第38話 吉備 雅明

「ねぇ、本宮君」


「なあに?」


菖浦さんが部屋を出ていって、今は本宮君と私の二人きり。


「さっき、本宮君は、この吉備家の人間と、宿泊客全員が容疑者だって言ったけど。吉備家の人達は、犯人じゃないんじゃない?」


「どうして?」


「さっきの菖浦さんも、神事が出来ないって困ってたし。吉備家の人間が、あんなことしても、何の意味もないじゃない?」


「ん~、そうとも限らないわよ?」


「え、どういうこと?」


「さっきの菖浦さんの会話で、気になったことがあるの」


そして、本宮君は言った。


「さっき、アタシが容疑者全員の名前を上げた後、菖浦さんは『……主人と私も、入っているのですね』って言ったのよね」


「それは、今、私が言った通り、自分達には、そんなことする意味がないって思ったからじゃない?」


「そうじゃないのよ」


本宮君は続けて言う。


「息子の雅明君の名前を出さなかったのよ」


「ああ、そう言われてみれば」


「息子の雅明君には、あんなことをしそうな、何か、そんな思いがあって、雅明君の名前は出さなかったんじゃないかしら」


菖浦さんとは会ったけど、当主の義明さんと雅明君には、まだ会ってないな。


どんな人物なんだろう?


「容疑者全員と話をしたいわ。部屋を出ない?」


「うん」


私達は、吉備家の情報を集めるために、部屋を出た。廊下をぐるっと歩いていくと、宿泊施設と、吉備家自体の家の境目にたどり着く。


「ここから先が、吉備家のお家みたいね」


本宮君がそう言った時。


何か奥の方から言い争う声がしてくる。


「雅明、どこに行くの!?」


「うるさいな!どこだっていいだろ!」


声は、菖蒲さんと息子の雅明君だった。


「晩御飯も用意してるんだから、わざわざ外で食べなくたっていいじゃない!」


菖蒲さんの言葉に、雅明君が反論する。


「ご飯あるって、作ってるのはウメさんか麻子さんじゃないか!アンタは家のこと何にもしてないだろ!」


「雅明……」


「俺は嫌なんだよ!この家も、この島も!」


「なんてこと言うの、雅明!」


「今日は帰らないから!」


「ちょっと……雅明、待ちなさい!」


菖蒲さんの制止の声も聞かず、雅明君は渡り廊下を走って行ってしまった。


「……!」


菖蒲さんが、私達に気づき、驚いた顔をする。それから、悲しげな表情を浮かべて言った。


「お恥ずかしいところを見られてしまいましたね……」


「い、いえ……こちらこそ、スミマセン」


何となく悪い気がして、私は謝る。


「もう一年くらい、ずっと、ああなんです。こんな家は嫌だ、島を出たいと……」


菖蒲さんは、顔に手を当てた。


「吉備神社の神事も、少しずつ義明さんから引き継いで欲しいのに、一向に、そんな気もないようで……」


菖蒲さんの話をそこまで聞いた本宮君が、ショッキングな言葉を言った。


「もしかして、菖蒲さんは、今回の犯人が雅明君だと思っているのではないですか?」


……え!?雅明君が!?


菖蒲さんは、うつ向きながら、小さく頷く。


「本当は、どこかで、そう思ってます。神事を手伝いたくない気持ちや、この家に対する反発。それが動機でやったのではないかと……」


「なるほど。ところで、義明さんとまだお会いしていませんが、義明さんは、今どこですか?出来ればお会いして、お話を伺いたいのですが」


本宮君の言葉に、菖蒲さんは首を横に振った。


「主人は外出中で、まだ帰っておりません」


「そうですか」


「それでは、これで失礼します」


菖蒲さんはそう言うと、頭を下げて立ち去る。

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