浴室の背骨
昔から母は金魚を飼っていた。
生き物に対する執着心の強かった母は、特に手軽だったものを選んだのだと考えられる。
犬や猫、極端に言ってしまえば哺乳類が好きだった私はどうにも魚の持つ体、その構造が恐ろしく苦手であった。無論今も。
暗い場所が、海が、水が、冷たさが、寒さが、私は何より恐ろしかった。
母は金魚が死ぬとトイレに流した。
正確に言えば、私にトイレに流させた。
母にとって死んだ金魚は排泄物と同価値だったのだろう、愛を戴いた残りの滓は確かに糞と同じだと私は思う。
ぐるぐると水流に身を任せ、意思のない泳ぎの美しさ、排水管の向こうへ吸い込まれる瞬間の滑稽さだけは私は確かに金魚を愛してた。しかし必ず目が合った。
浴室で湯に浸かるとき、私は必ず考えるのだ。「今このお湯が海になったらどうしよう」きっと私は死んだ金魚より巧く泳げはしない。
シャワーや蛇口からあの金魚達が戻ってきやしないだろうか、私はそれがたまらなく恐ろしい。
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