約束――ちいさな作者と、はじめての読者――

 ……あれは、俺がまだ小学生低学年の頃だったろうか。


 あの頃の俺は、自分で物語を考えて、自分の脳内で遊んでいるような、今よりもさらに根暗で寂しい奴だった。


 主にRPGのような世界観で、主人公のキャラを自分で考えて、自分の作ったストーリーの中でひとりで冒険していた。


 でも、ひとりで考えてひとりでプレイする物語が楽しいはずがなかった。


 それでも、ドッジボールや鬼ごっこに興じる子どもたちの輪に入れなかった俺は、そんな孤独な遊びを脳内で延々と続けていた。自分の世界へ逃避すれば、現実のつまらなさや疎外感はいくらかは軽減できたのだから。


 ――そんなある日のこと。


 俺は、公園のブランコに座って、つまらなさそうに下を向いている女の子を目撃した。その子も、ほかの仲間たちと馴染めないようだった。

 どこか聡明そうというか、大人びた顔をしていて、でも、すごく綺麗でかわいかった。


 俺は、なんとかその子と仲良くなりたいと思った。

 いま思えば、それは初恋であり、ひとめぼれだった。

 最初は、シャイな俺は女の子に話しかけることができなかった。


 でも、目の前を行ったり来たりしていたので、俺が女の子のことを意識しまくっていることは、向こうにはバレバレだったと思う。


 女の子がちらりと目線を上げると、俺は慌てて顔を逸らして、「いきるべきかしぬべきか……それがもんだいだ」などと独り言を口にして誤魔化した。

 そんな感じで五日が過ぎたころだろうか。


「……な、なぁ……毎日、暇そうだな? ……ぼ、ぼくといっしょに物語をやらないか?」


 ようやく俺は、隣のブランコに座って、女の子に話しかけることができた。そして、俺が脳内で続けている冒険の世界に、彼女を誘ってみたんだ。


「…………」


 女の子は、無言だった。……そうだ、あのときはかなり気まずかった。子供心に、「ぼく、まじできちがいじみてるかもしれない」と思った。他人に呆れられ、拒絶されることが怖かった。でも――、


「……やってみる」


 女の子は、うなずいいてくれた。そのときは、本当に嬉しかった。ずっとひとりで続けていた冒険に、初めての仲間ができたんだから。


「そ、そうかっ! うんっ、じゃあ、おまえが勇者なっ! ぼくが魔王とか悪役やるから!」


 女の子は、王様から魔王を倒すように頼まれた女勇者。俺は村や洞窟や登場人物の設定を考えながら、ザコキャラから中ボス、仲間になる人物、魔王までをも担当した。


 最初は戸惑っていた女の子も、俺が迫真の演技で魔王を演じたり、間抜けなモンスターを演じたりしているうちに、笑顔を見せてくれるようになった。


 俺は、女の子が笑ってくれるのが嬉しくて、自由帳にマップを描いたり、設定を書いたりして、もっともっと物語を面白くするようにがんばった。


 俺の演技もどんどんうまくなっていったと思う。楽しんでいてくれる人がいると思うと、ストーリーも設定もどんどん思い浮かんだ。


 女の子と会って一緒に物語の中を冒険する時間が本当に楽しかった。いつもは嫌いだった放課後の時間が、待ち遠しくてしかたない。


 俺も女の子も、退屈な授業が終わると駆け足でブランコのところに来て、ふたりで並んで『冒険』を再開した。


 ――こんな時間がいつまでも続ければいいと思っていた。でも、始まりあるものには、いつか終わりがくる――。


 半年が経った頃だろうか。


「あのね……引っ越さないといけなくなったの……」


 女の子は、すでにポロポロと涙をこぼしていた。小学校ぐらいでは、よくある話。親の都合で、ほかの場所へ引っ越すことになったのだ。


 俺も、泣きたかった。せっかくできた仲間が、いなくなってしまうなんて耐えられなかった。ずっと、ふたりで物語を続けていきたかった。……好きな女の子と離れ離れになんてなりたくなかった――。


「しょ、しょうがないよ……。げんじつは、いつだってざんこくなんだから。……だからぼくは、りそうの世界を作りだすために、物語をかんがえたんだから……」


 ガキだった俺は、精一杯、難しいことを言って、虚勢を張っていた。そうしないと、目の前の女の子のように、俺もポロポロ泣いてしまうから。


「そ、それにほら、ぼうけんは、いつだって、セーブできるんだ。また、いつか会ったときに、再開すればいいんだよ。ロードすれば、またつづきからはじめられるんだからっ」


 両手を目にやって泣いていた女の子が、ようやく落ち着いてきたようだった。


「……それじゃ、約束……また、ふたりで遊べるようになったら……ぼうけんを再開しよう……? そして、わたしもね……いつか、しんじくんのように物語作れるようになりたいっ……そのときは、いっしょに、小説家を目指そうよっ」


「あ、ああ……そうだな、いつか会えたら、冒険を再開しようっ……そして、いっしょに小説家をめざそうっ……で、でも、物語を作るのはむずかしいんだぞっ?」


「わたし、まだ、ぜんぜん作れないけど、でもいっしょうけんめい勉強して、しんじくんに負けない面白い作品をつくるよっ……」


「そ、そうか……うん、まってるぞっ、ぼくと同じ高みへ、これることをっ……」

「うんっ……! それじゃ、約束しようっ♪ いつかまた再会したら、ぼうけんを再開して、いっしょに小説家を目指そうっ……」


「おうっ! ……って、……え?」


 女の子は、俺の手に自分の指を絡めてきた。

 その感触に、俺はドキッとしてしまった。


「ゆびきり、しようっ……」

 女の子も恥ずかしそうだった。俺も恥ずかしかった。指を離してしまいたくなった。


 でも、そうだ……ぼくたちはなかまだ。

 こころざしをおなじくする、小説家を目指す仲間だ。


「ああ、ゆびきりしようっ」


 ぼくも女の子の指にじぶんの指をからませた。


 ゆびきりげんまん♪ うそついたら、はりせんぼん、のーますっ♪



「「……ゆーびきった!」」



 ……このとき俺は、生まれて初めて女の子と約束をした。


 恥ずかしいけど、でも……こころがポカポカしていた。

 指をはなそうとたら、また女の子はちいさな指をからめてきた。

 そして――、


「……おおきくなったら、しんじくんとけっこんする。ぜったいにっ」

「えっ?」


 俺は、おどろいた。ガキだった俺は、好きという感情が、結婚というものにむすびつかなかった。幼い恋のつもりだった。それでも、女の子はマセているのか、そんなことを指きりしようとしてきた。


 それでも、俺は、断れなかった。本当に目の前の女の子のことが、大好きだったから。ずっと孤独だった俺の、初めての仲間になってくれた女の子だから――。


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