弐百四拾七振目 現代刀に対する再考
とりとめもなく。
少し前にSNSにて思わず同意する意見がありまして。
そこで同意して会話に参加すれば良かったのですが、SNS上でコメントするのが苦手。文字数少ないので、こちらの意図しない形で伝わる場合もある。逆に相手のコメントも素っ気なく感じられる場合もあって、SNS上でのやりとりは苦手。さらにスルーされても寂しく、反応があっても会話の終わりどころが分からぬ!
SNS上でのコメントに返信する時は、いつもそうした悩みがあって緊張する。
閑話休題。
その意見の内容は、無鑑査刀匠が余裕を持って暮らせる値段で刀が売れるよう、その作品価値をもっと高める方法をどうすべきかという議論のもの。
本当そう思います。
こうした問題提起は、もっとドンドンされるべき。
刀剣のみならず創作活動者は霞を食べて生きているわけではないのだから、もっとお金の事は話題になってもいいのですが……日本人というのは、お金の話題が嫌い。さらに創作にお金が少しでも絡むと拒否感が凄く強い。むしろ、そうしたものは無償で提供されるものという考えが根底にある。
世間一般の感覚は、苦労の果てに成功があるという根性論が根強い。昔のスポーツでは苦しい思いをするほど才能が育つとか、仕事は24時間働けますか、といった苦労せねば成功しないという謎理論と同じ。
まあ確かに、多少の苦労は必要でしょうけど我々日本人は苦労が大好き。しかも他人が目に見える形で苦労していないと(陰の苦労は見もせず)文句を言うという性質がある。
しかし、明治時代頃の陶芸世界の話で――ある資産家が陶芸家の支援をしようとしたとき、その陶芸家は支援を断ろうとした。これに資産家は「生活の心配をしながらつくる者に名品はつくれない」と告げ、これに納得した陶芸家は支援を受け入れ後に数々の名品を残した――という話がある。
結局は生活の為にはお金が必要で、お金の為に売れるものを作るしかなくなり、世間に迎合して持ち味を殺してしまうと言う事ですかね。
だから無鑑査のみならず、刀剣関係者はお金に余裕があった方がいいと思う。
いやしかしバブルの頃の刀が売れまくった頃の刀鍛冶は、ヨットやクルーザーを乗り回しバブリーを謳歌したとも聞くので、豊かになっても意味ないかもしれないけれども。
それはさておき無鑑査が儲かっているとなれば、他の刀匠たちも夢を持って後を追えますし、刀職希望者も増える。そして全体が栄えて活発化していく。
先の見える産業とは、そういうものではないかと。
まあ、副業で儲かって作刀は別として励んでいる人もいますし。親の下で支援を受けながら、あまり生活の心配せず好きに作刀して腕を上げている人もいるし。著名一門の名でそこそこ客がついて作刀している人もいるし。
上手くやっている人は、上手くやっている。
また閑話休題。
それはそうと……ふと思いましたが。
どれだけの人が「無鑑査」というものを知っているのか。
刀剣について知っている人は耳にしているでしょうが、無鑑査とは作刀的に認められた凄い人程度の感覚でしょうか。私にしても、無鑑査は人間国宝候補という認識程度。その実態や内容はあまり知らない。
またまた閑話休題。
では無鑑査刀匠の刀が売れるようにするにはどうするか。
それを考えると、単純に今までのような「日本刀=美術品」ではダメな気がします。少し前にSNSでぼやいて妙に反応が大きかった時の、沢山頂いたコメントで多かったものが「日本刀=美術品」という認識のコメントでした。
確かに、かつて「日本刀=美術品」という概念すらなかった時代から、ここまでなったのは先人たちの弛まぬ努力があったからとは思う。
しかし美術品は他にも多数あり、それらと同列になって、ようやくスタートラインについた状態。そこで満足して終わっては、他美術品とドングリの背比べで終わってしまう。実際、今現在の売れてませんし。
美術という以外に何か別の価値感が必要。
では、それは何か?
しかし美術品以外の概念はなかなかない。日用品でも武器でも難しい……。
そうなると刀剣全体ではなく、その作品自体に付加価値を与える?
たとえば……博物館や美術館で展示された品とか? これであれば、少し値段が高くても欲しいという人はいそう。
でも、ちょっと弱いですね。
逆から考えて、古刀新刀はなぜ売れるのかという点をみますと。
古来から珍重されたという付加価値はさておき、いろいろな売り口上をみていくと、やたらと目につく「〇〇家伝来」「大名所有」(まあ、それは基本うさんくさいので注意ですが!)。
そうした口上も売れるから使われる。
ならば無鑑査作も「有名人所有品」とか「あの人が持っている品と同じ作者」とあれば売れるか? もしくは「〇〇氏デザイン」とか「〇〇氏サイン入り」とか?
では、もう一度古刀新刀がなぜ売れるかを考えると。
その理由の一つは保存、特保、重要、特重という鑑定ランクがあるという点も大きいと思う。
このランク付けで品の出来が一目瞭然。
刀を見ずして紙を買うと揶揄されますが、出来がある程度保障される事は凄く大きな意味がある。
それは安心であり信頼というもの。
誰だって良い品が欲しいし、その品に対する納得が欲しい。古刀新刀は鑑定ランクがあるからこそ、活発に品が売り買いされているのは事実。
しかし無鑑査作のみならず現代刀にはそれがない。刀剣商が勝手に判断した共通性のない価値感しかない。だから手を出しにくい点は少なからずある。
よって、現代刀にも、そうした共通性のある価値感を持たせるとよいかも。
また古刀新刀は鑑定ランクによって値段が変わるというのも大きい。
これの良い点(悪くもありますが)は、重要や特重になって値上がる事を当て込んで買う人がいるという点。やはり現代刀にはそれがない。
こういう投機性も必要でしょう。
何億もする絵画が売れるのは、それに投機性があるから。さらに言うと、高いというステータス性もある。高い品を所持しているという自慢が、高い品を買わせている理由でもある。
そういったお金絡みのことも必要かも。
無鑑査の品が売れて高くなるにするには、付加価値や附属するストーリー性が必要で、投機的やステータスな価値も必要でしょう。
ただ高くなれば間違いなく日本では売れなくなり、買うのは海外の人たちとなる。そうなれば日本刀としては本末転倒なのかもしれませぬが。
難しい問題ですが、こうした事を問題提起し考えていく事は、とても大事。
そうした問題提起がSNSであったら次こそはコメントして会話に参加……できないだろうなぁ。これまた難しい問題です。
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