第42話 キーホルダー

「眠い…」

 彼女は疲れている…。

 仕事もそうだが…ストーカーに付きまとわれている日常にも…。

 ストーカーの自宅がある近くのコンビニに敢えて入る…。

 きっと…会ってもいいと思っているのだ。

 僕と一緒に居る時ならば…むしろ出会わせたいのかもしれない…。


 20年前の僕なら、それもいい…少し血を抜いてやればいいだけ…。


 今の僕ならどうするかな…。


「コレ」

 と言ってキーホルダーを僕に差し出す。

 10cmくらいの猫のキーホルダー。

 ブラウンの猫、ピンクと黒のまだらもよう、目は大きくラメが入っている。

「アタシみたい?」

「自分のイメージかい?」

「うん…だから、車に置いておいて」

 僕の車には、猫のぬいぐるみが、いくつか置いてある。

 そこに一緒にいたいのだろう…自分も…。


 彼女の実家に着くと、ちょっと待っててと言われた。


 しばらく待っていると、再び車に戻ってきて、また近くのコンビニに行けと言う。

 実家の冷蔵庫から食べ物を持ってきたのだ。

 彼女曰く、残っていた食べ物だそうだ…。

 彼女は、食べ物を捨てられることを嫌がる。

 残すとかいう行為を嫌がる。

 でも自分では、あまり食べない。

 自分も食べたいのだが…食べれないから他人が食べるところを見たがる。

 いまだに、よく解らない心理だ。


 よく冷えたバナナ2本、みたらし団子1本、小さなコロッケ1個。

 コンビニで食べさせられる。


「ゴミ捨ててくる」

「いいよ、帰りに僕が捨てるから」

「そう…捨てたらメールしてね」

「うん…」

 捨てるというのも確認したがるのだ…。


 きっと、ある種の精神症…なにか不安が襲うのだろうと思う。


 彼女を抱きしめることは叶わなかった…。

 できれば、きつく抱きしめたかった…。

 空が明るくなって人目もある、幾度か軽く唇を重ねて、別れた。

「次に逢うときね…次って言ってくれて良かった…」

 彼女は、そんなことを言っていた。


 明るくなった車中で揺れるキーホルダーを眺める。


 猫だと言っていたが…見れば見るほど猫に見えない…。

 どちらかと言えば…犬だろう…。


 彼女は1日だけ実家で過ごして、1日から仕事に行く…。

 休むと不安なんだろう。


 僕は、抱きしめる代わりに、幾度か頭を撫でた。

「桜雪ちゃんの前では、甘えさせてよ…」

 彼女は、僕の腕に頬を寄せる。


 僕は…僕だけは、彼女を風俗嬢として扱わない。

 心病んだ…ただの女の子。


 僕の…愛おしい…少し変わった女の子。


 触れた唇は冷たくて…。

 心病んだ僕は…彼女と寄り添い生きていきたい…。

 もしも…言うことを聞いてくれるなら…僕は…僕の側で微笑んでいてください…。


 揺れる、キーホルダーを指で、そっと撫でた…。

 朝日に照らされたキーホルダー…きっと僕の大切な…とても大切な彼女のいるべき場所で…微笑んでください。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る