第72話 飛んで火に入る腹の虫
リング状の次元連結ポータルを前に佇む三つの影と、それを見下ろす一つの影。内、二つの影が、器官を打ち合ったり笑い声を揚げる。
無機質な機械が並ぶ広い空間。その中で佇む彼らは皆、異様な
それこそが、この場にいる者こそ世界を滅ぼし得る強大な存在である事を何よりも物語っている。
全てを喰らう者共、イルベレスは、次の獲物を見定め喜び勇んでいた。
「久し振りに見付けた《オリジン》……さぞ美味い世界であろうな」
虎のような兜面を被った屈強な肉体の男。
彼の名はウパス。イルベレスの中では
「何でも、あそこにいる男の一人がとんでもなく凶暴って話だよ?」
「食べもせずに魂だけ奪って、世界を壊すんだって」
「「こわぁ~い! そんな奴を食べちゃう我らもこわぁ~い!」」
巨大な牙付きの口の両端に触手を備え、その先に付いた小さい口が喋る奇っ怪な植物。
それの名はエルト。世界に寄生し徐々に生命を喰らい、体積を拡げる事に特化した侵略兵器が自我を得た存在である。
「強い奴……奴は私の獲物だ。手を出す事は許さん」
宙に浮かぶ機械の女性。四肢に銃のような装備を備え、最低限の装飾で恥部のみを隠し、流線形のグラマラスボディを惜し気も無く見せ付ける紫のロボット。
彼女の名はシーファ。男を打ち負かし、精を喰らう事で強くなる事を目指す
「…………」
玉座に座り、彼ら彼女らを見下ろす影は、
何か、何処かしらでこんなシチュエーションやってなかったか、と。
(こんな良くありそうな感じで毎回それっぽい事言ってて、我々は彼の世界で言う特撮とやらの悪の組織みたいでは? 来るまでの間意識調査として見ちゃったけど、どれも最後主人公側に負けてるし。もしかして隠れてるだけでああいう守護戦士的な存在いっぱいいるの? 先行調査では
思考が脱線していたのを、男は頭を振って正す。
(いかんな。俺がこうでは、配下共に笑われてしまう。ただでさえ扱いが難しくて、力で抑え込むしか無い連中だと言うのに)
そして、イルベレスの首領、ボスとしか呼ばれない男は、手元のコンソールを操作する。
眼前のポータルは、目的の世界を映すモニターの役割も果たしている。気紛れに座標をいじり、日本と呼ばれる島国の北の大地を映した。
その光景に、異様な存在が一つ。
液体のように脈動し、大地を這いずり回り産声を上げ続ける謎の黒い生き物。いや生き物と言えるだろうか、それは。
「ほぉ!?」
「「ナニアレ!?」」
「アメーバ……?」
「……全てを喰らう存在――あれもイルベレスだ」
「「「「――ッ!」」」」
上空からの俯瞰映像でも十分に分かる、その長大な姿。
明らかにソレは、今尚大きくなっていってる。
「エルトと同タイプだな。急がねば、あれに全て横取りされてしまう」
「やだやだやぁだぁ我らが食べるのぉ!!」
「乗り込めー!」
「「ワアァー!」」
ボスの言葉を聞いて、すかさずポータルに飛び込む植物エルト。
その光景を見て、シーファはボスに苦言を呈した。
「ボス、急かすような物言いは止めて頂きたい」
「ならば見ているか?」
「……宜しいと言う事で」
「うむ」
その言葉を聞き、ウパスとシーファもポータルへ飛び込んだ。
「……
まるで一度会ったかのような自分の言葉に、ボスは驚いた。
まだその姿を見た事すら無いと言うのに。何故、奴と戦った記憶があるのか。
「……貴様。もしや、一度相見えた事があるか。ハハッ……ッハハハハ……良いだろう。ソイツらはくれてやる」
「この俺が確かめてやろう」
…………
………
……
…
空の彼方から、奇妙な物体が一つ。
植物のような出で立ちをした巨大な口が、もっと巨大な黒い液状生物の土手っ腹にダイブした。
「「侵略開始っ!」」
液は腐食を促す物質のようで、触れる端から全てを腐らせて溶かし、取り込んでいく。
対するエルトは自身を同化させ、文字通り乗っ取る事に特化した性質を持っていた。
直接的に喰らう者同士の
優劣はエルトに分配が上がっていた。
元々変質する事が本領のエルトは、腐食に適応し、取り込まれる最中から次々存在の主導権を奪っていく。喰らう者同士の対決は、最終的にスピード勝負になる。先手の影響も少なからずはあるものの、全てはそこへ行き着いてしまうのだ。
瞬く間に体積を奪っていくエルトに――二振りの斬撃が襲い掛かった。
バラバラに裂かれ、取り込まれ、霧散していく植物の身体。
自我を得て進化の途上にあったエルトには、致命的な欠点が一つあった。
「「――――イィィイイイイイイィイイイイィイイイイダァアアアアァァアアァァアアアアァァアアアァアアアアッ!?」」
痛覚が存在していた。
思いがけぬ反撃 (?)を喰らい、理性を手放した植物は暴走を開始。切り裂かれた身体それぞれが、思い思いの方法を、試行錯誤を繰り返す。的外れな進化を経た部分は腐り落ち、適した進化を果たした部分は効果的に侵略していく。
対する液状生物はエルトへ向けて体積を集中させ、大波の如く取り囲んでいく。
大怪獣バトルと言えば、一番分かりやすい光景。
そこには義理も信念も、正義も悪もありはしない。
ただ一つ、「奪いたい」と言う醜く悍ましい欲望のみが支配していた。
大地を漆黒に染め上げる波の上を、瓜二つの女二人が駆けて往く。
互いに刀を振り回し、機銃の弾幕を張り合い、周りなど眼中に無いかの如く争い合う。今しがたエルト――今では、そうだった植物の化物だが――を襲った斬撃は、その余波に過ぎなかったと言う事。
「私がミキだ! ミクラエル・ゲンフォードだ!!」
「私がミキだぁあっ!!!」
「「呑まれろ
全く同時。
互いに片腕を突き出したかと思えば、それは今まさに足蹴にしている液と全く同じものへ変質し、ぶつかり合い、両者の身体へ飛沫が跳んで行く。
腐食していく肉体を意にも介さず、寧ろその部位までも液に変え、最後には二人とも波の中へ沈んでいった。
――龍が嘶いた。
植物を完全に呑み込んだ液は、二つの首を持つ黒の龍へと変貌していく。
完全自立を始めた首同士が、互いに噛み付き合い、崩し合い、奪い合う。
その争いに決着が付く事は、永遠に無い。
何故ならそれは、全く同じ存在で、既に一つとなっていたから。
「オルルォオオオオオオオオオオッ!!!!!!」
轟と衝撃波を発し、遥か上空から虎が北の大地へ足突いた。
龍の身体は裂かれ、大きな孔が開いてしまう。
ウパスの放つ、衝撃波を伴う連撃により、龍の体積は次々削られてしまった。
「触れなければ問題は無い! 貴様は無の牢獄にでも捕えられておれば良いわ! 黒い龍ぅうッ!!!」
津波を起こす程の大音量で、断末魔の叫びを揚げる龍。
その声に呼ばれてか否か、何処かから紅い槍が降って来た。
迫りくる龍の液体を押し退けながら、同じ様に衝撃波で以てして槍を弾くウパス。
「ハッ! 何処の誰かは存じぬが、無駄な事よ! 力で押し切りゃぁあ――ッガ……ァ……!?」
――その次の言葉は紡がれず。
股から脳天まで、槍で貫かれ。
すかさず地面から延びてきた槍で針山へ変えられ、ウパスは身動きが取れなくなった。
「なん……なん、だ……!?」
傍目に見れば致命傷だが、ウパスにとって、肉体はただの器に過ぎない。肥大した食の欲望が及ぼした魂の変容は、肉体を不要とする精神生命体への進化として現れていた故に。つまり、本来ならダメージは0のはずだった。
だが、その精神生命体が身動き出来なくさせられた。
それは即ち、その槍が精神までも貫通し、魂を直接刺し穿つ事が出来る事を示す。
そして、魂に傷を付ける事が可能と言う事は。
「何故、《
一度貫いた槍が動けば、その魂は引き裂かれ。精神も。肉体も。悉くを粉砕され尽くし、存在している事が出来なくなる。
「――何を言っとったかは分からんが、まぁ御愁傷様と言った所じゃな。呑まれずに済んで良かったと思うぞ?」
燕尾服に蝙蝠の羽、より引き締まった肉体の老吸血鬼ケインが宙に漂っていた。
彼は
ゴリ押しにゴリ押しを重ねた、屁理屈と言う名の概念武装。
「まぁったく酷い事になってしまったもんじゃ。ミクラエル、お前さん既に統合済んでおるぞ」
血霧を発し、周囲に形成した槍を一斉発射して暴走中の龍に攻撃する。
ウパスよりも素早く効率的に身体の体積を削り、本体である女の身体が現れた。その肉体は、たった一つのみ。
「――ッハ!? わっ、私は、私はどっちに……!?」
「どちらでも無い、しかしどちらでもあると言える。キリがないと見ての。魂を三つに分けてやったが、上手い事一つが他を封印してくれたぞ?」
何の事は無い。
襲撃前の時間帯に、濡羽一族の面々は統合するか否かで相変わらず揉めていた。
特に、ミクラエル・ゲンフォード両名が。
遂に二人は喧嘩を開始。互いに戦闘不能へ持ち込んでから自分が主導権を握らんとガチの自分殺しを仕出かした。結果、執念が両方の魂を変質させて融解。互いに喰い合う行為を延々繰り返す事で、どちらも消えずに済むよう歪んだ形で願いが叶えられた。詰まる所は
その隙にケイン両名は逃走、その後に統合して戻ってきた事になる。
勿論ミキに敵を倒した自覚は無い。暴れてたら勝手に敵が自滅してたのか、程度の認識だ。
「……つまりどちらも消えずに済んだと言うことか。まぁそれはそれで、結果オーライだな。非常に悔しいが」
「うむ。問題はあやつよ」
「……信、か」
「かなり苦戦しておるのぉ」
ミキとケインが見上げる先には、超高速機動戦闘を繰り広げる信と侵略者の姿があった。
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