第24話「遠く離れて気づいたコト」
九州支社の現場の立て直しは順調だった。
自分にメインの仕事が与えられないのは変わりないが、真希先輩と色々あったあの夜の出来事の後で俺は平野ともサシで飲みに行った。
どんなに言葉を選んだとて、俺が平野に先輩を托すのは道理じゃない。余計なお世話にも程があるだろう。
でも、俺にとっても嘗ての想い人だったんだ。
もう二度と泣いて欲しくないんだ。幸せになってもらいたかったから。
『もしあの人を再び不幸にするようなことがあったら俺は腹を切ります。その時は渡辺さんが俺の首を介錯してください』
俺の気持ちを受け止めてくれたことは本当に涙が出るほど嬉しかったが、この武士は再々腹を切りたがる。しかも俺に首を落とせって、刀なんて触ったこともねえよ。
その後は土下座されて今までの仕事上で俺を外したことの非礼を詫びられた。今後は指揮をとって欲しいとも言われたが、俺とて先輩と平野を信じている。他の部下たちも二人を慕って奮起しているんだ、今更俺がしゃしゃり出たら小柳ちゃんあたりに『アタイそんなの間違ってると思います!』って言われるに違いない。
と言うわけで業務に関しては結局今まで通りなんだが、平野が片意地張らなくなったおかげで堂々と皆へサポートできるようになったんだ。
「はぁ……」
だから、今現在俺が職場のデスクで深いため息をついているのは仕事に関してのことではない。
嘗ての想い人が武士に取られたからでも……全くないわけではないが概ね、異なる理由だ。
「渡辺係長、溜息なんてついてどうしたんですか?」
平野バリアが消滅したおかげで小柳ちゃんが結構頻繁に声を掛けてくれる。
「ああ……んーとな、そのな、メッセージが送れねえんだよ。今あいつスマホ使えねえから」
小柳ちゃんは人差し指を首の下に当てて『んー』と考え込んだ。
「ひょっとしてあっちに残してきた彼女さんとかですか?スマホ壊れちゃって恋人と連絡取れないとか確かに寂しいですよねっ」
ん?カノジョ?彼女?恋人?……あー、あ?……あー。
「んー、そんな感じだ。もうそれでいいや。いいやさ」
「いいやさってなんですか。なんか投げやりですよ」
いいよ、もういいよ。だって好きだから仕方ねえじゃん!馬鹿。
真紀先輩に求婚されたあの夜から、俺は今まで妹のように姪っ子のように思っていた16歳の女子高生のことが頭から離れられなくなっていた。
それでも自分の気持ちに気づかないように無理やり邪念を払っていたら、今度は夢に師匠が出て来て『うわっ、ダセェ』って言われたから、ちゃんと自分の気持ちに向き合うようになったんだ。
そんでクール便で送られてきた手作りの冷凍のおかずを食べているうちにもう誤魔化せないところまで行きついてしまった。
俺は間違いなく恭子のことを一人の女として意識している。
ちきしょう、会いたい。
いや、せめてメッセージのやり取りをしたい!夜の電話タイムまでは待てないっ!
姫ちゃんよ、どうして恭子のスマホを返してあげないんだっ!!!
「はふぅ……」
「渡辺係長深刻そうですね。こっちにいる間だけでも私が代わりになってあげましょうか?代理恋人みたいな」
「いやいい」
俺は即答した。
小柳ちゃんもかなりのイイ女だけれど、あいつの代わりは無理だ。そんなのこの世存在するわけがねえ。
それに好きな人の代わりだなんて、そんなのアタイ間違ってると思います!!
「うわぁ、渡辺係長って意外と身持ち堅いんですね」
「意外って何だよ。俺は逆に小柳ちゃんの自由な恋愛観にビックリだよ。もっと正義にアツい女性だと思ってた」
「いやいや、愛は奪い合いですよ。一度に一人の人しか愛したらいけないだなんて誰かが勝手に作ったルールですからねっ」
「ほう……今度、小柳ちゃんが本社に転勤することがあれば直樹って奴を紹介してやるよ。気が合うと思うよ、多分な」
俺はそう言ってもう一度深いため息をつきながら重い腰を上げて席を立った。
「あれ?渡辺係長、どっか行くんですか?」
「ああ、平野に頼まれたことを営業の奴らにドン突きかましに行くついでに早めの昼飯でもくってくるよ」
「あんまりやり過ぎちゃだめですよ。ただでさえ他部署の人たちには鬼の渡辺だなんて呼ばれているんですから」
俺は何も言ってない。奴らが勝手に怯えているだけなんだ。
第二営業部でドン突きかまし終えた俺が会社の食堂で恭子の手料理に比べたら月とミドリガメくらいの差がある定食を食っていると、それこそ鬼の名を冠するにふさわしい佐々木常務の娘のほうが慌ててこちらへやってきた。
「渡辺さんっ!渡辺さ~ん!!」
いや、大声で俺のことを呼ぶなって。他の奴等がガン見してんじゃん。こんなのまた佐々木常務の耳に入って勘違いでもされたら、今度こそ俺は殺されちまうぜ。
「落ち着いてってば、佐々木さん。一体どうしたよ?」
ふんがー、と言わんばかりに興奮している佐々木さんは捲し立てるように俺に話しかけてきた。
「渡辺さんって実はネットで凄い有名な踊り手さんだったんですね!!たまたま甥っ子が勧める動画を見ちゃってビックリしました!!」
えっ?
「50万再生とかもうビックリですよっ!!」
あれ、俺の黒歴史ですやん……
それに50万再生って俺が九州に出張してきた時の佐々木さんが手配してくれた小会議室で踊った恭子へのプレゼントのヤツだきっと。
「それでですね、それでですねっ!その私の甥っ子が今、学校のダンスチームの中で全然上手く踊れないみたいで、すっごい悩んでて、それで私が渡辺さんの知り合いって言ったら、是非合わせて欲しいって、踊りを教えて欲しいって言ってて―――」
待て待て待て待て待て、色々ちょっと待て!
「モチロン私は言ってやりましたよ、任せとけってね!なんせ私は渡辺さんの本妻ですからねって、言ってやりましたよーーーーー!!」
知り合いから本妻に変わってるーーー!!!
周りの奴らも一斉にこっちの方へ振り向いてるじゃん!
しかも、おい、何人かスマホ取り出してピコピコしてるし!!変な噂が立っちまう!ってそうじゃない!
踊りって……
「いや、待ってくれ、俺踊りなんて―――」
「今度の土曜日の9:30に渡辺さんのアパートの近くの公園でお願いしますね!甥っ子のヨシオもめっちゃ期待してますんでっ!―――あっ、そういやお父さん、じゃなかった佐々木常務に呼ばれてたの忘れてましたっ!」
そう言うと彼女は……
「土曜日の九時半、絶対に忘れないでくださいねーーーーー!!」
そう叫びながら猛ダッシュで食堂から出て行った。
俺の予定もクソも関係ねえよかよ。
それに、俺……踊りなんてへったくそなハピバルくらいしか踊れねえし。
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