第6話「クリスマス特別餅つきパーティー①全体像」


「フォイ!」


「よいちょっ」


 みっちゃん、今若干噛んだな。

 

 餅つき合戦の大事な第1陣は杵を安武が持ち、本日予定があるにも関わらず無理やり連れてこられたみっちゃんが餅をこねるという変則的なバッテリーたっだ。



 クリスマスに餅つきをやるという話だったが、その日は月曜日だったので一日前倒しで開催された。つまり今日はクリスマス・イヴだ。


 参加者は学校サイドで姫ちゃん、みっちゃん、その他生徒多数。俺の会社サイドでは俺と安武そして夏海といった面子。ちなみに直樹も誘ってやったのだが、キッパリと断られた。


 まあ、今日がイヴなのでどうせ彼女か何番目かの恋人あたりとアレコレ忙しいんだろうなと思っていたんだけど『彼女?ああ、別れましたよ。その日はちょっと片付けておきたい仕事もありますんで』とか仰るここのところ反抗期なあいつ。


 上司である俺の指示もない仕事とか勝手なことするんじゃねえよ!って言いたかったが、妙に真剣な顔をした奴に言える雰囲気じゃなく……『そうか、頑張れ』としか言葉が出なかった。


 まあそんな感じで、屋上に大勢詰めかけた賑わいのある場であっても、俺だけはちょっと屋上の隅でナイーヴになりつつ遠巻きに餅つきの様子をながめているのさ。



「ねえアナタ。私もやってみたいのですが、ちょっと代わって下さらないかしら?」


「あ、ハイっす」


 お、初めて見る餅つきに興味深々だった姫ちゃんがとうとう安武に声を掛けた。


「ええと、杵の持ち方はこれで良いのでしょうか……?」


「ちょッ姫紀センパイ!お餅つくの初めてですよねッ!?右利きなのに左手が上にあるとか絶対オカシイですからッ!!こねる私の手をついちゃいますよッ絶対!!」


 必死に止めてもらうように懇願するみっちゃん。


「むぅ……野々村先生、生命保険はいってらっしゃる?」


「えっ……それは入ってます……け―――」


 みっちゃんがそう答えかけた瞬間―――


「じゃあ、結果オーライですよ♪」


 未だ臼の中にみっちゃんの手があるにも関わらず、杵を振り上げた時の重みに耐えかねた姫ちゃんがドスンと振り下ろした。


「ヒィィィィィィィィィ!!」


 間一髪のところで手を引き抜いたみっちゃんだったが、顔は既に真っ青だ。


「あぶ、あぶッ……危なかったですって、今!!掛け声も無しにとかありえませんからッ!!そもそも結果オーライって!!私の右手の未来は生命保険なんかじゃ―――――」


「大丈夫ですよ、なんとなくコツは掴みましたので」


 そして何の躊躇もなく振り下ろされた第2撃はあきらかにみっちゃんの手を狙ってたようにしかみえなかった。


「ヒィィィィィィィィィイィィィィィィィ!!!!!!」


 まったくもって楽しそうな光景だな。



 ふと、顔を横に向けるとそちらの方には一生懸命もち米を焚いている恭子の姿が見える。デカいドラム缶をぶった切って作ったような簡易釜戸のなかで、薪を使い火を起こす。そこで焚いた湯が入っている鍋の上に置いた蒸し器でもち米を焚いているのだ。


 なんとも本格的だった。本当に何でもあるな……ここの屋上。


「次の1升5合いっしょうごんごうのお米、もうすぐ炊き上がります!!」


 蒸し器の蓋をあけ、焚かれているもち米に箸を入れ出来具合を確認していた恭子がワイワイガヤガヤと賑わう屋上で他の人へ聞こえるように普段聞きなれない大声をあげている。


 すると、このままじゃ餅をつくスピードが間に合わず埒があかないと悟ったのか、それともただ飽きたのか、はたまたもう満足しただけなのか、姫ちゃんは杵を安武に返却していた。


 みっちゃんは自分の右手の危機にガチギレしながら立ち去ってしまった為、既にもうこの場に居ない。



 選手交代しまして、第2陣は安武×ヒトミちゃん。


「セイッ!」


「よいしょっ」


「ホイッ!」


「こらしょっ」


 早い早い!みるみるうちにつきあがる。ヒトミちゃんの手際のよいこね具合もさることながら、安武なんぞ彼女の女子高生離れしたおっぱいに目線を固定しているにも関わらず寸分違わぬ正確さで杵を振り下ろしていた。


 そして、ヒトミちゃんが臼のなかに入っている少しちぎった餅を口に入れ、「もういいんじゃないかな?」と一発目の完成を示唆する。


「どう?お兄さん、イケるっしょ?」


 ヒトミちゃんはもうひとちぎり餅を摘まんで、その指を安武の口へ持っていった。


「え?あ、はいッ!!―――も、も、も、もう大丈夫だと……思うッス」


 ヒトミちゃんにあーんをされた安武は真っ赤になって同意する。男子校で育った彼はそういうのに慣れていないのだろう。というか、摘まんだ小さな餅を咥えるにはどう足掻いても安武の唇がヒトミちゃん指に触れてしまうじゃねえか。結構な試練だなこれは。


 結果、安武はヒトミちゃんに終始敬語だった。相変わらず視線はおっぱいにくぎ付けだったが。



「よっしゃ、ほな女性陣!!出来た餅を丸めるでー!!」


 夏海は音頭をとると、他の女子高生を集めて出来上がった餅を加工しはじめる。


 正月用に持ち帰る鏡餅をはじめ、餡子を中にいれたり、きな粉をまぶしたり、柏の葉で包んだりと女子連中はまるでお菓子作り感覚のように楽しんでいた。



 まあ、みんな楽しそうでなによりだ。俺は眺めているだけで全くもって何もしてないがな。



 ちなみに恭子警備員の隆文くんとかいう子が若干鬱陶しい。他の男子が不用意に恭子へ近づかないよう必死でディフェンスしているみたいなんだけど、動きが俊敏すぎて視界に入ると目がチカチカするんだわ。



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