ハッピーエンドについて、ご存じかしら。
ハッピーエンドについて、ご存じかしら。
それも、とびっきり多幸感あふれる物語のおしまい。
それはそれはロマンチックなパラドックスですわ。
だって、めくるめく非日常を紡ぎだすキャラクターの熱が冷えてしまったから物語は終わり、めくりめくった頁の果ては語る物なき日常へ帰ってしまうというのに、それを幸せと讃えるのは罪深いことでしょう。ぽっかり空いた胸の空白、いつまでも愛おしく抱きしめてみせて、焦がした心の芯が灰になるその日まで。
ああ、星空はひどく凍えていて。その旧き光を映したティーカップも冷えきっていて、それでも相も変わらずマロンタルトは温かいというのですから、たまりませんわ。そうやって甘いものを食べつづけていると、じくじくと仄暗い疼きが、わたくしの頬を蝕んで。
「ありあまる富を手に入れて」「いつまでも幸せに暮らしましたとさ」
「十年と描きつづけた絵を飾り」「いつまでも幸せに暮らしましたとさ」
「民の平穏な生活を遠く見守って」「いつまでも幸せに暮らしましたとさ」
時には予定調和のハッピーエンドを解凍して、ちょっと風変わりなスパイスを振りかけましょう。
「果つることなき妄想に囚われて」「いつまでも幸せに暮らしましたとさ」
「帰らぬ人を黄昏で待ちつづけ」「いつまでも幸せに暮らしましたとさ」
「取り残された村を壁で囲い」「いつまでも幸せに暮らしましたとさ」
そうやってハッピーエンドを求めて、身に余るハッピーエンドを消化しつづけるかぎり、ハッピーエンドを迎えることはできないのではないかしら。お仕着せのハッピーエンドを追いかけた少年少女が永遠を誓ったハッピーエンドの刹那、そこにはもうハッピーエンドは必要とされていなくて、祝福の手を叩きながらちょっとだけ哀しそうなハッピーエンドの隣にこそ、わたしくは寄りそっていたくて。
ねぇ、わたくしったらハッピーエンドに恋してしまったみたい。
生まれてから一睡もせずハッピーエンドのことばかり考えていて不治の病みたい。
だから、ときどき疑問に思ってしまうの。望み望まれたハッピーエンドは、本当に幸せだったのかしら.
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