第30話 二人きりのクルーズ

保安官に連行される三谷船長と芹沢さんの姿を複雑な想いで見つめていると、本宮君が、私のところに来る。


「桜井。大丈夫?」


いつも通りの声で、そう言われた。


「それは、こっちのセリフだよっ。クルーの制服、台無しじゃない」


本宮君の着ている紺色の制服は、ところどころ焦げたような跡がある。 


「あら、ほんとね」


私の言葉に、本宮君が自分の制服を見て言った。


「いつも突然飛び出して行って……何が何だか訳分かんないよ!」


もっと怒ってやろうと思っていたのに、出てきたのは、怒る言葉じゃなくて涙だった。


「どんだけ心配したと思ってるのよ……!」


溜めていた不安や、彼が無事だった安心感がごちゃ混ぜになって、一気に心の中に溢れてくる。


そんな私に本宮君の腕が伸びてきて、ふわりと胸の中に包まれた。驚きながらも、その温かさに、また涙が出る。


「桜井が無事で良かった」


「……だから、それはこっちのセリフだよ!」


抑えていた感情が爆発して、私は、もういつ振りか分からないくらい泣きじゃくった。


本宮君の胸の中で……。



あれから三週間後。


私と本宮君は、またあの埠頭に来ていた。


「心配させたお詫び、何がいい?」


そう本宮君に聞かれて、私が「クルーズ」って答えたから。


「アンタも変な女ね。あんなことがあったのに、またここに来たいなんて」


旅客ターミナルで客船を待ちながら、本宮君が言った。


だって、調査のためだったり、事件に巻き込まれたりで普通のクルーズをまだ味わってないんだもん。


今日はディナークルーズじゃなくて、昼間のクルーズにした。ターミナルのガラス越しに、出航していた客船が戻ってくるのが見える。


「さあ、行きましょうか」


そう言った本宮君が立ち上がったので、私も続いて立ち上がった。


ターミナルの外に出ると、初夏の香りを乗せた潮風に、ふわりと包まれる。本宮君と二人並んで、乗船口へと向かって行った。


あの事件後、クイーンメリー号の運航をしていたクルーズ会社は撤退し、新しいクルーズ会社が、運航業務を引き継ぐことになった。


ただクイーンメリー号は破損のため、現在休航している。


今日乗る客船は、クイーンメリー号より小さい青と白のマリンカラーの可愛い感じの客船だ。


先に船の中へと進んだ本宮君の後に続いて、乗船しようと思ったのだけど。


「あ……っ!」


久しぶりに履いたヒールのせいか、つまづき転びそうになる。


そんな私の手を本宮君の手がつかんだ。


「あ、ありがとう……」


「履き慣れないヒールなんて履くからよ」


つまづきかけた私の体を立たせると、不意に本宮君が言った。


「でも、似合ってるわよ。そのワンピースもヒールも」


「えっ……」


思わず顔が熱くなった私を見て、本宮君が微笑む。


デッキに流れ込んできた潮風が、彼の黒髪を優しく揺らした。

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