第21話 謎の助っ人
日没の太陽が砂漠を真っ赤に染め始めた。視察口から見える巨大な戦車も深紅に染まっている。まるで血を浴びたかのように。何か冷たくておぞましいものが、つうっとその指先で背中をなぞっていったような感じがし、デレクは思わず体をすくめる。目の前の血濡れの怪物は、怯んだ彼の心を見透かしたかのように、少しずつ少しずつ近づいてきていた。そうして告げられた気がした。こんなに簡単に騙されるなんて、お前は間抜けだと。
そう、騙されたのだ。デレクには、バードというあの男が彼らを裏切った――いや、はじめからビンセントと内通していたとしか思えなかった。それ以外に、ビンセントにこちらの動きを読まれた理由が思いつかなかったし、何よりも作戦決行からすぐにバードたちと連絡が取れなくなったのが腑に落ちない。ジョンがバードから渡された無線機は、戦車同士で連絡を取り合うためにデレクが預かっていたのだ。それなのに、いくら通信ボタンを押しても繋がらない。あの時、ビンセントが言っていたのは、こういうことだったのだ。本当に怖いのは、一見すると優しく、そして信頼できそうな奴だ。
ぐるぐる考えていると、重々しい響きと共に戦車全体が震えた。はっとして敵戦車へ意識を戻す。こちらへ向けた戦車砲の暗い穴から、砲煙が空へ伸びていた。しまった。余計なことを考えてる場合じゃなかった。彼は下へ向けて叫んだ。
「大丈夫か⁉」
「うん! でも戦車が動かなくなっちゃったんだ……! 前にも後ろにも、全然」
動かない……。エンジンは無事のようだし、キャタピラか車輪かもしれない。デレクはもう一度、相手戦車を見る。やはり、砲をこちらへ向けて迫ってくる。主砲から砲弾を放ったのは、これで三度目だ。三つしか主砲がないのだから、これからしばらくは砲弾は撃てないはずだ。主砲両サイドの機銃で視察口やハッチから顔を出したところを狙っているだろう。様子を見てくるなら、今だ。
「オレは車輪の確認をしてくる。サミー! オレの代わりに向こうの戦車の様子を窺え」
一瞬の間を置いて、「ぼくでいいの?」
自信のなさそうな声が返ってきた。
「別に何もしなくていい。危険を仲間に知らせるだけだ。みんなが身を守れるようにしろ」
「分かった……」
デレクは急いで最上部視察口から下りた。入れ違いで梯子を上っていくサミー。トントン、と軽く背を叩いてやった。
仲間の一人を引き連れて、デレクは最下階まで走っていった。辿り着くと、そこの点検口を開けて戦車の下に顔を出す。特に異常は見当たらなかった。
「とりあえず、工具箱を持ってきてくれ。オレは下りてよく見てみる」
返事も待たず、彼は点検口へ滑り込んだ。
キャタピラにへばりついた砂を手で払い、問題の個所を探す。地面と車体の狭い隙間を移動しながら、左右両方へ首を振り帯の上や内側の車輪へ視線を這わせる。鼓動が彼を追い立てるように、ドクドクドクドクと強く速く打った。体が熱くなってくる。くそ、どこだ……。
しばらくそうやって探していると――あった。車輪と軸を繋ぎ止めていたピンが折れていたのだ。良かった、これなら直せる。
「工具箱ん中に、ピンの代わりになるようなものはないか? 何でもいいから、硬くて長細いやつ」
「待って……」
その声のちょっと後に、何かが点検口から放り込まれた。
「今、レンチ投げた。それで平気かな?」
放ることないだろ。心の中で悪態をつきつつ、デレクはすぐさま這い戻り、砂に埋もれるそれを手に取った。両方の先端が曲がって角度のついた長細いレンチだった。
「これでいい。ちょっと待ってろ」
デレクは急いで先ほど見つけた所へ行った。折れたピンを取り外し、車輪と軸の穴にレンチを差し込む。これでなんとかなるだろう。彼は点検口へ戻っていった。
仲間たちのいる砲塔階へ走る。後ろから荒い息遣いが聞こえてきた。巨大戦車の最下階から最上階へ駆け上っているのだ。デレクのペースについてくるのは相当きついだろう。
「お前はゆっくりでいい。先に行くぞ」
デレクは後ろへ言うと、さらにスピードを上げた。
ちょうど砲塔階へ続く階段を上っている時だった。戦車全体が地面へ叩きつけられたような、ものすごい衝撃があった。体が宙に浮かび、何が起こったか理解する間もなく、デレクは下へ転げ落ちてしまう。慌てて体を起こした時も、底からつき上げるような揺れが続いていた。
「何があった⁉」
とっさに大声を張り上げたけれど、言い切る前に分かっていた。また砲弾を撃ち込まれたのだ。しかも、おそらく装甲にダメージを受けた。
「また撃たれた。まだ撃ち抜かれてはいないけど、そろそろやばいかも……」
予想通りの答えが返ってきた。デレクは再び階段を上っていく。激しい揺れに、左右の壁にぶつかって、うっかり足を踏み外しそうになりながら、何とか砲塔階まで辿り着いた。
「サミー! 代われ!」
ほとんど叫んで言い、砲塔へ入る。梯子へ目を向けると、早くもサミーは下りてきていた。
「デレク、ごめん……。よく見えなくて」
「見えたところで、どうしようもない。気にするな」
デレクは一直線に梯子へ向かい、上っていった。
視察口から敵戦車を見る。視界が狭い上に砲煙が立ち込めていて、ほとんど何も見えない。くそ……。相手が視察口やハッチを狙っているのは分かっていた。けれど、これではどうすることもできない。
デレクは視察口から顔を出した。爆風が顔へ吹きつける。煙が沁みて、反射的に目を細める。その時、
「顔出すんじゃねえ! 引っ込めとけ!」
突然に大声が飛んできた。中からではない。外だ。一体誰が……? そう思い目をこじ開けると、一台のバイクが両戦車の間に走り込んできていた。バイクを狙って何発も銃弾が放たれていたが、彼は網の目をくぐっていくように弾を避け、敵戦車の懐へ向かっていく。デレクは、はっと気がついた。顔を引っ込め、下へ向けて叫ぶ。
「バイクを右上の視察口から狙ってる。分かるか?」
「うん!」
間髪入れずに返事がきた。
「機銃で撃て」
「オッケー」
その声と共に、ダダダダダ、と相手の視察口へ銃弾が放たれた。
バイクへ向けて撃たれた弾がどこから飛んできたかを見ておけば、相手狙撃手の居場所が分かる。砲煙も少しは落ち着いてきた。顔を出さずとも何とか見える。デレクはじっと目を凝らし、バイクへ放たれる銃弾の軌跡を追った。
「右側面のハッチだ。撃て!」
「了解!」
再び、ダダダダダ、という機銃の音。ハッチへ弾が降り注ぐ。よし、いいぞ。
一方、バイクは片手で何度もショットガンを回して装填し、戦車の下部へ撃っている。キャタピラを狙っているのだ。こちらの戦車がそうだったように、キャタピラや車輪が損傷すれば戦車は動けない。そうなれば、デレクたちが逃げたとしても、追ってくることは不可能だ。加えて、狙撃手を機銃で倒していけば、あと警戒すべきなのは戦車砲からの攻撃だけだ。既に装甲の一部はダメージを受けているが、全速力で逃げれば持ちこたえられるはずだ。そう信じる他ない。
「バイクの野郎が戦車を止めてくれる。バックで逃げるぞ。機銃を撃ち続けてバイクを援護しろ!」
デレクの声に従い、彼らの戦車は退却を始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます