※イケメン、誑かす

 襲撃を受けて数日後、俺とマオはレオスさんから招集を掛けられた。それも、マオは仮面を着けるようにという支持付きでだ。

 場所は、十年前に俺がヴァイカリアス家に来た時最初に通された部屋。ということは大事な話なのだろう。

 向かってみると、そこには二十人程度の人がいた。顔を見てみると、誰もヴァイカリアス家に長年仕えてきた者たちばかりだった。家中の者以外に、傘下の貴族たちもいる。マオの仮面は家中の人以外に隠すためと思われた。

 ――俺たちも十年になるけど……

 それにしたってこの面子と比べると新参、下っ端もいいとこだ。


「アルカディア……それとマオか。みな心配するな。二人は若いがセシリアの側近、実力もセバスの折り紙つきだ。」


 レオスさんの低い声がした。


「噂の……フン、見た目に負けてなければよいがの」

「セシリア嬢のお気に入りか……」


 ヒソヒソ声を聞かなかったことにして、俺たちは端っこに座ることにした。

 それからも何人かが入ってきた。数えてみると全員で三十三名になった。予定の時間になり、レオスさんが口を開いた。


「さて、当家がブランケット家の手の者に襲撃を受けたことは既に周知のことと思う」


 俺は血だらけになっていたセバスの姿を思い出した。レオスさんから最も信頼されているセバスがこの場にいないのは、あの時のケガがまだ治りきっていないからだろう。


「これを受け、当家はブランケット家を成敗することに決定した。そしてそのことを王宮へ伝えたのが昨日。今朝、陛下からの返答が届いた」


 空気が少し張り詰め、誰もが次の言葉に意識を集中させた。


「簡単に言うと……ブランケット家を攻めてはならないし援軍など以ての外、とのことだった」

「馬鹿な!」

「何故ですか!!」


 にわかに騒然となった。まあそうだろう。こちらは完全に被害者なのだ。ブランケット家に何らかの制裁を下すのが筋というものだ。

 レオスさんは手でその場を静めて、続けた。


「その理由は、ブランケット家からも同様の要請をされたから、らしい」

「ブランケット家からも?」


 つまり、ヴァイカリアス家が突然攻めてきた、ということだろうか。


「レオス卿が何か命じたのですか」

「ヴァイカリアスの弓矢に誓って、決してそのようなことは有り得ない」


 レオスさんはそう強く言い切った。


「浅ましい策略だ。こうすることで、陛下が当家に味方することを防ごうというのであろう」

「なんと小賢しい……」

「旦那様、それでどうされるのございましょう」


 椅子から立ち上がって、正義の炎に燃える目で周囲を見渡す。


「レオス=ヴァイカリアスの名において、悪敵ブランケット家を成敗する!」


 それは勿論、武力を用いたうえでという意味なのだろう。

 ――大変なことになってきたな。

 大した発言力も持たない俺とマオは、ただ沸き立つ周囲に合わせることしかできなかった。





「どう思う? マオ」


 会議が終わって通常の業務に戻った俺は、マオにそう問いかけた。少し考えて、彼女は答えた。


「難しいことはわからないけど……とりあえずセシリア様に危害がいかないようにしないとね」

「まあそれはそうなんだけど……」


 この世界では戦争という行為がどう認識されているのか、思えば意識したことがなかった。

 魔族という人類共通の敵はいるが、それでも人間同士の戦争がないこともないというのは噂で聞く。特に小国同士でのイザコザはしょっちゅうらしい。

 さすがに三大国同士が争うことはないが、魔族との戦闘に備えて相応の武力は所持している。


「俺がたまたま平和に暮らしてただけなのか……?」


 案外、身近なものなのかもしれない。考えて見れば、俺だって魔法という文字通り悪魔のような力を持っているのだ。武力の行使は前世の世界よりも容易だ。


「まあでもさ、いざとなったらあたしが守るよ。セシリア様もアルも」

「……自分のことも、少しは労われよ?」


 微笑んで、頭を撫でようと手を伸ばしかけた時だった。


「アルカディアさん、マオさん。セバスさんがお呼びでしたよ」


 元気な声が聞こえた。

 声の主はマーガレットという名前の女の子。俺たちより若い、数少ない後輩の一人である。アンテナのように飛び出た髪の毛が揺れている。


「セバスが? 要件は聞いてるか?」

「お二人を呼ぶようにとだけ……それより、ちゃんとさんを付けないと怒られますよ! 」

「バレなきゃいいの。ご苦労様」


 マオを撫でようとした手の方向を変え、マーガレットの頭を撫でてやる。


「ちょっ!? アルカディアさん!?」

「アルでいいって」

「そういうわけには……いやあの! それよりもう仕事に戻らないとなので!」


 ――照れてる照れてる。

 余談だが、彼女も俺に惚れている。別に鈍感でもなんでもないのでそれくらいはわかる。分かってやっている。イケメンだから仕方ない。イケメンだから許される。


「じゃあマーガレット、お仕事がんばってね」

「は、はい! 失礼します!」


 慌しく去っていくマーガレットに手を振って、俺はニコニコ笑った。これぞイケメンの特権である。


「ほどほどにしときなよ?」


 多少呆れの入ったマオの声に、俺はウインクして答えた。


「安心しろよ。お嬢様とお前には手出さないから」


 というより、マオに関しては俺に惚れることがないだろう。出会ったときのこともあるし、俺が容姿を武器にしていることを知っているから。


「まあ、早いところ童貞卒業できるといいね」

「う、うるせえ! 早くセバスの部屋行くぞ!」


 単純に口説くのとそこから先に行くのとではハードルが違うのだ。それにそこまでいくと相手にも失礼だし。おれは紳士なんだ。

 部屋に向かうと、そこにはベッドに横たわるセバスがいた。


「らしくないですね。まるで病人だ」

「年をとったせいか、どうも傷の治りが遅いようです」


 そう感傷的に言われては憎まれ口も叩きにくい。俺は頭を掻いた。


「……それで、何の用でしょうか」

「旦那様から先に話を伺いました。ブランケット家と本格的に衝突するそうですね」

「それで……?」


 セバスはどこか遠くを見つめるようにして、ポツリと呟いた。


「どうにも引っかかります」


 ――なんだ、元気じゃねえか。

 その目には、鋭い光が宿っていた。獲物を狙う野生動物のような、戦場を見渡す軍師のような輝きだ。


「ブランケット家が攻めてくる理由がわからないのです。友好的とまでは言わなくとも、険悪ということはなかった」

「んー。まあ言われてみれば」

「アルカディア、マオ」


 セバスの視線がこちらに向けられた。


「私個人の頼みです。ブランケット家を探ってください。老いぼれの直感ですから、貴方たちくらいにしか頼めません」


 俺はマオと目を見合わせた。いやまあ、答えは決まっているのだが。


「承りました」

「方法はお任せします。ただし、危険な真似はしないでください。それと通常の業務に支障をきたさないこと」

「注文が多いですね……」


 加えて、時間もあまりない。既に軍備を整え始めている。油断していたらあっという間に泥沼になるかもしれない。

 ――今晩にでも取り掛かるか。


「それでは失礼しま……」

「そうだ、最後にもう一つ」

「…………?」

「無理に敬語を使わなくても構いませんよ。不自然です」

「……ああそうかい。安静にしてろよ変態ジジイ」

「言われずとも」


 ――さて、ブランケット家。

 まさか十年前の失態が役に立つ時が来るとは。そう、マオと初めて出会ったあの日。


 まさか忘れてたりしてないよな? ご令嬢。

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