第42話 地下八階(4)吸血鬼と眷属

「もうしにたい……ルーテ助けて……」


 ダンジョンの通路を歩く一行。

 黒騎士が項垂れながら、PTの最後尾をとぼとぼついてくる。まるでゾンビだ。


「悪かったってば。ハーさん、生きる気力取り戻してくれよ」


 百歩譲って魔王が悪い案件だ。

 おめかしに時間がかかり、部屋から出てこないラシーカを、外におびき出すため、魔王は黒騎士に、乙女ゲーの男性キャラ的な台詞を次々と言わせたのだ。

 ゲームならともかく、リアルな男が口にするには、あまりにも恥ずかしすぎる台詞の連発で、あっさりラシーカは釣れたものの、黒騎士当人のSAN値がすっかり削られてしまい、現在の有様である。


「黒騎士卿は最早使いものにならん。お嬢さんたち四人が頼りじゃよ」


 ヒウチは女性陣を激励した。

 実際、黒騎士以外のメンツといえば、お荷物の魔王と、鍵開け猫、そして自分である。階層も深くなり、手持ちの魔導武器の威力が心許なくなっている。

 魔力を持つ種族なら、武器の性能に威力を上積みすることも可能だが、生憎ヒウチはドワーフ。あまり魔法は得意ではなく、人間のラミハとどっこいだ。

 本当の意味で、最後の頼みは竜神、ということになりそうだ。




「うっわ……こりゃひどいな」


 角を曲がったところで、先頭のウリブが口元を覆った。――異臭がひどい。

 七階のように、大量の魔物の死骸が山積みになっていたのだ。

 元からいたもの、新種ともに食い合った様子が覗える。


「図面が確かなら近くに階段はない。きっと穴が開いてるのかもしれないよ、姉様」


 ランタンをかざしながら、顔をしかめるサリブ。

 手元の消えかかったダンジョンマップを必死に読み取ろうとしている。


「油断するなよ。死骸の中から敵が出てくるかもしれねえ」

「アキラにしては、まともなこと言ってる」

「ひでえな、ラパナちゃんよ。いかにも出てきそうじゃねえかよ」

「そうだな」

「ここを通らないと階段に行かれないのか?」


 後方を警戒しながら黒騎士が訊ねた。


「かなり遠回りになりそうです、閣下。どうしますか?」

「ふむ……」

「通れればいいのかしら?」

「ひいッ、ラ、ラシーカ」


 黒騎士は反射的に武器を構えてしまった。


「なによ、ずいぶんな嫌われようねえ。……とにかく、急いでるんでしょう? だったらこのまま行くわよ」


 彼女がパチンと指を鳴らすと、何処ともなく大量のコウモリが集まってきた。


「さあ、押し流してしまいなさい!」


 まるでオーケストラの指揮でもするように、手をひらひらとさせると、コウモリの大群は密度を上げて、通路の上・下・左右の四面をスキャンするように壁面を流れていった。

 黒い波が遠ざかっていくと、通路を塞いでいた死骸ゴミが一気に消え、ダンジョンはあっという間に美しく清掃された。


「いかがかしら?」


 吸血鬼はドヤ顔で皆に言った。


「み、見事だ、ラシーカ」


 しばらく呆気にとられていた魔王が彼女を賛美した。

 だが、チラと黒騎士を伺って一瞬暗い表情になったのを、魔王は見逃さなかった。

 可愛そうな独身吸血鬼を慰め、新婚早々面倒事に巻き込んだ退役軍人を立ち直らせる余裕は、今の自分にはなさそうだと魔王は感じた。



 五十㍍ほども進んだろうか。

 床と壁がハデに食い荒らされている場所に出た。

 タコが沸いていた穴のように溶かして出来たものではなく、なにかがバリバリと石壁を囓って出来たように見えた。


「違う新種でもいるようですな……陛下」


 削り取られた石の側面を調べていたヒウチが低い声で言った。


『マスター、怖いニャン……』

「よしよし、お前はワシのカバンの中に入っておいで」


 鍵開け猫のミミをやさしく抱き上げると、ヒウチはバックパックの中にミミを潜り込ませた。

 ミミはバックパックの蓋の脇からちょこんと顔を出すと、にゃあ、と一声鳴いた。


「ここは私に任せて。さあ、行きなさいお前たち」


 ラシーカが眷属のコウモリを集めて、穴の中へと送り込んだ。


「なるほど、斥候か」


 黒騎士が感心した様子で呟いた。

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