そうだわ、お茶の時間にしましょう。

 そうだわ、お茶の時間にしましょう。


 これは幼さのケーキ。校庭で夕陽に濡れて、「次は負けないよ」って涙ぐんだ、そんな友情の味がする。

 これは切なさのケーキ。軒下で月光に濡れて、「置いてかないで」って涙ぐんだ、そんな失恋の味がする。

 これは愛おしさのケーキ。病院で朝日に濡れて、「よく頑張ったね」って涙ぐんだ、そんな生誕の味がする。


 どうかしら、定番の品揃え。

 あなた様のお口に合うといいのですけれど。

 億千の記憶から厳選した、生クリームの純白に映える彩りですわ。

 え、もっとビターなものをご所望とおっしゃいますの?

 それでは、こういうのはいかがでしょう。


 これは狂おしさのケーキ。校庭で血糊を舐めて、「今も愛してるから」って縋った、そんな被虐の味がする。

 これは果なさのケーキ。軒下で血痕を拭いて、「今も愛してるから」って呟いた、そんな妄執の味がする。

 これは痛さのケーキ。病院で血煙を吐いて、「今も愛してるから」って叫んだ、そんな殺意の味がする。


 もう。あなた様のお気に召さないなら、いただいてしまいますわ。ごちそうさま。


 どれも、どれも、わたくしの大切な欠片。

 しっとりしていて、甘く、柔く、すばらしい味です。

 だから、ときどき思ってしまうのです。こうしてケーキを嗜むわたくしは、こんなにもケーキのことを想いつづけているというのに、どうしてケーキになることができないのでしょう。

 ねぇ、そうでしょう。ケーキは嘘で、ケーキという実在は嘘であって、ケーキという実在がどこかにあるという信仰は嘘でしかなくて。甘みと舌触りの情報さえあればケーキは味わえるのに、わたくしのお腹はちっとも膨れる気がしなくて。

 寂しくなんかありませんよ。紅茶が一杯でもあれば、この世の全ては解決するのですから。


 ああっ、ところで。紅茶を飲み干したのは誰かしら.

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