ほたるさんのホラー短編集、兼、アーカイブ保管庫
白木レン
けて、けて
その話をしてしまったのは、修学旅行の夜でした。
私のように『本当に霊感のある人』は、本来滅多に怪談話や肝試しの類に関わろうとはしません。ソレの実在を知るからこそ、その恐ろしさをよく理解しているからです。
ところがその晩は、どうしてか彼女の態度がカンに障ってしまったのです。
修学旅行の宿は、女子八人で一部屋となっていました。そして就寝前の自由時間、部屋にいた数人がどういう経緯か遊び半分で怪談大会をはじめたのです。
当然ながら私はそれに加わらず、最初は自分の布団の上で文庫本をつらつらと眺めていました。
ところがそのうちに、怪談大会が妙な様相を呈しているのに気がつきました。
いつの間にか中心に彼女がいました。
君谷ほたるさん、という変な子です。
皆がいくら怖い話をしても君谷さんが顔色ひとつ変えないので、いかに彼女を怖がらせるかという趣旨に変わっているようでした。
皆は躍起になって『とっておきの話』とやらを披露していましたが、結局のところ彼女の微笑みを崩すことは出来ませんでした。
皆は万策尽き、なぜそんなに怪談に強いのかと尋ねたところ、
「私、オカルトとか幽霊にすごく否定的なの」
彼女はそう答えました。
その答えがどういうわけか、その日はいたく私の鼻についたのでした。
「幽霊ならいるわよ」
私は思わずその怪談の輪に話しかけていました。
その言葉に対して、君谷さんはむしろ興味深そうに聞き返してきました。
「見たことでもあるの?」
「あるわ」
「どこかの心霊スポット?」
「あのね、本当に霊感のある人間はーー」
私は少し語気を強めて言い返してしまいました。
「心霊スポットなんて不愉快な場所行かないの。見える時はその辺を歩いてるだけで、嫌でも見えちゃうのだから」
言ってから後悔しました。
ですが既に時は遅し。
怪談の輪にいた級友たちは、期待に満ちた目で私の座る場所を空けていました。
そうして話すことになったのが、私の一番嫌な霊体験の記憶でした。
小学校の頃の話です。
夏休みのある時期、私は田舎にある祖母の家に遊びに行っていました。
その日は駅前でやっていた夏祭りに参加し、帰りが遅くなってしまいました。
駅前からは従兄弟と一緒に帰っていたのですが、祖母の家は従兄弟の家からさらに離れた先にありました。
従兄弟と分かれた私は、左右に山林が迫る夜道を歩くことになりました。
ですが祖母の家までの道のりはそう遠くはありません。
車こそほとんど通らないものの、アスファルトで舗装された道でありところどころ電灯もあります。迷うような心配もありませんでした。
ところが道半ばまで来た時です。
妙な音が耳についたのでした。
--けて
----けて、けて
いかにも奇妙な声でした。
もうそのぐらいの年齢には、私も自分が他人に見えないものが見え、聞こえないはずのものが聞こえることに気づいていました。
その時私もすぐにソレだと気づき、急いで立ち去るべきだと考えました。
そうして足を早めた時です。
山林の茂みから、それが這い出て来たのです。
まるで血の気のしない白い顔。
無茶苦茶に乱れた長い黒髪。
全身血まみれの女は、真っ黒い闇のような目で私を見据えていました。
--けて
----けて、けて
ソレは奇妙な声をあげながら、
まるで虫か爬虫類のように、ずるずると這い寄って来たのです。
あまりの光景に私は凍りついていましたが、
それが足を掴もうとした直前に、私はなんとか走り始めることが出来ました。
今まで何度かそういう体験をしていたことが、私を間一髪で救ったのかもしれません。
私は息が切れようが何があろうが走りぬき、祖母の家になんとかたどり着きました。
その後大慌てで祖母と両親にその体験を話し、その道に何か奇妙な噂がないかと尋ねました。
けれど子供の言うことだからか、あるいは私が今まで何度かそういう大騒ぎをしてしまっていたからか、まともに取り合っては貰えませんでした。
信じて貰えなかった私は怯えながら、その道は日中のみ通ることにしてなんとかその夏をやり過ごしました。以後は駄々を捏ねて、祖母の家には行っていません。
ところが真相が数年後に分かりました。
新聞の地方欄に、女性の白骨死体発見の報が載ったのです。
場所は、まさに私がそれと出会った場所でした。
死体は長く発見されなかったために、野生動物に酷く荒らされていたようです。
それを読んだ時に、酷く後悔しました。
やっと分かったからです。
あの亡霊が、何を言っていたか。
『見つけて』
『見つけて、見つけて』
彼女を見える私に、そう頼んでいたのでした。
こうして私は話を終えました。
話したことを後悔はしたものの、君谷さんすら顔を強張らせているのを見て、私は若干胸がすくのを感じました。
他の参加者達も同様に震え上がっていましたが、君谷さんがついに怖がったのを見て十分に溜飲がさがったようでした。私の話ぶりを口々に褒め称え、怪談大会はそれで終了となりました。
ところが私はこんな話をして褒められたことで逆に罪悪感を感じ、一人隠れるようにトイレへと行こうとしました。
しかし廊下を出たところで、私の腕を掴んで止める人がいました。
君谷さんでした。
「何よ?」
私が睨み付けると、彼女は少しためらった末に言いました。
「さっきの話、もう絶対にしない方が良いわ」
「あら、貴女は幽霊なんて信じないんじゃなかったの?」
「それは……その……」
「ならどうして? 言いふらすと祟りがあるとでも? 信じてなかったくせに」
私がさらに言いよると、
彼女は酷く困惑した顔で、こう言ったのでした。
「まだ生きてたんじゃないかしら。
たぶん『助けて』『助けて』って」
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