Teenager's High〔take1〕
岩井喬
第1話
銃声が聞こえる。
遠く、近く、ぼんやりと。
俺の視界を、時折閃光がよぎる。
そうか。今は作戦中だった。沿岸部のコンテナ収蔵用大型倉庫。殲滅目標は、オランダ経由のコカイン密売グループと受け取り手の暴力団。
そこまで復習してから、俺、佐山潤一は、今の自分のコンディションを確認した。
腕はついてる。足も無事だ。内臓にも異常はないようだし、掠り傷一つ負っていない。頭を上げると、無防備に投げ出された自分の足と、その先のコンバットブーツが目に入った。俺はコンテナに寄りかかるようにして、ぺたりと座り込んでいる。
その時、頭にかけたヘッドセットから怒声が響き渡ってきた。
《おい、警護の連中、情報より多いぞ! 押し込まれたらお仕舞いだ、潤一は何してやがる!》
「待て、憲明!」
低く響きの鋭い男の声と、すぐそばから聞こえた女の声。その合間を縫うように続く銃声。すると、霞のかかったような視界に、一人の少女の姿が入ってきた。
「おい、佐山! 佐山!!」
荒っぽい男口調でその少女――葉月は俺の頬をピシャリと叩いた。
「は……づき……?」
俺はようやく、曖昧な返事を喉から絞り出した。
「お前の出番だ、拳銃は?」
「……ん……」
微かに首を傾けると、二丁の銀色の拳銃が、俺の手元に転がっていた。握ろうと手を伸ばす。しかし、感覚があやふやで取ることができない。
《葉月! 葉月! やつらの得物は徹甲弾だ、コンテナ抜かれるぞ!》
直後、ピアニストが鍵盤を叩くが如く、銃弾が列をなして床を抉っていった。
銃痕、そして粉塵。
「今佐山を起こしてる! 持ちこたえろ!」
俺の肩を揺さぶりながら叫び返す葉月。
「脳震盪だな……」
脳震盪だって? ああ、そういえばさっき、落ちてきた何かの部品が頭に当たったような……。そこで気を失ったらしい。
「仕方ない。頼むぞ、佐山!」
そう言うと、葉月は手持ちの自動小銃の台尻で俺の左即頭部を軽く打ちつけた。
視界がぐらつき、右側へと倒れこむ。
しかし次の瞬間、俺はようやく『目が醒めた』。
今まで視界にかかっていた靄が、一気に晴れ渡る。
そうだ、寝てる場合じゃない。俺は膝を立て、すぐに立ち上がれるようにした。
「葉月、状況は?」
俺の豹変ぶりに驚いたのか、葉月は僅かに身を引いた。だがすぐに俺と額をつき合わあせるようにして、語りかけてくる。
「敵は十五、六人で、重火器を持ってる奴もいる。この倉庫中に展開して、じりじり私たちを追い詰めているところだ。押し返せるか?」
ほう、なかなかの大所帯だな。まあいい。
「任せとけ」
そう言いながら、俺は自分の唇が歪むのを止められなかった。さっと前屈みになって拳銃を手に取る。ひんやりとした、硬質な手触り。重さからすると、弾丸はフルに込められているようだ。
冷静であれ――。
しばし目を閉じ、そう自分に言い聞かせた俺は、
「葉月、飛び出すぞ。援護しろ!」
「了解! 憲明、佐山が出る! そちらからも援護頼む!」
《おう!》
言うが早いか、葉月は腹ばいになって転がるようにコンテナから飛び出し、自動小銃のフルオートで弾丸をばら撒いた。憲明も俺を援護しやすいよう、葉月のものと同規格の自動小銃を取り出し、あちらこちらに撃ちまくる。
俺はすっと、深呼吸を一つ。そしてコンテナの陰から走って飛び出した。
二丁の拳銃を構えながら、周囲の状況を掴む。敵と俺たち互いの遮蔽物になっているコンテナは、この大型倉庫の両脇に揃えて置かれている。その片方には俺と葉月、向かい側のコンテナには憲明が身を潜めているという状況だ。
俺は憲明の元へ向かうように、一気に倉庫を横切った。
そして、跳んだ。
思いっきり床を蹴って跳躍し、コンテナに足をつけてから反対側へ。また反対側のコンテナを蹴って、三角飛びの要領で右に左にと跳んでいく。
「お、おい何だありゃ? 猿みてえのがいやがる!」
「猿じゃねえ、生き物でもねえ! 影だ!」
「あ、ありゃあ残像なのか?」
敵の動きが鈍る。その隙に、俺は一瞬で天井近くまで躍り出た。さっと拳銃を前につき出す。狙うは敵の眉間、ど真ん中。
撃つ――ヒット――跳ぶ。
撃つ――ヒット――跳ぶ。
一度跳ぶごとに、どんどん前に進んでいく。
その度に、ぱっと赤い花のように血飛沫が舞う。
頭を狙うのは、俺にとって一種の美徳だ。使用するのは非貫通弾。頭蓋を貫通してしまうと、脳漿が飛び散って床が染まってしまい、何というか――スマートさに欠ける。
「あいつだ! 奴を落とせ!」
敵がようやく撃ち始めたが、甘い。狙いも適当だし、何より遅い。完全に俺に圧倒されている。俺は銃撃を続けた。
撃つ――ヒット――跳ぶ。
撃つ――ヒット……ならず。
肩を抉っただけだ。舌打ちをして、左手の拳銃から三連射。撃ちそびれた奴の眉間と心臓を破砕する。俺は着地しながら、前衛の五人目を倒した。
「今だ! 殺れ!」
響く暴力団員の声。どうしても着地には隙がつき物だ。俺は一旦銃撃を止め、そばのコンテナの陰に転がり込んだ。後頭部に手を載せ、腹這いになる。直後、俺の頭上を掠めながら、コンテナを貫通した弾丸が飛び去っていった。
俺は這ったまま頭だけをコンテナから出し、敵との距離を測った。
もう少し。もう少しだけ誘導する必要がある。向かって左側、夜風の吹きこむ倉庫の大きく開けた鉄扉のところまで。葉月の援護射撃が止むのを待って、俺は再び飛び出した。銃撃を仕掛けながら、倉庫の天井まで跳ぶ。
高所から見渡すと、暴力団の相手をしている密売グループの首領らしき人間の姿が目に入った。小太りで背の低い男だ。何やら英語で喚いており、それに応じた周囲の男たちが銃を構え直す。全く、これでは自分が首領だと公言しているようなものではないか。
そいつは最後に取っておくとして、問題は次に出てきた、大口径のマシンガンを持った大男だった。両腕全体を使って、抱え上げるようにして銃撃している。
コンテナを貫通していたのはあの銃の弾丸か。よりこちらに踏み込んできて乱射されれば、後方の葉月や憲明が危険だ。俺はそいつが防弾ベストを着ていることを想定して、拳銃の狙いを両方とも大男の頭部に向けた。
連射。二発とも、両目を抉るようにヒット。殺った。
しかし、大男の死体の腕はマシンガンを抱えたままだった。大男が仰向けに倒れるにつれて、徹甲弾がばらまかれる。俺はほぼ水平に、壁を蹴って跳んだ。俺が足をついていた壁面にマシンガンの弾が当たり、耐震材のコンクリートが砕け散る。
「チッ!」
視界が曇る。コンクリートの粉塵から飛び出すと、左側でライフルを構えている男と目が合った。
殺られる!
――などとは、俺は微塵も思わなかった。だが、男は考えただろうか? まあ、俺の知ったことではない。
何故なら、俺が水平跳びをした直後に、男の頭部は側面から貫通されていたからだ。その後になって、左側から発砲音が響いてくる。
俺は再び着地し、わざと隙を作って見せた。右側の連中に火力を集中、脇目も振らずに突っ込む。左手の拳銃も、右側の男たちに狙いをつけている。
左側の連中からすれば、何とも隙だらけに見えたことだろう。だが、それは連中がこちらに銃口を向けた瞬間、つまり、ガランと空いた鉄扉に背中を晒した、その直後に覆されることになった。俺たちの、もう一人のメンバーによって。
俺は再びコンテナの陰に滑りこんだ。こちらに殺到した弾丸がコンテナとぶつかり合い、やかましい音を立てる。
しかし、俺が耳を澄ましている間に、悲鳴とともにその喧騒は徐々に勢いを失い、やがて聞こえなくなった。
そっと首だけ覗かせると、左側にいた男たちは仲良く川の字を描くように倒れ込んでいた。後頭部を貫通された状態で。俺がそれを確認した時になって、ようやく遠くから平板な発砲音が響いてきた。
狙撃用ライフルを使用する場合、あまりの弾速によって発砲音が後から聞こえるということは何度かある。俺はヘッドセットに手を遣り、声を吹き込んだ。
「いい腕だ、和也」
《サンキュ、ジュン》
憲明とは全く異なる、声変わり前の少年のような応答が耳に入った。
「撤退準備をしておいてくれ、和也。もうじき終わる」
《了解!》
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます