第61話 友人として
彼らが見えなくなってから、私は思わず美奈子さんに言う。
「彰さんって、お母さんと、とても仲がいいんですね」
精一杯遠回しに表現してみた。
「ええ。本当に仲のいい親子で、いいなって思います」
(え……あれで、いいの?)
口に出そうになるのをグッと耐える。
「私は、亡くなった両親に、もっといろんなことをしてあげたかったから……。親を大切にする人は、素敵だと思います」
なるほど。そんな風に言われたら、何も言えない。
「じゃあ、私達もそろそろ事務所に戻ります」
ずっと黙ってた本宮君が、そう言った。
「あの、今日は本当にありがとうございました!」
本宮君の言葉に、私も、美奈子さんにお礼を言う。
「美奈ちゃん、私、桜井さん達をちょっと送ってくるね」
恵さんが言った。
「ええ、分かったわ」
「それじゃあ」
そして、私達は美奈子さんのカフェを後にした。
オランダ坂を下っている時、恵さんが不意に言う。
「あの、本宮さん」
「はい」
私と恵さんより、少しだけ前を歩いていた本宮君が振り返った。
「美奈ちゃんに嫌がらせをしてるのが誰なのか、調べてもらえませんか?」
さっきの美奈子さん宛の脅迫状が、頭に浮かぶ。
「美奈ちゃん、気丈に振る舞ってるけど、本当はすごく不安だと思うんです。だから、お願いです!」
真剣な顔で見つめる恵さんに、本宮君が聞いた。
「それは、正式な依頼ということですか?」
「あ、あの……はい。そう思ってもらっても構いません」
「美奈子さん本人ではなく、恵さんの依頼として?」
「あの、えっと……」
「恵さん。貴女だから、正直に言うわね」
本宮君は、そう前置きすると続ける。
「美奈子さんに嫌がらせをしている人物は、彰さんか、もしくは美奈子さんの身近にいる人物の可能性が高いわ。それを知った時、美奈子さんが傷つくかもしれない。それでも、いいの?」
「……」
本宮君の言葉に、恵さんが黙りこんでしまう。
確かに、真実は、時に人を傷つけることもあるよね……。
しばらく考えるように黙っていた恵さんだったけど、決心したように口を開いた。
「はい。そうだとしても、やっぱり犯人が誰なのか調べて欲しいです」
恵さんの言葉に、本宮君が優しく微笑む。
「キツいこと言って、ごめんね、恵さん」
そうして、本宮君は続けて言った。
「この件は『依頼』じゃなくて、アタシが友人として、美奈子さんのことが心配だから調べる。そういうことにするわね」
「本宮さん……」
「大丈夫。必ず誰か探すわ」
本宮君が、そう言った時、オランダ坂をちょうど下りきった。
「じゃあ、またね。恵さん」
「はい。今日はありがとうございました!」
そう言った恵さんに、私達は手を振ると、北野通りを目指して、さらに下りていく。
その後、本宮君の車が停めてある駐車場に戻って、私も彼の車に乗せてもらい、二人で事務所に戻った。
事務所のエアコンをつけて、アイスコーヒーにラスクを食べながら、新しい依頼のメールや電話なんかが来ていないか確認すると、一件入っている。その依頼メールを読んでいる本宮君に、私はさっき聞いてしまった彰さんの電話のことを話した。
「絶対あやしいよね!もう、この元カノが、美奈子さんに嫌がらせしてる犯人に間違いな……」
「こら」
本宮君が、私の額をコツンと軽く叩く。
「いつも言ってるでしょ。決めつけはダメだって」
そう言って、本宮君はアイスコーヒーに手を伸ばした。
「でも、犯人は誰かすぐに分かるような気がする。勘だけどね」
「そうなんだ。それで、美奈子さんが、何の心配もなく幸せな結婚式を挙げれれば良いよね」
「……」
私の言葉に、少しだけ黙った後、本宮君が小さく呟く。
「結婚て、そんなにいいものかな」
「……え?」
驚いて、目の前の彼を見た。どこか遠くを見つめるような、そんな瞳をしている。
(本宮君……?)
でも、彼はすぐに仕事の時の表情に戻り、テーブルに置いたノート型パソコンの画面を見始めた。
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