第16話【神父】

 俺は、あの日のことを思い出していた―――。


 俺とパトリシアが教会の前を通ると、神父の前で1人の女性が泣きわめいていた。

 タミーだった。


 25歳になるタミーは未亡人だった。

 夫であるフィリップの不幸以来、タミーは毎日彼の墓に訪れては花を供えていた。


 しかし、それももう5年になっていた。

 タミーは美しい女性だったが、他の男とは話すらしなかった。

 さすがに両親は心配し、それで神父に相談したらしい。


「私にはフィリップしかいないのです! 他の人を愛することなどできません!」


 2人は仲の良い夫婦だった。

 結婚してわずか2年後に悲劇は起こった。

 山でフィリップが足を滑らし、転落死したのだ。


「フィリップが死んだのは私のせいです・・・。あの日、私たちは喧嘩けんかをしていたのです。怒りで判断がにぶったに違いありません。私のせいなんです・・・。」


 なげくタミーを母親がなだめる。


「タミー、あの日のフィリップは上機嫌じょうきげんだったよ。にこにこ顔で家を出て行ったよ。お前のせいなんかじゃないよ・・・。」


「違うわっ! 私のせいよ! フィリップはきっとまだ私を許してくれていないんだわっ!」


 母親の努力も空むなしく、タミーは顔をそむけてまた泣き始めた。


 途方とほうに暮れた母親の肩に、そっと手を置いたのは神父だった。

 神父は落ち着いた表情でタミーに話しかけた。


「タミーは、フィリップを愛していたんだね?」


「・・・そうです、私も一緒に死のうと何度も思いました!」


 神父は優しく話しかけたが、タミーは後ろを向いたままである。


「タミーは、フィリップにひどいことをしたと思っているんだね?」


「はい、きっと私をうらんでいます・・・。」


 タミーはようやく落ち着きを取り戻したらしく、神父のほうに向きなおった。


「フィリップは今でもタミーを見ているかね?」


「ええ、毎日お墓にお参りしていますから、フィリップは必ず見ています。」


「ならば―――。」


 神父はタミーの瞳を見つめ、ゆっくりこう言った。


「愛したタミーが自分を想い続け、今でも苦しんでいる。そんな姿を見たフィリップはどう思うかね?」


「・・・!」


 タミーに動揺が走った。

 神父はタミーの肩に触れながら続けた。


「タミー、お前のしていることは逆にフィリップを苦しめてしまうのだよ。この先もフィリップを苦しめるつもりかい?」


「そんな・・・、ああ、そんな・・・。」


 タミーは頭を振り、苦悩していた。

 良かれと思ってしてきたことが―――。

 タミーの目からまた大粒の涙が流れ出た。


「忘れてあげなさい・・・。感謝をして、そして忘れてあげるのです。それが亡くなった者への最高の供養くようです。お前が苦しむ姿をもう見せてはならないよ? いいね、タミー・・・。」


 タミーは神父の胸に抱きつき、むせび泣いた。

 母親も涙を流しながらタミーに寄り添った。




「ねぇ、私が死んだら忘れてくださいね?」


 帰り道、パトリシアが突然そんなことを言い出したので、俺は思わず笑ってしまった。


「笑うなんてひどいです! 私は本気なのですよ?」


「すまなかった、笑ったことは謝るよ。」


「ふふふふ。」


 ひとしきり笑った後、パトリシアは空を見上げながら言う。


「人は死んでも、空から見てるのです。あなたの辛い姿を見るのは嫌です。」


 いつしか美しい夕焼けが辺りを覆っていた。


 そうだったな、パトリシア。

 忘れていたよ。

 俺はお前のことを想っていたつもりだったが、それは我が儘わがままな考えだった。

 お前がどう思うかなんて、俺は考えていなかったな・・・。




 気が付くと俺のそばでアイリスがへたり込み、大声で泣きわめいている。


「なんでー! なんでー! ルーファスー! なんでルーファスがこんな辛い目に遭わなければならないのー!?」


 俺もこの子の年頃は、まさか自分にこんなことが降りかかるとは思ってもいなかった。

 そうだな・・・こんな時代、終わらせないといけないよな。


「アイリス、お前まで悲しませてしまってすまない。俺はもう大丈夫だ、ありがとう。」


「いやよー! 私の涙が止まらないー!」


 思わず笑ってしまった。

 なぜだかパトリシアに似ている気がする。

 性格も言葉遣いも全く違うが、同じ青い瞳、それに人を癒すところなど、何か同じものを感じるのだ。


「ルーファス、ひどいー!」


 俺は笑いながら立ち上がり、そしてアイリスに手を伸ばした。


「笑って悪かった。さあ、立って。もう、こんなことが起こらないように頑張らなくては。」


 アイリスは、べそをかきながら俺の手を取って立ち上がった。

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