第8話「不退転の決意」


 恭ちゃんから気軽に接してもらえるような女性を演じて見せる。


 そう決意してからは行動が早かった。



「NON、まだ堅苦しい」


 人差し指をスライドさせてダメ出しする直樹にイラっときたが、背に腹は代えられないのでグッとこらえる。


 でも、やっぱり気取っている風がなんか腹立つ。演技指導者っぽくしているつもりなんだろうか。


「どこがいけないのかしら」


「俺と話している感じのほうがまだマシだな。っていうか、今はようやく打ち解けてきたけど出会った頃の姫ネェは俺とも敬語だったし、基本的にやっぱり堅苦しいんだよ」


「どうすればいいの」


「んー、やっぱりエロスが足りないよな。如何にもな処女っぽさがプンプンしてナンパするにも面倒臭そうなんだよ姫ネェは」


 むぅ。


 バージンはダメダメらしい。


「そういや、この前に俺が渡した漫画ちゃんと読んでくれた?」


 それは勿論。


 短期間で色々とマスターするために、寝る間を惜しんで全16巻を3回ほど読破してやった。


「あのサブヒロインのビッチで遊び人っぽい感じがちょうど良いと思うんだよ。気軽に手を出せて後腐れもない感じが特にね」


 確かに常にはっちゃけていて決して自分から壁を作らず、初対面でありながらも魅惑的な言動で相手の心を急激に掴み取る姿は学ぶべき点が多い。


 そのビッチとかいうキャラクターが女教師だというところも今の私にはピッタリなのかもしれない。


「後は食事形態かな。いつもみたいな料理ばっか食べてるけど、いざ恭子ちゃんやナベさんをどこかの店に誘うとき、高級フレンチとか連れて行ったらドン引きされる可能性が高いからなぁ」


 それについてはちゃんと努力をしている、つもり。


「一応は、ここのところコンビニのお弁当を買うようにしているわ。まだ完食できるまでには至ってないのだけれど」


「ククッ……姫ネェが、コッ、コンビニ弁当っ」


 笑いを堪えているのか、腕で顔を隠している直樹に馬鹿にされていそうで余計にイライラが募る。


「笑いたければ、笑っていなさい」


 私は後には引かない、後悔はしたくない。


「悪い、悪かった姫ネェ」


 そう言うと、直樹は自分の頬を両手でパシンと叩き、凛々しい顔つきをする。


「じゃあ、とりあえず男性を誘う魅惑の言動を練習しよう」


 台詞は頭に入っている。問題はそれをちゃんと言えるかどうか。


「……ねえ、あなたー。ちょっとあたしとあそばなーい?」


 よし、噛まずに言えた。


 結構、上出来なのかもしれない―――はずなのに、真顔のままの直樹は表情ひとつ変わっていなかった。


「うん。姫ネェにビッチな演技は無理だ。エロいトークとか職場の愚痴とか、話題作りに専念しよう」


 ダメ出しのあげく、不可能とまで言われてしまった。


 更には、『そもそも姫ネェは話題のボギャブラリーが少なすぎる』と、昨今の若手OLの好む盛り上がる話を研究して来いとまで言われた。



 大丈夫。


 きっと、頑張れば大丈夫。



 夏休みが来るまでには恭ちゃんに面白くて頼もしい先生って思ってもらえるようになってみせるから。


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