13:肉食系オーエル
と、俺の口の中へ、いきなりエッチのヌメヌメした舌が入ってきた。
「んんっ、ん~~~っ!?」
な、なんだとつぜん!?
エッチは外にいたはずなのに、急に目の前にワープしてきたぞ!?
「ンにゅっ、ずチュぅぅぅぅぅぅっ……♡ ンむっ、れろれろれろ、ちゅぱちゅパ……ぁン♡ ねぇアナタ、いったい何をしているんですかぁ……っん♡」
「それはこっちの台詞ですよ! い、いきなりディープキスとか……びっくりするじゃないですか」
「エッチです。とつぜんおクチでご奉仕さしあげたほうが、より興に乗っていただけるかと考えたのですが……逆効果だったようですね」
やれやれ、とエッチは首をふった。そんなポーズをしたいのは、むしろこっちのほうなんだけどな。
「まぁいいや……。え、えっと、今、ネットで調べ物してたんです。モエカさんから返信来てて――」
俺は、携帯の画面をエッチに見せた。
『連絡ありがとうございます。うれしいです。私、美術部のある人が好きだったんですけど、その人もうウチの学校からいなくなっちゃうみたいで、もう私どうしたらいいのか――』
さんざん、つらさや悲しみが書かれた後で、
『告白しようかとも思ったんですけど、私、地味だし、見た目が暗いし。男性に見向きされるような人間じゃないので、もう諦めようと思ってるんです』
と、返信メッセージはつづられていた。
「エッチです。典型的な、恋患いですね」
「ええ。なので、もうちょっとモエカの見た目なんとかして、自信をつけたほうがいいんじゃないかなって……ちょっと、調べているんです。明日、彼女に教えてあげようと思って」
「エッチです。貴方の判断のもと、奉仕の道を進んでください。私はエッチです。
チュッ♡ と俺の口にやさしくキスをして、エッチは一瞬のうちに消えた。
もしかして、俺が呼び出したのって……。異星人じゃなくって、ただのキス魔だったんじゃあ……?
翌日の朝。
以前みたいに「エッチとキスしまくって遅刻」なんていう酷い醜態を晒す事もなく、俺たちはふつうに家を出た。
「エッチです。本日も、他者奉仕活動に邁進いたしましょう」
「あぁ、そうですね。よろしくお願いします。……ん?」
俺は早速、助けが要りそうな人を見つける。
「んぁ~~っ……ふぁぁぁぁっ」
眠そうな唸り声を発している、パンツスーツのOLが道端にいた。
両手にでっかいゴミ袋を抱えていて、キメキメな格好の割には微妙に猫背になっている。いかにも重そうだ。俺は、声をかけることにした。まぁこんなんでも、一日一善にはなるだろう。
「あのー、おはようございます」
「んっ? あーっ、君は近所の少年じゃないの! おはよう」
その女性は、モモさんという近所の人だ。名前が特徴的なので、覚えていた。俺と目を合わせた瞬間、表情は笑顔に変わったものの、目の下にクマができている。
「あの、凄く重そうですね。手伝いますよ。……っていうか、何か顔がやつれてますけど大丈夫ですか?」
「ええっ、うっそー!? そんな風に見える?! うぅ……なんかショックぅ。実はね、聞いてよ聞いてよー! 会社の同期がね、明日結婚式なのよ!」
「へぇ……おめでたいじゃないですか」
「ぜんっぜん、おめでたくなんてないのよっ! あいつ、男なんていないとか言ってたくせにっ! 急に結婚カミングアウトとか、ホントあったま来るわ! 昨夜は頭がモヤモヤして、全然寝れなかったのよ、もー最悪ぅっ!」
モモさんは、頭をガリガリ掻きむしった。両手のゴミ袋は、当然落っこちる。
袋の中身は……なんと、全てビールの空き缶! あまりに数が多く、袋が爆発寸前みたいにパンパンだった。もしかしてヤケ酒というやつだろうか。
なんというか、この人……不憫だ! その上イタい!
まぁ、ゴミ捨てくらい助けるけどさ。
「そ、それは……くやしいですね」
「そうなのよっ、もうくやしいくやしいクヤシイ~~~~~っ! あぁもうっ、男いる女なんて、みんなしんじまええええええぇぇぇっ!」
俺からゴミ袋をひっくり、バァンっ! と収集場所に力任せに投げ込むモモさん。怖いよ……。
「……まぁ、気をつけてお仕事行ってきてくださいね。それじゃ俺たちは」
「やだぁ~~~~っ、少年にそんな事言ってもらえるなんてウレシイ~~~~~っ! なぁんか、若い専業主夫をとっ捕まえれたみたいじゃない? やだぁっ……すっごい良い気分ん……んんンっ……♡」
「あの、俺はまだ結婚できる年齢じゃないですけど……?」
モモさんは、俺の言っていることを聞いていなかった。
「あ、そうだわ! 私さぁ、明日の結婚式ムカつくから、仮病で休もうと思ってるの。それで、家で一人飲みするんだぁ……ふふふ、ふふふふ!」
モモさんは、若干目がイッていた。と思ったら、急にニッコリして、
「よかったら君もきてよ! 一人じゃのみきれないくらい、大量に瀑買いしたから!」
どうやら、滝のようにビールを買いまくり、飲みまくるという意味らしい。
「だ、だから……。あのですね、結婚できない年齢なのに、酒が飲めるわけないじゃないですかっ。まだ高校生ですよ、俺は!?」
「酒は飲まなくていいからさぁっ、ね~おねがーい! お姉さん、一人じゃ寂しいなあ……一緒にお話ししましょうよー、そっちの親戚の女の子も、一緒に来ていいからさ!」
エッチは、「居候している俺の親戚」ということで、近所にも学校にも話が通っている。
「エッチです。アナタ、彼女は心の支えを求めていますよ。いまこそ、他者奉仕の機会ではありませんか?」
「う~ん……。なーんか、気はすすまないんですけど……まぁいっか。分かりました、明日の夜お邪魔しますね」
「やだぁ~~~っ♡ お姉さんチョー嬉しいぞっ! じゃあ待ってるからね、絶対きてね! というか、こっちから迎えに行って、引きずってでも連れてくからっ」
「ちゃ、ちゃんと行きますって!」
「やったーっ! 約束ねっ♡ それじゃ、バイバーイっ♡」
モモさんはウキウキして飛び上がりながら、バス停のほうへと消えた。明日はうっかり、酒を飲まされないよう注意しないと……。
ビール臭くなった両手をハート柄のハンカチで拭い、俺はモモさんの後姿を見送った。
放課後……。
俺は水泳部を休み、代わりに食堂の椅子に腰掛けていた。もちろん、エッチもいっしょだ。
やがて、待ち人が現れる。
「あっ、モエカさんじゃん。やあ」
俺は、何食わぬ顔で挨拶する。
が……実を言うと、ちょっとびっくりしていた。まるで、モエカさんが幽霊みたいだったからだ。
長い真っ黒な髪の毛が、垂れ下がっている。片目を、ほぼ完全に隠してしまっていた。
微妙に猫背気味で、表情もよくうかがえない。なにより、顔色が悪いのが絶望的にひどかった。
好きな人が転校だかをするというのだから、気持ちは分からなくもないけど……う~ん、これは俺の手に負えるのか?
「ど、どぅも、こんちは……」
モエカさんは、深々とお辞儀する。こっちが申し訳なくなる感じだ。
「あの、ウチのためにこんな、わざわざ話聞いてくれるやなんて……ホンマに申し訳ないです……っ!」
「い、いや……知り合いがなんかおかしい感じだったから、声かけてみただけだよ。そんなに肩肘張んないでって」
「は、はいぃっ……!」
「じゃあ、席どうぞ」
モエカさんは、おずおずと腰掛けた。顔は下を向けて、キョロキョロと落ち着かなく目だけを動かしている。だ、大丈夫かなあ……?
「……あ、俺なんか飲み物おごるよ。何がいい?」
「いっ、いえいえいえいえっ! そんな、ウチなんかに奢ったら、お金もったいないです! カノジョさんのためにとっておいてくださいっ!」
「かっ、カノジョ……? あ、エッチのこと?」
「え、カノジョやないんですか?」
「いや、カノジョじゃあないよ!? なんでそんな風に思うの!?」
「やって、友達から聞きました。俺くん、美人の転校生さんと、つきおうてるて」
隣に座っていたエッチと、俺は目を見合わせた。
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