第4話「沸き起こる不信感」
「あの……吉沢先生、今度の三者面談を保護者無しでお願いしたいのですが」
職員室に訪れた神海さんは、唐突にもそう述べた。
彼女から発せられたその言葉には色々な事情や理由が存在するのであろうが、私はそれをどうしても悪い方へ悪い方へとってしまう。
『あ?面談?アホか、んなもん行くわけねえだろうが』
純一だか純二だか知らないが、あのナンチャッテ保護者がそう言ったのかも知れない。
いや、そうやって相談できる環境ならまだマシだ。
植松の家でのように、保護者に対して何も言えないのかも知れない。
もしそうであれば……そうだとしたら……
「あの、神海さん。保護者の方が行けないって言ったのかしら?なんなら、私の方から一報入れておきましょうか?」
私は半ば探るつもりでそう言っただけだった。
それなのに、普段は大人しいこの子が見たことも無いくらいに取り乱す。
「よっ、吉沢先生!おじさんには言わないでください!!お願いします!大丈夫ですから、大丈夫ですからっ」
私の何気ない一言が彼女に苦痛の表情をさせた。態度を歪ませた。
それがどうしようもなく私の心へ氷の刃のように突き刺ささったが故に、
「神海さん、神海さん。解りました、面談のことに関しましては全てあなたにお任せいたします。私からは何もしませんから」
つい、認めてしまった。
彼女は深く一礼をして職員室から出ていく。
一体何が大丈夫だというのだ。何も大丈夫じゃないから、そんな顔をしたのでしょう?そんなにも取り乱したのでしょう?
あのエセ保護者野郎が自分の私的な時間を恭ちゃんに割くことを拒否したのか、そもそも相談すら出来ていないのかはわからない。
ただ可能性として濃厚なのは、私が直接電話することで恭ちゃんが現保護者から不興を買ってしまうと恐れたのではないかという一点。
もし、不興を買えば自分の居場所がなくなる。
もし、不興を買えば植松の家に戻される。
もし、不興を買えばまた虐待されるのではなかろうか。
恭ちゃんにとって『地獄からようやく抜け出した先にあったのは、ただの魔境でした』というオチなのだとしたら、それはなんとも救いのない話ではないか。
私の心が真っ黒になっていく。
その時に現保護者である彼に抱いた不信感はある種の殺意に近かったかもしれない。
「―――センセェ!ねぇっ、吉沢センセイってば!!」
神海さんが退出してから10分は経過していただろうか、邪念と疑念に脳内を錯綜させていた私が我に返ったのは、同じく職員室に訪れた相葉さんの呼び声によってだった。
「えっ?ええ。どうしました?相葉さん」
「どうしたのじゃないよぉ。センセェがクラスの提出物を集めて持ってこいって言ったんじゃん。教室にキョウを待たせてんだから早く受け取ってよ」
「ああ、そうだったわね。ありがとうございました、相葉さん」
「お礼は形あるものでー、具体的に言うと内申点とか?てへ。……って、センセ―こそ”どうしました”だよ?すっごい眉間に皺、寄せてるし。またタカフミ辺りがヤンチャった?」
私と神海さんがこんなにも深い悩みに苦しんでいるのに、この子がこんなにも軽いノリで問いかけてくるものだから、私はつい口を滑らせてしまう。
「神海さんは三者面談のこと、もしかして保護者の方には言えないのかしら?」
「んー……あー、オジサマかー。まぁ、キョウ的にはちょっと言えないかもだねー。ま、どうせ今日タダ飯を食べ行くし、私からそれとなくオジサマに伝えとくよっ!それじゃーね、センセッ」
小走りで出ていく相葉さんの後姿を眺めて私の疑念は更に深みを増す。
今の保護者は植松より更に悪辣なのかもしれない。友達や同僚には良い顔をして、擬態をつくって、恭ちゃん本人には酷い扱いをしているのではないか。
幸せな家庭環境という、ぬるま湯で育った相葉さんにはそれを見抜けないのだろう。
恭ちゃんのあの取り乱しようからすると、本来なら相葉さんを呼び止めて、保護者へ連絡するのを阻止するのがあの子のためなのかもしれないが、私は歯を食いしばってそれを見過ごした。
それは現状、今の保護者がなんらかのアクションを起こさなければ、私は何も行動出来ないからだ。
私は恭ちゃんの保護者にはなれないが、場合によっては渡辺純一と刺し違えるくらいの覚悟はある。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます