持ちよく学校生活を送れるようにサポートするのが、風紀委員の仕事だからね」
「……学校外でしたけど、私が男達に追われたのって例外中の例外だったんですね」
「そうだね。校内にいれば、教師や事務員の方以外とはまず男性と絡むことはないからね。うちは女子校だからさ、新年度になると新入生を中心にうちの生徒を狙う一般人がいるみたいで、毎年4月は学校周辺を巡回することもあるんだ。ここの地域を管轄する警察にも巡回をお願いしているんだけどね」
「そうなんですか」
だから、学校の外でも沙耶先輩は私のことを助けに来てくれたんだ。あのときの沙耶先輩はとてもかっこよかったなぁ。こんなにも変態だとは思わなかったけれど。
「……うん? あれは……もしかして」
「どうしたんですか?」
「琴実ちゃんはここで待ってて」
「えっ、ちょ、ちょっと!」
沙耶先輩は1人で勢いよく走り出す。そのことで、ひらりひらりとスカートがめくれ上がり、危うく先輩の穿いているパンツが見えてしまいそう。
「って、廊下は走っちゃダメですよ!」
小学生のときに先生から注意されなかったのかな。まるで大会のレースのように本気で走っている。
しかし、姿が大分小さくなったところで、沙耶先輩は急に立ち止まり、かがんでいるように見える。ただ、それは一瞬のことで、次の瞬間には全速力で私のところに走って戻ってきた。
「琴実ちゃん、パンツを拾った!」
「……えっ?」
沙耶先輩が真面目な表情をして言った内容が信じられなくて、思わず間の抜けた声が漏れてしまった。
「パ、パンツを拾ったんですか?」
「うん、ほら」
沙耶先輩は両手で桃色のパンツを持つ。それは女性もののパンツ。なので、生徒のものだと思う。
「それ、本当に落ちていたんですよね?」
もしかして、私のパンツなのかな、と思いながら右手でお尻を触るけれどちゃんとパンツを穿いている。そんなわけないか。そもそも、今日穿いているパンツは水色だった。
「まさか、沙耶先輩のパンツじゃないですよね?」
と、先輩のスカートをチラッとめくるけど、そこには沙耶先輩に穿かれている黒色のパンツがあった。
「おっ、さりげなくパンツを見る技術を身につけたね。さすがは私の相棒」
「……褒められても嬉しくないです」
それ以前に、学校の廊下でパンツを見られているんだから、ちょっとは恥ずかしがってほしかった。そう思ったら、確認のためとはいえ先輩のスカートをめくったことにちょっと罪悪感が。
「ごめんなさい。勝手にスカートをめくってしまって」
「琴実ちゃんにスカートをめくられたことはビックリだけど、全然怒っていないから気にしないで」
「そうですか」
「……それにしても、このパンツは誰のものなんだろうね」
沙耶先輩は拾ったパンツをくんくん、と嗅いでいる。
「洗剤の匂いしかしない……」
はあっ、と沙耶先輩はため息をつく。
「そこでがっかりしないでください。というか、先輩は匂いを嗅げば誰のパンツなのか分かるんですか?」
「いや、分からないけど。ただ、使用済みならいいのになって。そうすれば、この桃色のパンツが桃のようなお尻を包む絵が想像できたのに」
「……そ、そうですか」
そうだよね、沙耶先輩だもんね。匂いを嗅ぎたいだけだよね。犬並みの嗅覚があって、落とし主を特定できるっていう能力があるわけないよね。
「でも、誰がこんなところでパンツを落としたのでしょうか」
「一応、うちには水泳部があって、暑い時期以外にも活動できるように屋内プールがあるけれど。ただ、教室棟ならまだしも、特別棟のこんなところに落ちているからなぁ。ここからプールに近いわけでもないし」
「近くにお手洗いがありますけど、まさかパンツを穿かずにお手洗いを出入りする生徒もいませんよね」
「そうだね。それに、このパンツは使用済みじゃないから、穿いていたパンツが何らかのことで脱げてしまったということもなさそうだし。パンツに名前を書いている……なんてことはないか、さすがに」
このパンツの落とし主は誰なんだろう。しかも、未使用の。考えられるとすれば、普段から替えのパンツを持ち歩いていて、今はこの特別棟で部活をしている生徒かな。
「とりあえず、この近くで活動している部活にパンツのことを訊きましょうか」
「そうだね。それで、落とし主が見つかったらその子のパンツを見せてもらって、このパンツを穿いた姿も見せてもらおうかな」
「……それはダメですよ、先輩」
その後、特別棟で活動している部活にパンツの落とし主がいないか訊いた。その時の沙耶先輩はとてもいきいきしていて。私だったら恥ずかしくて、ここまではっきりと訊くことはできなかったので、本当に頼りがいのある先輩だなと思った。けれど、結局見つかることはなかった。
念のために水泳部の方にも行ってみたけど、水泳部の中にパンツをなくしたという生徒はいなかった。
結局、沙耶先輩が拾ったパンツは落とし主の手に渡らず、沙耶先輩のスカートのポケットに入ったまま、風紀委員会の活動室に戻るのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます