第9話「九州支社」
九州支社で総務を務める佐々木恵が純一の報を知ったのは、都華子たちの生放送を見ていた甥の小林義雄からの緊急連絡だった。
電話では義雄が生放送で知った純一と恭子のこと吉沢のことなどを伝えられ、恵はそれらの内容を必死に頭の中で整理しながら一階のリビングに駆け降りて行く。
「お父さん!!渡辺さんがっ、純一さんがっ」
娘に声を掛けられる前から既に神妙な顔つきの父親。
「ああ、私も先ほど聞いた。本社の会長直々にな」
彼は今と比べて社員数も僅だったアドレスの創業直後から若手ながら白井源三と共に会社を大きくしてきた人物であり、会長からの信頼も実に厚かった。
「どうして……どうして、純一さんが警察に……、それにあの子なんて純一さんのことを本当の家族のように思っているのが一目瞭然だったのに、誘拐容疑なんてでっちあげられて……」
「恵も知っているんだな。吉沢からの要請での強引な逮捕なのは恐らく間違いないだろう。……いや、奴等の目的は逮捕そのものじゃない。我が社を動かして渡辺係長の解雇することだろう」
つまり純一から恭子を切り離すには彼の生活基盤を崩壊させることが有効だということ。
父親の言葉に目をハッと開く恵。
「……ウチの会社は吉沢グループとは関係ないじゃないっ」
「元々は……な。だが我が社も会社を大きくするにあたっての融資で銀行から何人もの出向を抱えている身なのは総務をやっているお前ならわかるだろう。本社地区の地方銀行なんてほとんど吉沢の言いなりなんだ」
「なんでっ、なんでっ、どうしてっ!!じゃあどうやっても純一さんは会社をクビになっちゃうの!」
「このままでは……な。先ほどの会長からの電話では本社の浅野専務が緊急の役員会を開くために召集しているらしい。たかだか一社員の解雇でわざわざ役員連中を休日に呼びつけて即決させようだなんて、どう考えても邪魔立てを嫌っているにしか思えん」
「……お父さん、お父さん、お願い……純一さんを助けてあげてくださいっ」
恵は大粒の涙を目尻にためながら父親に頭を下げる。
「……私は専務だなんて大層な役につけられているが、今になって考えてみると九州支社を救ってくれたひとりの社員も救えない程無力ということを思い知らされている」
ソファーに座る父親は両手で額を覆い深く溜息をつく。
「そうだ……私は無力だ。私自身は無力だが、しかし私にはお前という娘がいるんだ」
すると、彼は逆に娘へスッと縦に首を傾けていた。
「えっ?……お父さん」
「アレは私が初めて自分の娘を嫁にやっても良いと思った男だ。奴を救ってやってくれ。私には不可能でもお前になら僅かながらにもその可能性があるかも知れん」
テーブル越しに身を乗り出す恵。
「教えてください!純一さんを助けてあげられる方法をっ!!」
「お前は九州支社の総務で末端の社員まで連絡先を調べられるだろう。それに私が言うのもなんだが、お前は本当に多くの社員から親しまれている。同様に奴も短期間でありながら九州支社の多くの社員からの信頼を得ていたのだ。だから本社で臨時役員会が開かれて奴の解雇が決議されるまでにそれに反対する一人でも多くの署名を集めるんだ!」
「―――わかりましたっ!私やりますっ!時間は?猶予の時間はどれくらいなのっ
?」
「楽観的にみても3~4時間が限界だろう。こちらで奴が配属されていた部署の主任と副主任が既に動いている。彼女たちと協力すればなんとか―――」
父親が最後まで言い終える前に、佐々木恵は自分がすべきことをするために走り出していた。
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