第11話

「僕はこの世界が、枝分かれも何もない、ただの一本道であると考える」

「私はこの世界が円環であると考えるわ」

「例えばこの先に分かれ道があったとする」

「例えばここにダウン症にかかった人がいたとする」

「ここで左の道を行ったか右の道を行ったかで、人生に二つの、結末の違う世界が発生するんだ」

「ダウン症はね、生物学的には人間、つまりはホモ・サピエンスではないのよ。染色体の数が通常の人間より多い、明らかに異質な生物」

「これが人生、いや世界において、選択の度に新たな可能性の世界が構築され増大していくという、まぁよく言う平行世界の考えだ」

「これが発見された当時、西洋の白色人種は、成長が黄色人種の段階で止まってしまう病気だとか何とか、何とも直接的な差別論のような論文を発表していたりもしたのだけどね。もっともその直後に黄色人種でも発症が確認されてあっさりと間違いだってことが分かったのだけど」

「つまり世界は無限の可能性を孕んでいて、世界は無数の分岐と結末に別れているということになるんだけど、だけどそれはおかしくないか?」

「で、染色体の話だけど、人間と同じ数の染色体を持つ陸棲生物は、イチョウの木だけ。チンパンジーもオランウータンも、遺伝子自体は似通っていても根本は違うの」

「今の西洋科学で考えるならば、この世の物事や現象は、全て数式で論理立てられて、解明して説明することが出来て、秩序立てられているのだろう?」

「元来人間に限らず有性生殖の生物は、他生物の遺伝子を排除する仕組みが備わっているの。ちょうど今のように、戦時中に兵士が性欲を発散するためにヤギを犯したとしても、たとえ飼い主であろうともそれを性対象とする犬に人間の女性が組み伏せられようとも、それによって発生した受精卵は着床するも成長を母胎から拒否され、決して合成獣は生まれないように出来ているの」

「ならば、この世界は誕生から全ての結末が定められているとは考えられないか? ビリヤードの球がどう動くのかは計算によって求められるだろう? この世界は素粒子で出来ているんだ。ならば、全ての行き先は素粒子の衝突の結果へと繋がることになる」

「でもね、ダウン症と健常な人間との間には普通に子どもが出来るのよ? おかしいと思わない? 染色体の数が違うというのに子どもが作れて、しかもその子どもは普通の子どもなのよ。私はそこに円環の神秘を見るわ」

「今君が頬杖をついて僕を見つめるのも、全ては君の意志という形で現れる、素粒子の衝突の結果になるんだ。君はその行動を選択していると感じるかもしれないが、これは全て一本道の、定められた行動なんだ。そう―」

「生命の営みにおいての失敗作でありイレギュラーな存在であるダウン症を、運命であり秩序である円環の強制力は許さないの。それこそ健常者とダウン症の人との異種間の異種姦を例外として成り立たせるほどに。世界は、生き死にの円環であり、盛衰の円環であり、天体運動の円環であり、宇宙の膨張と収縮という円環でもあるの。つまり―」


「「―どう足掻いたところで、人間はその流れから脱することが出来ないのだという結論に至る」」

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