124.少女、送別会をされる。

 天界への出発を明日に控えた前夜、魔法学校では盛大なパーティーが行われることになった。すでに大勢の生徒でにぎわう大広間に入ると、可愛いピンクのエプロンをかけた青年が両手を広げて出迎えてくれた。


「アンジェリカお嬢様、何とか間に合いましたよ。料理の準備は万端です!」


 晴れやかな笑顔を浮かべているのはあの地味な執事ウィルだった。主人であるアンジェリカは輝く装飾が施された広間を見回して一度だけ頷く。


「まぁまぁね、やけに張り切ってるじゃない」

「そりゃあ~ニチカ様の為ですからっ、ニチカ様が成敗してくださらなかったらお嬢様は今もあっちこっちを詐欺まがいの方法で旅をしたはずで――あぁぁすみませんすみません口が滑りました」


 ギロリとにらみ付ける主人に恐れをなしてウィルが縮こまる。

 まずいことに、彼が大声でニチカの名を呼んだせいで辺りの生徒たちの視線がこちらへ集まり出してしまった。


「ニチカって例の?」

「メリッサが言ってたユーナ様を復活させる精霊の巫女?」

「え、どれどれ、どの方なの?」


 興味津々な視線にうっと一歩退く。目立つのはあまり好きではないが、一発で見抜かれるようなオーラが無いのは喜ぶべきなのか悲しむべきなのか。

 少しだけ肩を落としたニチカはアンジェリカをちょいちょいと招きよせた。瞳を輝かせながら子犬のようによってきた彼女にそっと耳打ちをする。


「……頼んでもいい?」

「お任せくださいな! ニチカ様のためとあらばお安い御用!」

「声が大きいって!」


 くるっと反転したアンジェリカはコホンと一つ咳払いをする。懐から髪ゴムを取り出し両サイドの高い位置で赤い髪をキュッと結わえたかと思うとバッと両手を上げる。そして素晴らしくよく通る声で周囲に呼びかけた。


「皆さまごきげんよーっ!! 今まで黙っておりましたが、実はわたくしこそが精霊の巫女ですのよ!」


 つい数週間前入学してきたこの派手な赤髪の美少女のことは生徒達の間でもかなりの話題になっていた。やれ特別な事情があるんじゃないかとか、何かの任務のため身分を隠して滞在してるとか、いやいやどこぞの村で聖女を名乗っていたのを見かけただとか様々な憶測が飛び交っていた。


「ついに明日の夜明け、女神ユーナ様を復活させます! これで世界は安定を取り戻しますわっ」


 そんな期待値MAX状態の彼女が万を持してカミングアウトしたのだ。すぐに皆がわっと集まり彼女を取り囲んだ。その横にいた地味な少女のことなど誰も気に留めない。


「はいはーい、サインは一列に並んで。ちょっとウィル! 整理しなさいよ気が利かないわね」

「あわわわっ」


 人の輪から押し出されるように脇へ退いたニチカは苦笑する皆に迎えられた。立食用の皿を持ったシャルロッテがサラミをつまみながら言う。


「影武者ってわけね」

「無断で名乗られるのは困るけど、隠れ蓑にするのも手かなぁって」

「お前も悪知恵がついてきたじゃないか」

「あはははは、誰の影響かしらねぇぇ」


 グラスを傾ける師匠の前から同じものを手に取る。それが魔導酒だと気づいてギクッと跳ねた少女はそっとテーブルに戻した。


 その時、なぜかホコリまみれになったランバールが会場に飛び込んできて物騒な発言をかました。


「センパーイ! 爆弾もってないっスか! 爆弾! 一緒に打ち上げましょ!」

「ばっ……!?」

「あるぞ」

「なんで!」


 常備するなそんなもん、とツッコミを入れる前にウルフィがテーブルに前脚をかけ立ち上がる。


「花火あげるんだってー!」

「あらいいじゃない、ここは景気よくパーッとね」


 乗り気になったシャルロッテがグラスをテーブルに置いて腕をまくる。

 いや花火を上げるのは良い、だがどうしてそこに爆弾が必要になってくるのか。そしてなぜ荷物を漁りだす。


「エルミナージュの伝統行事よ。お祝い事があると空に向けて色付き爆弾を発射することになってるの。そりゃ~もう見事よぉ、なんていったって魔女科の生徒の力作ぞろいですもの」

「へ、へぇ、そうなんですか」


 なんだ、殺傷能力はないのか。なら安心――


 その時、少し離れたところですさまじい爆音が轟いた。


 料理と悲鳴と生徒が吹き飛んでくる中、ぎこちなくそちらに顔を向ければ隣のテーブルの上で爆弾らしきものが赤く膨れ上がっていくところだった。シャルロッテがアハハと笑いながら呑気に言う。


「うっかり地上で暴発して逃げ惑うまでがセットなのよ」

「ぎゃーーっ!!」


 やっぱりこの世界の常識には慣れない。

 ニチカはそんなことを思いつつ全力でその場を逃げ出した。


***


「っぷは!」

「キャンッ」

「ゲホゲホッ」


 テラスへの扉を開けてニチカ・ウルフィ・オズワルドの3人が黒い煙と一緒に飛び出してくる。その顔は煤まみれでひどく滑稽なものになっていた。


 ヒュンッ


「ひっ!」


 すぐ脇を室内から飛び出したロケット花火がかすめる。夜空に発射されたそれはパーン!と派手な音を立ててオレンジ色の花を咲かせた。

 そんなとんでもない状況だというのに、会場からはドッと湧き上がるような笑いが聞こえてくる。また爆発音が起こり窓ガラス越しに室内に花火が打ち上がるのが見えた。

 まだドキドキする心臓を押さえながらニチカは頭を振りたくる。


「もうっ、もうっ、もぉぉぉ~~~っ!!


 ……っふふ、あはは、あははははっ!!」


 ふいに笑いがこみ上げてきてお腹を抱えて笑う。ウルフィとオズワルドも同じように大口を開けて笑っていた。


 笑いは発作のように止まらなかった。おかしくておかしくて、たまらなく嬉しくて、どうしようもなく幸せだった。



 ひとしきり笑った三人はテラスの手すりまで移動する。ここなら不意打ちで巻き込まれることもないだろう。


「あー、この世界ってホントにヘン! 不思議でおもしろくて、大好き!」


 満面の笑みで振り返ったニチカの背中に夜空の華が咲く。ドー……ンと重たい音が消えた後、少女は改めて礼を言った。


「ねぇ二人とも、今まで本当にありがとう! 最初からここまで着いてきてくれて――ううん、連れてきてくれて。感謝してもしきれないくらい」


 その言葉に立ち上がったウルフィは大きくて暖かい体を少女の足にこすりつける。クーンと鳴くと尻尾をゆったりと振った。


「僕の方こそ、いっぱいいっぱいありがとう。ニチカが居たから僕もテイル村に帰れた、ご主人と旅ができた、ニチカが居なかったらずーっとあのままだったよ」


 最初に君を見つけたのが僕でよかったとウルフィは笑う。色んなものがこみ上げて膝立ちになりゴワゴワの毛を抱きしめる。この日なたのような匂いともしばしお別れだ。


「元気でね、ウルフィ。すぐ帰ってくるからね」

「そしたら今度は僕がニチカの世界に行ってみたいな!」

「うん、色んなものを見せてあげる」


 顔を見合わせてお互いエヘヘと笑う。その時彼を呼ぶ声がした。


「ウルちゃーん! 新しいお料理来たわよ~、コロコロ鳥の丸焼き!」

「リゼット村の!?」


 パッと踵を返したオオカミがヨダレを垂らしながら駆けていく。

 と、中へ入るガラス戸から顔をだしたシャルロッテと目が合った。彼女は口だけを動かし最後にパチンとウィンクを寄こすとウルフィと共に中に入っていった。


「『頑張ってね』って……」


 引きつりながらそれを見送る。横に居たオズワルドもばっちり読唇術で読んだようで軽く笑いながら欄干にもたれ掛かった。


「世話焼き婆かアイツは」

「あはは……」


 同じように手すりに手をかけ隣に立つ。ふと横を見ると視線が合った。


「いよいよだな」

「うん」


 今なら何でも言えそうな気がする。

 これまで出会った人たちを思い浮かべ、少女は微笑んだ。


「あのね……私、この世界に来れて良かった! みんなに――あなたに会えたからっ」


 同じように微笑みを返したオズワルドはニチカの髪に手をやろうとして――ピクリと動きを止めた。


「……見られてるな」

「う、うん」


 ガラス扉の影からチラチラと人影が多数こちらを伺っているのがバレバレだった。

 シャルロッテはもちろん、コロコロ鳥を口いっぱいに頬張ったウルフィ、瞳を輝かせたメリッサに至っては「いけっ、そこだ! チューしろチュー」などと小声で野次を飛ばしている。

 そのほかにも興味津々な生徒たちが押し合い圧し合い詰めかけついにはなだれが起きた。テラスにドドドと人が流れ込んで来る。


「あ、あはは、お邪魔しちゃったかしら~」

「いえ、そういうんじゃないんでお構いなく」


 手を顔の前で振りながら言うと、半目になったメリッサが手拍子をしながらとんでもない事を言いだした。


「キースッ、キースッ」

「ちょっ……」


 調子にのった周りの生徒たちもはやし立てるように乗り始める。真っ赤になったニチカは憤慨したように肩を怒らせた。


「もうやめてよっ、ホントそんなんじゃないんだから!」


 あなたも何か言ってよと振り向いた少女は師匠があらぬ方向を見ていることに気づいた。その視線の先は校舎の高い位置に取り付けられた時計で長針と短針がちょうど頂点でカチリと重なる。

 それを合図に細い音と共に一筋の白い光が昇っていく。心臓を震わすような音が響き夜空に特大の花火が咲いた。


「すごーい……」


 真上に咲いた華がゆっくりと落ちてきて、まるで夜空から吊り下げられたシャンデリアのようだ。

 赤、青、緑、そして白い光がキラキラと混ざり合い幻想的な世界に包まれる。


「え――」


 皆が振り仰ぎそちらに気を取られた一瞬、グイと引かれ唇が一瞬だけ重なる。

 顔を離したオズワルドは目を細めるとこちらの頭をクシャッと撫でた。


「続きは帰って来てから、な」


 その声を、その顔を、少女は決して忘れないだろう。

 滲んだ涙を散らしながら精いっぱい笑った。


「うんっ」

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