SCHOOL MEAL STRATEGY

タカクテヒロイ

第1話 正しい給食の残し方。

キーンコーンカーンコーン


4時間目の授業終わりを告げるチャイムが鳴り響く。



先ほどまで使っていたノートや教科書、筆記用具を片付け 机にしまいながら ふと考える。


今日の献立、なんだったっけな…


4時間目の授業終わり。 それは俺にとって学校の中で最も苦痛な時間の始まりを意味する。


たいていの奴らは腹の虫を鳴らして待ち構えている。「その時」が来ることを。

だが、俺は違う。俺はこの時間、生き残るために必死で戦わなければならないのだ。


「おい新井、 今日の給食は野菜少な

いみたいだぞ!よかったな!今日こそは昼休憩遊ぼうぜ!」


前の席の菊池が陽気に話しかけてくる。


「あぁ、そう… まあ頑張ってみるわ」


その言葉に少し安堵しながらも 気分が沈んでいたため 少し無愛想な返答になってしまった。


そう、俺の学校における最も苦痛な時間、 それは給食である。


俺は小さい頃から 偏食が酷く、特に緑黄色野菜と呼ばれる類のものはほとんど食べられない。


母に甘やかされていたのも要因の1つだが、 大半は俺の食べず嫌いだった。


何度もチャレンジしようとはしてみたがこれがなかなか克服できない。

身体が、脳が受け付けないんだよな。


給食の献立には必ずと言っていいほどに具材の中に緑黄色野菜があり、俺は毎日それに悩まされているのだ。



毎日みんなが給食を食べ終わって昼休憩に入る中、 俺はずっと自席で野菜たちと戦わなければならない。



とはいえもちろん食べられないので基本的には先生との交渉でどう残すかの問題になってくる。



交渉が上手くいかず 掃除の時間まで取り残され 掃除しに来た 低学年の子に


「あれー?まだ給食 食べてる人いるよ? 遅くなーい?」


と無邪気に俺の心を潰しにかかって来たときは本当にキツかった。


ちょっとみんなこっち向いちゃうから。視線が痛いから。

あ、なんか窓際の女子たちこっち見ながら笑ってる!

マジでやめて、やめてください。


嫌な思い出が出てきてしまった、もう考えないようにしよう。考えることを放棄するんだ。あの小鹿隊長のようにな。


そんなこんなで 本日のメニューが 給食当番によって運ばれてくる。



給食当番じゃない奴らの大半は別のところで 遊んでいるが 今日はなんとなく自分の席で本を読んでいた。


本を閉じながら 今日のマッチング相手に目を向ける。


ふむ… 今日のメニューは ご飯、鶏の唐揚げ、茹で野菜、たまごスープか…

給食なのでもちろんそれらに加えて牛乳も机に並ぶ。



嫌いじゃないんだけどな。

牛乳とご飯って合わないよな…


並べられた品を改めて見て俺は静かに憤る



おいおい菊池、なにが野菜少ないっぽいだよ


たまごスープ。名前だけを聞けば 野菜などなく俺にも食べられるような気もする。

だが実際にはたまごよりもニンジンと玉ねぎが全体のおよそ六割を占めるたまごスープとは名ばかりの野菜スープの他ならない。


そして茹で野菜だ。その名の通り茹でられたキャベツやニンジン達はもはやストレートに俺を殺しにきている。


なんで茹でちゃうんだ そのままにしとけよ 素材の味を生かせよ

まあどっちにしても食えないけど。


あ、ご飯と唐揚げに関してはあえて言及を避けよう。こいつらとはずっと友達でいたい なにがあっても裏切らないぜ。お前らが野菜と手を組まない限りは、な。


こうしてメニューが目の前に並んだ瞬間、俺の戦いは始まるのである。


さて、今日はどうやって乗り切ろうか…



✳︎ ✳︎ ✳︎



「手を合わせましょ

「合わせましたー」

「いただきます」

「いただきます」



いつもの号令と共に給食の時間が始まる。 まず俺は自分の皿に盛られた忌々しい野菜たちをみて心の中で宣告する。


俺の皿に盛られてしまったのか。お前らは食べられることなく残飯として処理されるのさ。それがお前らの運命だ。


なんて下らないことを考えながら 鶏の唐揚げを口に運び、そのあとご飯を食らう。 うんおいしい。


好きなものにはついつい箸が伸びてしまうが、ここで全部食べてしまうのは愚の骨頂だ。


ある程度残しておかなくては 終盤では野菜だけがバトルゾーンにとどまり、一切手をつけられなくなるため 偏食だけどそれなりに頑張って食べてますよ感を出せなくなる。


それは残さず食べようという意思がない、戦う意思がないと主張しているようなものだ。


つまり先生との交渉ではかなり不利な状況に追い込まれてしまうことを意味する。



それともう一つの理由としては嫌いなものとともに食べて中和するためである。


肉のジューシーさで口の中で放たれる野菜の嫌な食感をかき消すのだ。


これは俺にとって最もよく利用し有効な作戦である。


だからこそご飯と唐揚げ、今日の戦友2人を場にとどめておくのだ。



さて、お次はたまごスープだ

人参や玉ねぎの魔の手からたまごたちを救出する。


たまごたちは野菜たちと絡まっていたので分離させるのに少々手こずる。


もう大丈夫だぞ、今度からは野菜共と絡むんじゃないぞ。


俺が救助活動に夢中になっていると、横から声をかけられる。


「あー、新井また野菜のけて食べてる、本当に嫌いなんだねー 美味しいのに」


隣の席の相沢だ。 運動は苦手だが頭が良く 学校の成績も優秀。ついでにまあまあかわいい方の部類に入ると思う。どっちかというと俺も運動よりは勉強の方が得意なのだが、俺とこいつには決定的な違いがある。


それは俺が野菜嫌いでこいつが無類の野菜好きということだ。 それが原因なのかはわからないのだがよく意見が分かれる。



「ほっとけ。俺はいつも野菜をよけて食べることで俊敏性を養っているんだよ」


「いや、そんなんで俊敏性なんか身につくわけないでしょ…」


はーいおっしゃる通りでーす。


「だいたいあれだぞ、イチローや内村航平だって野菜嫌いなんだぞ。ということは俺も将来4000本安打や金メダル取れる逸材だということだぞ」


4000本のヒットを打つために8000回の悔しい思いをしてきた、とか言ってみたいよね。


「なにそれ意味わかんないんだけど。ていうか、あんたのために言っとくけど健康のために野菜は食べた方がいいよ?」


「いやまあそうなんだけどさ…嫌いなものは嫌いって言うか… あ そうだ お前野菜好きなんだろ?食べてくれよ」


これで俺は給食を回避できるしお前は好きなものが食べられる。まさにwin-winだな!


「やだ。先生に見つかると怒られるし。私そんなにたくさん食べられないもん」


「ちぇー…」


まあ確かにこいつ小さいし少食っぽいもんな


一悶着あった後 俺たちは再び自らの食を進める。


まあ俺はそんなに進まないけど。


既に戦いは中盤戦にさしかかっている。

ここまでは予定通りだ。



だがここで俺の目論みは崩壊する。



「あれー? なんだよ新井、唐揚げ残ってんじゃん 俺が食ってやるよ」


菊池だ。



俺の戦友の唐揚げが菊池によって捕食されてしまったのだ。 泣いた。全俺が泣いた。


奴のデススモークによって俺の戦友 唐揚げは無事墓地(胃の中)に送られた。


言葉にならない怒りがこみ上げてきた。


どうして俺の唐揚げを食った?お前は俺の野菜嫌いを知っているだろ?毎日毎日試行錯誤して給食を乗り切っている俺の邪魔をしやがって…!


それにご飯も残っちゃったじゃないか。 野菜しかないこの状況で 残りのご飯をどうやって食えと言うのだ。

お前は米を食ったことがないのか?

もうこの国から出ていけよ。



言葉には出さず心の中で叫ぶ。


そんな思いが奴に伝わるはずもなく


「よーし 食い終わった! じゃあみんなでサッカーしようぜ!」


と何人かの友達と共に 元気に教室を出て行った。


ちなみにあいつとは昔から仲が良い。なんだかんだで放課後はよく一緒に遊ぶし親同士もそれなりに親交があるようだ。



もっとも、俺は給食に昼休憩を奪われるため 学校では遊ぶことないな。友達が少ない俺と違ってあいつは誰とでも仲良いし。


ただ毎回 昼休憩一緒に遊ぼうと声をかけてくれるしあいつなりに気にかけてくれてるんだとは思う。


でもそれなら野菜の方食ってくれよ。

なんで唐揚げ食っちゃったんだよ。


やっぱり許さん。今度あいつの教科書に練り消しを挟んでやる。



✴︎ ✴︎ ✴︎



すでに半分以上が給食を終え、昼休憩に入っている。


戦いは終盤戦に突入だ。



はっきり言って序盤も中盤もただの下準備に過ぎない。 俺の戦いはこの終盤戦に全てかかっているのだ。




この時間帯になるともう残っているのは数名だ。 とは言えその数名は俺のように苦手なものがあるわけでもなく単に食べるのが遅いだけであり、俺1人が取り残されるのももう時間の問題である。




「てか、さっきから全然箸動いてないじゃん どうするの?」


まーた相沢がつっかかってきた。

こいつも食べるの遅いんだよな。


「大丈夫だ、俺には秘策がある」


任せろ、と言わんばかりにドヤ顔で答える。


「いや、秘策ってどうやって残すかの算段でしょ… 嫌なことから逃げるのはよくないぞー」


「うるさいな お前は母ちゃんか。お前も食い終わったんならさっさといけよ」


「はいはい。じゃあ秘策とかよくわかんないけどかんばれー」


それだけ言い残して相沢は食器を片付けにいった。








おっとまずいもうほとんど誰もいないじゃないか。


そろそろ行くか。




俺は席を立ち、ひとまずバトルゾーンから離脱する。



交渉の時間だ。



先生は自分の机でみんなの宿題をチェックしていた。 こちらには気づいているのかわからないが声をかける。



「先生、もう給食食べられないので残していいですか?」


もはやお馴染みのこの定型文はもう毎日のように言っているような気がする。給食というものが始まってからずっとだ。


それをすごく申し訳なさそうに話す。

このスタイルが非常に重要になる。


いつも以上に自分をへりくだり、懇願するように言葉を放つ。


担任の緒方先生は はぁ…と小さなため息をついて答える。


「今日もか。なあ新井、 お前給食完食したことあるのか? 」



すいません先生、これは明日も言うし、明後日も言います。 野菜は毎日出ちゃうからね、仕方ないね。

なんて考えていると 先生は続けた。



「お前は毎日給食を作ってくれている人たちに申し訳ないと思わないのか?メニューも体のことを考えて作ってくれているんだぞ?」


「いやぁ… それはそうなんですけど…」



はい。いつものやついただきました。

毎回のように言われているが、これが正論であるかと言われると正直納得できない。


なぜなら俺たち生徒には選択肢がないからだ。小学校では給食という制度からは逃れることができない。


選択肢が一つしかないのに、それを拒絶することは許されず、それを悪だと断定される。



ジャンケンでグーしか出してはいけないと言われているのに 負けて文句を言われるようなものだ。



どうしても納得できない。



言い返したい気持ちを押し殺して俯いていると、先生は更に続けた。


「アフリカの子供達は食べたくても食べられないんだぞ、そのこともよく考えろ」


「…」


言葉にならない。


これだ。 これに関してはもはや意味がわからない。


アフリカの子供達のこと?この先生はまるで世界規模の問題の一因が俺にあるとでも言いたげな口ぶりだ。

なんなんだよ、ほんとに。


俺が完食したらアフリカの子供達の腹は満たされるとでも言うのか?

そんなトリコで活躍できそうな特殊スキルが備わってるわけないだろ。


仮にアフリカの子供達に食べ物が与えられたとしよう。彼らにも口に合うものと合わないものが必ずある。

その場合彼らは後者を口にするだろうか?

いや口にしたとしてもだ。

満腹になったらさすがに残すだろ。



屁理屈だと思われるかもしれないが、それなら先生の言っていることだって屁理屈である。


俺にはこの先生が教師という立場でそれっぽいことを言って権威を振るうことに依存しているように思えてしまう。


あるいは日常のストレスのはけ口として俺に説教しているのか。


我ながら捻くれてるなぁとも思う。

だが、間違ってるとも思わない。


「まあいい、あとどれくらい残っているのか見せてみろ」


俺は言われた通り、 一度席に戻り皿を持って先生のところに戻る。



「こんくらいです」



「まだ結構残ってるじゃないか。茹で野菜の方はそこのキャベツとブロッコリーだけ食べろ。たまごスープの方はもうスープだけ飲め。 そしたらもう片付けなさい。」


「いや、先生 ブロッコリーは勘弁してください。 キャベツ2つ食べるんで。」


「ダメだ。 一つずつ食べろ」


「…はい。」



いつもならそこをなんとかと頼んでいるところだが、今日の緒方先生は虫の居所が悪いらしく 一切妥協を許さないという面構えだった。



マジかよやべぇ、やべぇよこれ。



交渉に失敗しとりあえず席に戻り先ずは 時間が経ってすっかりぬるくなったスープに取りかかる。


残ってる具材を口に入れないように歯を閉じ液体のみを喉に流し込む。



うえっ。まずい。


間髪入れずにキャベツもあらかじめ残しておいた牛乳とともになんとか 飲み込む。


ふう、牛乳のコーティングがなければ絶対に乗り越えられなかった。

牛さんありがと!


本来なら鶏の唐揚げとともに乗り切るつもりだったんだがな、菊池のせいで厳しい戦いを強いられた。


さあついにラスボスのブロッコリーだ。

こいつだけは本当に無理だ。


この色、フォルム、あのなんとも言えない味。

どれをとっても殺人的だ。

これだけは絶対に食べられない。


こんな窮地に立たされたのは一昨日ピーマンを菊池に無理やり食わされそうになった時以来だ。


あれ?菊池結構ひどくね?

本当に友達?友達だよね?



ちなみにその時は奴の好きなマカロニをあげることでなんとかごまかした。


マカロニってそんな美味いか?



いや、今はそんなことはどうでもいい。

この難敵をどうするかだ。



食えるものなら食ってみろと言わんばかりに皿の中央をぶんどっているブロッコリーを睨みつける。


よっしゃ諦めよ!



ブロッコリーは四天王である トマト、ピーマン、ナス、アスパラガスに匹敵するレベルの実力者だ。


今の俺なんかじゃ到底太刀打ちできない。


もしこいつらの付け合わせなんてでたら俺は死を選ぶぞ。



覚悟を決める。


「ここまで、だな。」



小さく呟く。


俺は最後の手段に入る。 この手段を使うには条件がある。


俺の計算ではその条件はもうそろそろ満たされるはずだ…


カタッ



先生が席を立ち、教室を後にする。


毎日時計が一時を回ったところで先生は一度職員室に戻る。



そして大抵は掃除が終わるまで帰ってこない。

きた。俺はこの時を待っていだんだ。


俺の最後の手段。


それは先生の不在の間に給食室に向かい残飯処理用のポリバケツにこの残った野菜をシューティングすることである。



親切なくらいわかりやすくシンプルな作戦だが、これはかなりの高確率で成功する。



気をつけなければいけないのは道中で先生にエンカウントすることだけだ。


そのため、この5年2組の教室から1番近くの西階段は職員室の前を通ることになるのであえて使わず中央階段を通る。



中央階段は一階の渡り廊下を通らなくてはならないため 一見リスクが高いように見えるが 他のクラスの先生には見つかっても何も言われないため、危険は少ない。


渡り廊下は2階の方でもいいのだが去年一度 見つかってボロクソに怒られたのであんまり通りたくない。


こうして数々のルートを模索したが この中央階段をおりて渡り廊下から給食室に向かうルートが最も安全であることが判明。


まあその代償は大きかったよ、すれ違い様に同級生に笑われたり大量の下級生にシュプレヒコールを食らうこともあった。


学校に行きたくなくなることもあったんだぜ。


それでも俺は戦ってきたんだ。自らの嫌いなものは食べたくない、残したいという気持ちに嘘、偽りは一切ない。


給食を残すことはいけない、嫌いなものは克服していかなければいけない、じゃないと将来 健康に過ごすことができない。


そんな風潮のあるこの世界に絶対に俺は負けない。

これからも給食は残し続けるし嫌いなものは克服しないしなおかつ大人になっても健康的に過ごしてやる。


さあ行こう、給食室へ。



✴︎ ✴︎ ✴︎



まずは教室の前の廊下を見渡す。

先生が出て行ったとしても油断してはいけないのだ。


立ち止まって他の先生や生徒と談笑している可能性があるからな。


仕事に妥協も油断もない男、新井。

まさにプロのなせる「技」だ。

そして一度戻って机の上の3つの皿を重ねて持つ。


「行くか」


俺は残飯を持って悠然と教室を後にする。



一刻も早く目的地に到達したいところだが両手が塞がっているため 速く走ると転倒して残飯を廊下にぶちまけてすげー汚い絵面になってしまう恐れがある。


それを防ぐためあえて小走りに留めておく。


焦るな落ち着け、でも急げ。


このスタイルで俺は今までやってきた。



廊下を進み難なく中央階段まで到達。

階段でも注意を払いながら一段ずつ確実に降りる。


1階に到達。



あとは渡り廊下を通ってまっすぐ進めば念願の給食室だ。


やはりこのルートはいい。

このルートに絞ってからはまだ失敗がない。

ここまでくればもう勝ち確だと思ってしまいがちだが、気を緩めてはいけない。


教室に帰るまでが戦いだ。

そして俺は渡り廊下をつき進む。


何人かの生徒とすれ違うが俺は空になっている皿を1番上にして残飯が見えないようにしている。



特に俺に気を留める奴などいるはずもない。給食室まではもう20mといったところだ。


まだだ、まだ笑うな…


勝ちが確定してるにも関わらず俺は表情を崩さない。

なんというプロフェッショナル。


終わりだ、俺の勝ちだ。



「おー、新井か。悪いがちょっと手伝ってくれるか?」


横の廊下から野生のオガタが飛び出してきた!

俺は戦慄した。



「なん……だと……」


まてまてまておかしいおかしいおかしい。なんでここにいるんだマジでなんでなんだふざけんな死ねや殺すぞ。

冷静でいられるはずもない、俺の計算なら先生は今頃職員室にいるはずだ。


わからない、なぜこんなところにいるのか。



「雨も降ってきたし、5時間目の体育でバスケをしようと思うんだがボールがどれも空気入ってなくてな、空気を入れるのを手伝って欲しいんだ」




そうか、次の時間は体育。小学校はどの教科も同じ先生が担当するからな、この昼休憩の間に準備を進めておくのは何ら不思議ではないだろう。


雨も降ってきている。 もともとの予定だった外でのサッカーはできない。


そして給食室の横の通路はそのまま体育館につながる。そこにいた先生が誰かに手伝ってもらおうと戻ってきたところ、そこにたまたま居合わせたのが俺、というところか。

運悪すぎぃ!


俺が何をしたっていうんだ、なんという不幸。 神は俺を見捨てたのか、こんなにも苦しいのか 生きるということは。



もしほんの少しでも時間がずれていれば遭遇しなかっただろう。


例えばもっと階段をゆっくり降りていれば。

もっとボールに空気が入っていれば。



何を言っても結果論。


勝負の世界はいつだって紙一重。

切り替えろ、今はここをどう乗り切るかだけを考えるんだ。


「そういやお前、給食ちゃんと食べたのか?」



いきなり聞かれたくないことを聞かれたあぁ!


1番上の皿をめくればそこにはラスボスブロコッリーが顔を覗かせるだろう。


もし見られたら俺は終わりだ。

もともと怒ったら怖いと有名の緒方先生。 俺のメンタルを破壊してくるに違いない。


本当に終わってしまうのか、ここで。

それでいいのか?



いいわけないだろ。

この程度で諦めてたまるか。思い出すんだ、今までの道のりを。

何度も失敗を繰り返しながらもようやく安定して給食を残すことができるようになったことを。


ここで終わってしまったら頑張ってきた自分に失礼だ。

考えるんだ、この状況を打破する方法を。


でもどうする?このまま先生を無視して給食室に突っ込むのは無理だ。リスクが高すぎる。


ここは…


「食べましたよ、この食器を片付けたらボールに空気入れるの手伝いますよ!」



これでどうだ、完璧だろ。


俺はそういい残し、給食室へ向かおうとする。

距離はあと5mもない。

俺の目はすでに残飯処理用のポリバケツ

を捉えている。


いける…いけるぞ!



ガシッ。

だが担任の鬼緒方はそれを許さない。


乱暴に肩を掴まれる。




「ちょっと待て、なんかお前の動き怪しいぞ ほんとに食ったのか?」


この時私は、星になることを悟ったのです。


もう終わりだ… あぁ…負けてしまう…

誰か…誰か助けてくれ…

ん?



その時、予想だにしなかったことが起こる。


一機の紙ヒコーキが俺たちの前を通過する。



おそらくすぐ近くの東階段の踊り場から投げたのであろう。

その紙ヒコーキは俺たちのいるところから約10mほど離れたところに滑らかに着陸した。


「おい誰だ!校内で紙ヒコーキ飛ばしてる奴は!」



緒方先生は飛んできた東階段の踊り場の方に向かって怒鳴った。


だが、それを飛ばした人間はすでにそこにはおらず近くにいた生徒たちの会話も止まり、この場を一瞬静寂が支配する。



「ったく誰だよ、帰りの会で言わないとな。」


先生がその紙ヒコーキを拾いに行く。



今だ!ここしかない!!

俺はすでに射程に捉えているポリバケツに向かって走った。


先生の視界から俺が消えた今ならいける! これが最後のチャンスだ!



すかさず下に隠していたラスボスブロコッリーをシュートする。



さよならだ!今度は俺の皿に盛られるなよっ!


俺は残飯にいつも通り別れの挨拶をしながらすぐに食器も近くのカゴに返す。



そしてすぐに元いた場所に戻り、先生に声をかける。




「先生!昼休憩終わっちゃいますよ!早くボールの空気入れ済ませましょう!」



「お、おう…?まあいいか」


俺は先生と共に体育館倉庫に向かう。


いつもより晴れ晴れとした、どこか清々しい表情で。



✴︎ ✴︎ ✴︎







「はい静かにー 帰りの会始めるぞー」



今日は本当に苦しい戦いだった。

でもそれを乗り越えたおかげでバスケでも活躍できたし良い気分だ。


「今日昼休憩に紙ヒコーキを飛ばしてる生徒がいた 校内での紙ヒコーキは禁止だから見つけたらお互い注意するように。」




「じゃあ今日は以上だ、みんな気をつけて帰れよー」


「「「はーい」」」



本当にあの時飛んできた紙ヒコーキに感謝しなきゃな。 誰かは知らんが助かったぜ。



「おい新井!今日鈴木の家でスマブラするんだけどお前も行こうぜ!」



「お、いいね でも連絡帳書いてないから先行っててくれ。」



「おっけー!」


ふ、今日の俺はノッている。


ガノンドロフで無双してやるぜ。



よーしさっさと連絡帳書いてかーえろっと。

本来なら昼休憩に書かなきゃいけない連絡帳を書いていると声をかけられる。


「ねぇねぇ新井、今日給食大丈夫だったの?」


まーた相沢か。


「あ?大丈夫に決まってんだろ。俺は完璧な戦略を練っていたからな、俺に残せない給食なんかないんだよ」



ほんとはマジで危なかったけどな。

でもそのこと知られたくないし強がっておいた。



「ふーん」



相沢がニヤニヤしながら見てくる。



「なんだよ、何か言いたそうだな」


「べっつにー」



「あ、そう。 じゃあ俺は帰るから。また明日な。」



俺はそのまま立ち去ろうとするがまた声をかけられる。


「あっ、そうだ新井」


「なんだよ。まだなにかあんの?」


振り返りながら答える。



「紙ヒコーキってさ、 きれいに作ったら結構飛ぶんだね。」


「何の話だよ。 え?紙ヒコーキ?」


「なんでもなーい また明日ね」


そういい残して相沢は教室を後にする。




え…嘘だろ?




外で小雨が降りしきる中、俺は狐につままれたような表情で呆然と立ち尽くしていた。









ー完ー

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る