第19話『ベンチでティーやコーヒーを。』

 沙耶先輩と一緒に校内の見回りを始める。

 まずは普通教室のある教室棟を見回っているけど、特に校則違反をしているような生徒は見かけない。私達が見回っているから、私達の視界に入りそうなときだけちゃんとしているだけかもしれないけど。


「今日は平和だねぇ」

「そうですね」

「さすがに学校の中だと、琴実ちゃんのようにあの男達に追いかけられている生徒はいないね」

「いたら、教員総出で男達を捕まえるところですよ」


 それ以前に、校門の所にいる事務員のおじさんがどうにかしてくれると思うけど。万が一、校舎に入ったとしたら、男達を捕まえるのは風紀委員の仕事じゃなくて、警察の仕事だと思うけど。不法侵入とかで。


「普段、校内は平和だよ。校外だったけれど、これまでの琴実ちゃんが特別だっただけさ」

「……本当に、どうして私が男に追いかけられちゃったんでしょうね」

「琴実ちゃんが可愛かったからじゃない?」

「えっ?」

「1年生の中では指折りの可愛さだと思うけどな」

「そ、そんなに可愛いって言われても、何も出ませんよ」


 沙耶先輩に可愛いって言われるとドキドキする。本当にそういうことを爽やかな笑みを浮かべてさらりと言えるから先輩は本当にかっこいい。


「別にここでパンツを脱いで、私に渡してほしいとは思ってないよ」

「そんなことするわけがないでしょう!」


 思わず大声で怒ってしまった。そのせいか、近くにいた何人かの生徒が私のことを怯えた表情で見ている。


「みんな、驚かせちゃってごめんね。風紀委員の新人の彼女のために、今日は服装についての問題を出していたんだよ。スカートからワイシャツを出すのが正しいですかってね」

「そ、そうだったんですか……」

「彼女は真面目な子だから思わず大声で言っちゃったんだ。だから、恐がる必要は全くないよ」

「そうだったんですね。お2人ともお仕事頑張ってください!」

「うん、ありがとう」


 沙耶先輩、凄いな。機転を利かせて周りにいる生徒さん達の気持ちを落ち着かせて。さすがは3年生というか。


「……沙耶先輩、ごめんなさい。生徒さん達を怖がらせちゃいました」

「気にする必要はないよ。それに、琴実ちゃんが真面目な女の子っていうのは本当だよね。だから、思わず大きな声が出ちゃったと」

「ですけど……」

「初めてなんだから、失敗するのは普通なんだ。私がいるときは遠慮なく私に甘えればいいよ。もちろん、同じ失敗はなるべくしないように心がけようね」


 沙耶先輩は私の頭を優しく撫でてくれる。千晴先輩の言うとおり、パンツのことを除けば凄く真面目でいい先輩なんだな。本当に頼りになるし、好きなんだ。


「よし、気分転換のためにちょっと外に出ようか」

「……はい」

「自動販売機で何か好きな飲み物を買ってあげる」

「仕事中に飲んで大丈夫ですかね」

「大丈夫に決まっているさ。今は休憩にしよう。休憩を適度に挟まないと、仕事はしっかりこなせないよ」

「……そうですね」


 仕事ではなく休憩だからなのか沙耶先輩は私の手を引く形で、校舎の外へと連れてってくれる。

 入学して間もないから、校舎の外がどんな感じなのかあまり分かっていない。高校とは思えないくらいにしっかりとしている。広々とした敷地だからこそ、放課後の今は人気の少ない場所が多いように思える。

 私達が休憩している自動販売機側のベンチ周辺にも誰もいない。


「はい、レモンティー」

「ありがとうございます」


 沙耶先輩に買ってもらったレモンティーを飲む。何度も飲んだことあるのに、いつもよりちょっと酸っぱく感じるな。

 沙耶先輩は私の隣に座ってブラックコーヒーを飲んでいる。かっこいいなぁ、大人の女性って感じ。私はカフェオレがせいぜい。


「さっきはごめんね。私がパンツのことを言わなければ、琴実ちゃんはあんなに怒ることはなかったんだよね」


 沙耶先輩は苦笑いをしている。


「あっ、いえ、そんな……私がもっと穏やかになっていれば済んだことですよ」

「そう言ってもらえると、少しは心が軽くなるかな。さっきのお詫びに、あとで私のパンツを見せてあげようか」

「……本当に申し訳ないと思っているんですか?」

「もちろんだよ。ただ、パンツにはパンツで返そうと思ったのは事実さ」


 きっと、沙耶先輩は私を元気づけるためにそんなことを言ってくれているんだと思う。先輩はいつもパンツのことばかりだけど、特に私のパンツには執着心が強い気がする。私のことを相棒したくらいだし。


「あの、沙耶先輩。先輩って本当にパンツのことばかり言っていますよね」

「パンツには夢や希望に満ちているからね」

「……先輩って、私以外の女の子にもあんなことを言うんですか?」


 どうしても知りたかった。

 パンツに関しての私に対する態度は他の女の子と同じなのか。それとも、私だけなのか。できれば、私だけであってほしい。


「……私はパンツが大好きだよ。でも、私だって女の子だ。相手の子の気持ちも考えた上でパンツを堪能するように心がけているよ。初対面の女の子に対していきなりパンツ見せてくださいなんて言わないし、いいって言われても嫌そうな表情だったら見ないよ」

「そうなんですかね……?」


 私にとっては、沙耶先輩は見境なくパンツを堪能したいようにしか思えないけど。それに、私に対しては出会って間もない段階で、強引にパンツを堪能したような気がする。


「私に対してはそんなことなかったじゃない、って顔してるよ」

「……分かっているじゃないですか」


 私がそう言うと、沙耶先輩はふっ、と笑みを浮かべる。


「どうしてなんだろうね。琴実ちゃんを男達から助けたからなのかな。初対面なのに、この子のパンツだけはどうしても堪能したいって思ったんだよ」

「沙耶先輩……」


 沙耶先輩だから素敵に聞こえるけど、冷静に考えてみれば言っている内容はとんでもなく変態だし、人によっては通報していると思う。


「……私は、琴実ちゃんに甘えていたんだね。琴実ちゃんならきっと私にパンツを堪能させてくれるってさ。琴実ちゃんが嫌なら、そういうことは止めるよ。ただ、琴実ちゃんにはこの後も風紀委員会にいてくれると嬉しいな。できれば、私の相棒として……」


 沙耶先輩は笑顔を見せてくれているけど、こんなにしんみりとした先輩を見るのは初めてだ。

 沙耶先輩が側にいてほしいと言ってくれるのはとても嬉しい。私だって、そんな先輩の側にずっといたい。

 私は沙耶先輩の手をぎゅっと掴む。


「私、沙耶先輩にパンツを堪能されるのは嫌じゃありません。ただ、場所をちゃんと考えてほしいだけで。さっきだって、学校の廊下であんなことを言ったから怒っただけですし。それに、風紀委員会を辞めるつもりなんて全くありません! 沙耶先輩の相棒としてまだ何もできてないですから!」

「琴実ちゃん……」

「それに、それに……」


 周りには誰もいないし、今なら……沙耶先輩に言ってしまっていいかもしれない。好きだっていう気持ちを。


「沙耶先輩。私、せ、先輩のことが……」


 急にドキドキしてきて、体が熱くなってきて……好きだってなかなか口にできない。


「私のことが……どうしたの?」

「ふえっ? え、えっと……」


 変な声、出ちゃった。凄く恥ずかしい。

 でも、ここはもう勢いで言ってしまおう。フラれたってかまわない。沙耶先輩のことが好きだって――!


「好きです! 私と付き合ってください!」


 沙耶先輩に想いを伝えようとしたその直前に、私の知らない女の子の声が響き渡っていくのであった。

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