魔導士ジュノ・ネペンテスの暴件

ゴーストライター

第1話『プロローグ』

 誰かが言った。

〝人が想像できる事はいずれ実現する〟と。


 その日、懐かしいセリフを思い出しながら、これまで死をもっとも恐れてきた老人は腰を抜かしていた。

 かれこれ何百年と違法に体を取り替え、寿命を無駄に延ばしてきたが「まさか……こんなことが……」と、本当に腰を抜かしてしまう出来事に遭遇するとは夢にも思っていなかった。




 頭上を黒い矢じり型の宇宙船が通過していく――。


 冥王星に移住しておよそ50年――。

 人里離れて暮らしていた老人は、ちょっとした小遣い稼ぎにと近くの岩場に出掛け魔石掘りをしていたところ、赤ん坊を発見した。

 なにより問題なのはその発見の仕方だった。


 始めは、小遣いどころか家が買えてしまう魔石の発見だと思ったのだが、含まれているのは魔石特有のフラクタル構造の粒子ではなくその赤ん坊だったのである。

 当然もう死んでいるものと思い、老人は心を痛めた。

 きっと恥知らずの馬鹿な親が捨てたに違いないと――。そこからどうやって琥珀に閉じ込められた大昔の蚊のようになってしまったのかについては何もわからない。

 その時ふと哀れみが老人の手を動かした。

 腰を抜かす出来事はここで起こった。

 石のように硬質な膜に裂け目が走り、中から赤色の液体が漏れ出す。するとそれによって本来の色を取り戻した赤ん坊が突如泣き出したのだ。

(生きている……。こやつ生きているぞ!)


 今日まで思う存分自分勝手に生きてきた老人はこれを試練だと悟った。

(この赤ん坊さえ生かしきれば許される。これまでの事は全て……)

 日本の国籍を取得していた老人は、さっそく赤ん坊を養子に迎え入れる準備に取りかかった。


 ――とはいえ。

 たまたま出くわしただけの赤ん坊に悠々自適な日常を邪魔されては困る。テキトーに育ててある程度でかくなったら、施設にでも入れてしまおう。

 老人はぽりぽり尻をかきながらそう決意した。

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