第32話「ペロとノラ」

 野良犬がアチコチにいた時代の話しだ。


 子犬のペロは、飼い主のミヨちゃんと一緒に旅行に出かけた。子犬のペロは、見るもの全てが珍しくて、ミヨちゃんから離れて居るうちに、迷子になってしまった。


 旅先でのこと、ミヨちゃん一家は一生懸命に探すがとうとう見つからず、別れ別れになってしまった。

 

 ペロは飼い犬、そして、まだ子ども。裏路地でトイレを済ませた時それは起こった。縄張りを侵された犬がペロに襲いかかったのだ。あっというまに、ペロはボロ雑巾のようになってしまった。


「うるさいぞ、ワン公!」


ガシャーンっ!


 投げつけられたビール瓶。通りががりの酔っ払いにペロは救われた。


 ペロはボロボロの体で公園へたどりつく。ベンチの下に潜りこむと、また犬がいた。


「ごっ、ゴメンなさい!すぐ行きます」


 ペロがあせって出て行こうとすると、止められた。


「まあ、休んでいけ!」


 ペロはそのまま、気を失った。次の日、目が覚めたペロは、挨拶をした。


「街の奴等にやられたんだな。傷が治るまでゆっくりしていけ!」


 助けてくれたのは、この辺りで野良犬をしているノラだ。


「みんな、俺をそう呼んでいる」


 ノラは、ペロの身の上話しを聞くと、自分は一緒に探しには行けないが、出助けしてはしてやるという。


 ノラの手助けはこうだった。まずは、ご飯の在りか。どうすれば、飯にありつけるか教えてくれた。


 縄張りの事。これは重要だった!作り方と、けん制の仕方を教わった。戦いの仕方では、同時に仲間の作り方を教わった。


「まずは、生きる力をつけていけ!」


 ノラには、飼い犬としての生き方ではなく、自分一匹で取りあえず生きていける為の仕方を教わったのだった。


 こんなペロみたいな犬は、良くいるらしい。ノラは、何度もそうやっては送り出しているとの事のだった。

 

 しかし、早くミヨちゃんに会いたいペロは、ノラに黙って出て行ってしまった。


 ノラに教わった通りに生活していったペロ。程なくケンカにも勝ってしまい、ヘンな自信をつけてしまった。

 

 そして、ペロは近道をしようと、あれほどノラに注意されいた、山道に入ってしまったのだった!


『街にいるうちはいい。だが、山には生まれながらの野犬がいる。襲われたが最期だぞ!!』


 ノラの言葉を思い出したが、もう遅かった。ペロを野犬が襲った!


「もうダメだ!」


 と、ペロが思った時に……




「しっかりしろ!」


 ノラの姿があった!ペロを心配して追ってきたのだった。


 ペロはノラのお陰で、何とか無事に山から逃げ出すことが出来た。それから、ペロは自分が来た方向、南を目指した。しかし、目の前には海があった。


「どうやら、ペロは内地の生まれのようだな」


 ノラは言った。さすがに泳いでは渡れない。海の向こうとあっては、身動きが取れなかった。しばらく港での生活になった。そのうち船に乗り込む方法を思いついた。


 そうだ船だ!


「よし!一緒に行ってやる」


 心配性なノラは、着いていくと言う。二匹をのせた船は海を渡った。途中、船員に見つかるなど、ひと悶着あったものの、無事に内地についた。


 内地の土を踏みしめ、二匹は歩きだした。

 

 ペロは南下しながら、ノラには昔、飼い主がいたことを知った。当時は、首輪も無く、放し飼い同然に飼われていたのが普通だった。ノラも犬小屋に普通に暮らしていた。


 時々、しばらく旅に出るのが楽しみだった。そんな事を繰り返していた生活。その日は突然やってきた。いつものごとく、家に帰ると……







 誰もいなかった。


 待てど、待てども、家主は帰ってこなかった。自分がいない間に、何があったんだろうか?しかし、ノラには分からなかった。


 そのうち、知らない奴らが出入りするようになると、ノラは追い出されてしまった。他の街に行こうかとも思ったが、いつかこの街に、飼い主が戻ってくるかもしれない。そう思って、あの公園にずっといるのだった。


 ペロ達の南下の旅も終わり、やがて二匹はペロの街に着いた。ペロが自分の街に帰ってくるまで、かかった時間は、ペロが子犬から青年になるまでの時間、1年半がかかっていた。


 自分の家を見つけたペロ。ノラはペロを気遣い……


「俺は、しばらくこの辺りにいる。ここは暖かいから、ゆっくりすごしてから、帰るとするよ」


 と、言った。


 家をのぞくペロ。そこにはミヨちゃんはいた!大きくなったペロに気づかないかと思ったが……


「ペロ!!」


 と、ミヨちゃんは、すぐに気づいてくれたのだった。飼い主のミヨちゃんに抱きしめられるペロ。だがしかし、家には新しい子犬がいたのだった。


 帰って来たペロを、家族は暖かく迎えてくれた。でも、自分には居場所があるが、必要とされているのかと考えてしまう。


 時々ペロは、家を出ては公園にいるノラに相談した。


「とにかく安心して生きれる。なにより、住める所があるのはよいことだ」


 と、ノラには言われるが、自由を体験したペロには家は窮屈だった。


 そして、ペロは決意した。

 

 それから、しばらく帰ってこないペロ。心配するミヨちゃん。


「一度野良犬になると、また野良になるんだよ」


 ミヨちゃんは、パパに言われた。


「パパも犬を飼ってたの?」


「ああ昔、高校生の時にね……」


 ペロはノラの所に戻った。ノラは暖かいこの街が気に入ったようだ。ペロはノラと、また生活をともにすることになった。しかし、このところノラには元気がない。


「大丈夫?」


「ああ……」


 ノラには分かっていた。もうじき、ダメになる事を。


「ここまで良く生きてこれた。満足だ……」


 ノラは深く息を吐いた。

 

 ミヨちゃんとパパは、新しい子犬と公園に来ていた。ペロは遠くから、その様子を見ていた。自由を知った犬、その世界で生きていける犬。パパは分かっていた。だから、ペロをつなぎとめなかった。


「よお!ペロ、元気にしてっか?」


 パパはペロに手を振った。友達に言うように。ノラは、その様子を片目を開けて見ていた。

 

 ほとんど見えなくなった目で。耳だけがクルクルと動いていた。それを見たパパはハッとした。


 あの動き……


「シャガール!?」


 パパはノラに言った。


「まさか、生きてるはず無いよなあ」


 パパが15の時の犬だ。野良になったらまず生きてはいまい。でも、あの特徴ある耳の動かし方……


 パパはノラに近付いた。ノラは気配を感じ威嚇した!でも……


 この足音……この声……ノラの心は踊った。


 飼い主のケンタくん?


 待ち焦がれた、この匂い。懐かしい。ノラは立ち上がると、ゆっくりと歩きだした。ご主人の所へ。


「シャガール!!」


 パパはノラを抱き締めた。パパはノラの足裏を見た。肉球の傷、間違ないシャガールだ!


 あの猛々しいシャガールがここにいた。


「生き抜いていたんだなあ」


 パパの腕の中で、安心しきったノラは……







 シャガールの表情になって、目を閉じた。

 

 その後、ペロは一匹で公園にいた。さてどうしたものか?行ったり来たりでいいようだし、そうやって生きてみようか?


ワンワン!


 声がする。可愛い雌犬がいた、どうやら野良犬らしい。


 ペロは走り出した。




 それから半年。近くの河原にペロ一家は住んでいた。時々、ミヨちゃんちに行っては、お菓子をもらう。パパがペロの頭を撫でた。


「お前も、とうとうパパだな」


 ペロは……


クウ~ン


 と、鳴いた。


 今は昔。良くみかけた、ありがちな犬の話だ。


おしまい


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