12ヒロイン症候群(シンドローム)

122.少女、た~まや~

 輝く湖面を滑るように飛んでいく。横目にサリューンの街を通り越し白さがまぶしい砂浜、そしてサリューン周辺の草原に入る。


 なだらかな丘のてっぺんが迫ったとき、タイミングを見計らったニチカは減速した雪鳥の背中から跳んだ。


「っと!」


 ズサッと草を擦りながら着地する。同じように跳んだ師匠が無駄無く横に着地する。チラとこちらを見ると感心したように言った。


「よく転ばなかったな」

「ふふん、私だって成長してるんです~」


 得意げに笑って胸を張る。

 旅を始めたばかりの頃はそりゃあ体力のなさや靴擦れや舗装されていないデコボコだらけの道に苦労したものだ。半泣きになりながら靴を脱いでつぶれたマメだらけの足に卒倒し掛けたのも懐かしい。

 今ではコツを掴んだのでちょっとやそっとの事ではヘタれない。疲れにくい歩き方、疲労の効率的な回復の仕方、残り体力の推測、さらには緊急時のとっさの判断などだ。

 その他にも固い地面での痛くならない寝方だとか、目覚ましがなくとも決めた時間できっちり起きる方法だとか、川の水から真水を作り出す方法、方角の推測、地図の見方など上げればキリがない。

 今ではそんじょそこらの女子高生よりよっぽど逞しくなった自信がある。


 ……ムキムキにはなっていない。念の為。


「ニチカーっ!!」


 懐かしい声に振り返ると茶色い巨体が全速力で飛びかかってくるところだった。慌てず騒がず前足を掴み少し重心をそらしクルッと回り勢いを殺す。

 トンッと地面に下ろしてやるとすっかり元のスリムな体型に戻ったウルフィがちぎれんばかりに尻尾を振った。


「おかえりおかえりおかえりーっ!! 元気だった? ケガはない? 精霊さまには会えた?」

「ただいま。全部バッチリ上手く行ったわ。そっちもダイエットできたのね」

「もうねー、お魚は半年くらい見なくてもいいかも。ううん三ヶ月くらい? 一ケ月にしておこう、うん」

「で、本当は?」

「……思い出したらちょっと食べたくなってきた」


 相変わらずのオオカミに笑いがこみ上げる。渡しのゴンドラからイの一番に飛び出してきたらしい彼にようやく追いつく形で一組の男女が丘を上ってきた。


「任務を遂行し、無事のご帰還こころよりお喜び申し上げます。なんちって」

「生きてるのよね? どこも欠けてないわよね?」


 おどけたように敬礼するランバールの横で、泣き出しそうな顔のシャルロッテが胸を撫で下ろす。彼女は駆け寄ってきたかと思うと弟とニチカを一度に抱きしめた。


「本当に良かった……無事に帰ってきてくれてありがとう」


 震える涙声にこちらまで涙がこみ上げる。横を見るとめずらしく照れたような顔をしたオズワルドが困ったように眉を寄せていた。

 その様子を見てニッコリ笑う、故郷は失ったかもしれないがこんなに大切に想ってくれる家族が居るのだ。一人ではない、孤独でもない、大丈夫。


「こりゃーっ、わらわも居るのに挨拶の一つも無しとは何事じゃ!」


 続いて空中に水分が集まったかと思うと青い幼女の姿が現れる。少し髪の毛を乱したルゥリアは肩でハァハァと息をしていた。そんな彼女にランバールはのほほんと片手を上げて尋ねた。


「あ、ルゥちん。地下の修理終わったぁ~?」

「馴れ馴れしいぞ小僧! いくらシルミアの跡継ぎだからといって精霊としては若輩者! 先輩であるわらわを敬え!」

「偉大なる万物の源である水の精霊ルゥリア様」

「うむ」

「祠の魔導球の修理終わったぁ~?」

「きぃぃーッ!! ばかにしておる! ばかにしとるじゃろ!!」


 そのやりとりを見ていたシャルロッテは口を開けて固まる。

 ルゥリアはそちらを向くと「ん?」と首を傾げて見せた。


「なんじゃ、おぬしも水属性ではないか。わらわの眷属じゃな、ちこう寄れ」

「言われずともーっ!!」

「ぐほぉ!?」


 タックルする勢いで水の精霊に抱きついたヘンタイ――失礼、可愛いものフェチは撫で殺す勢いで頬ずりを始めた。


「かわいいかわいいか~わ~い~いい!! 何なの!? 幼女のクセにその口調とか狙ってるの!? あざといけどそれが良いいいいい!!」

「ぎょぁぁああ!!」


 頬から煙でも立ち昇るのではないかと錯覚するほど頬ずりが加速していく。ついに耐えかねた精霊がシュルリとほどけた。


「ええい離せっ」

「あー……」


 そのまま少し離れた位置に再び形を取る。残念そうな顔をしたシャルロッテだったが嫌われたくないのだろう、それ以上は近寄って行かなかった。


 ホワイトローズから先にこちらまで来ていた水の精霊はこれまで例の地下祠にこもっていたらしい。怒りをしずめようと鼻息を吐いた幼女は現状を報告した。


「修理は大体終わった。というか単に魔導球に貯めといたはずのマナが底をついていただけじゃった。補充しといたからもう大丈夫じゃろう」


 ここで怪訝な顔をした彼女はアゴに手をやり考え込むような仕草を見せた。


「しかしおかしいのう、向こう十年は余裕で賄えるだけの量であったのに、なぜにあれだけ消耗が早かったのだ。今点検してもおかしなところは無いようじゃったし……」

「世界全体のマナの働きが弱っていたんだよルゥちん。だから異様に減りが早かったんだと思う」


 ランバールのその答えにも彼女は納得できないようだった。


「マナの働きが弱っとる? どこがじゃ?」

「うん、それなんだよね。ほらみて」


 その異変にはニチカも気づいていた。目を凝らさなくとも分かるぐらいに世界が輝いている。


 小高い丘の地表、流れる風の間、水の精霊を取り巻く青い光。

 世界に息づくマナたちが異様に増えている。魔導師ではないはずのウルフィにまでその姿はハッキリ見えているようだった。目を丸くしたオオカミがあちこちを嗅ぎまわる。


「わ、わ、何々? どこもかしこもキラキラしてるよ! きれーっ」

「半日くらい前からかな、世界中のマナの動きがいきなり活発化し始めたみたいなんだ。シルミアからも連絡があったよ、いままで姿を保つのが精一杯だったのに急に力があふれ過ぎて暴走しそうだってね」


 シャルロッテも同意見のようでそわそわと辺りを見回していた。


「実は私もさっきからホウキで爆走したくてウズウズしてるのよ~、どうしちゃったのこれ?」


 弱っていたマナたちがこれまでの反動で一気に動き出した? これが意味するところは何なのか。まぁ、胸騒ぎを感じるが活性化したのは良いことだ、たぶん。悪いことじゃない、と思いたい。


 そう結論を出した一行はそれぞれホウキを出してエルミナージュへと向かうことになった。イニからの伝言で、魔法学校の屋上に天界へ行ける道を繋げるとのことだ。


「わらわは先に行くぞ、生身の人のペースに合わせてなぞおれんわ」

「ルゥちん寄り道しちゃだめだぜ~?」

「拾い食いもしちゃだめだよ!」

「あぁぁぁルゥちゃんもっと私とお話しましょ~~可愛い女の子成分が足りないのっ」

「おぬしら、わらわを何と心得るかーっ、無礼にもほどがあるぞ!」


 ランバール、ニチカ、シャルロッテの順で言われ、完全にヘソを曲げた幼女はツンとそっぽを向くと空気中にほどけて消えた。見上げた空の一部が雨雲になりすごいスピードでエルミナージュの方向へと流れていく。


 そして残された生身の人組と肉体の枷がある半精霊は地道に飛び始めた。


「う~いよいよ大詰めって感じ。緊張するなぁ」

「そう言ったってお前のすることはもう無いだろ? その魔導球をイニに渡して終わり、地上で待ってても良いんじゃないか」

「ダメよ、ここまで来たら最後まで見届けたいもの」


 ホウキの房部分に後ろ向きになってあぐらをかいている師匠に振り返る。自分で飛ばないくせになんて乗り方だ。


「ニチカ~休憩しなくてヘーキ?」

「大丈夫、ウルフィこそ平気?」


 一人地上を駆けていたオオカミが見上げながら聞いてくる。彼は全力で走れるのがよほど嬉しいらしく軽く踏み切ってポーンと小さな川を飛び越えて見せた。


「ぜんぜんへっちゃら! 魔法学校までノンストップで行けちゃう!」


 軽く微笑んで前方を向く。先を行くシャルロッテとランバールの髪の毛が激しくうねりまるで生き物のようだ。


(全然疲れない、こんなにスピード出してる二人に余裕でついていけてる)


 ともすれば追い越してしまいそうになるのを堪える。ここに来て急に魔力の量が跳ね上がっている気がする。まるで外側から絶えず注がれているようだ。


「……」


 なぜか腹部がキリリと痛んだ。赤い光景が脳裏をよぎりホウキを握っている手に汗が滲み出す。


 苦しい、見てはいけない、思い出しては


「辛そうだな」


 後ろから響く低い声に幻覚が消え去る。胡乱気に振り向くと師匠は怪訝そうな目を向けていた。


「これだけそこらにマナが溢れてるんだ。意識して締め出さないと行き場を失った魔法が内側から爆発するぞ」

「うぇっ!?」

「しかもお前は四大精霊につながる魔導球を持ってるから余計にな。爆散したいというなら止めないが巻き込まれる前に降ろしてくれないか」

「勝手に殺さないでよ!」

「華々しく散るのを地上で見届けてやる」

「花火になれと!?」


 慌てて寄ってこようとする蝶たちにストップをかける。どうりで視界がぐるんぐるん回るわけだ。魔法の展開図式が使ってくれといわんばかりに頭の中を駆け巡っている。

 先ほどまで感じていたほの暗い予感が内部から圧迫するようなストレスに変わる。爆発させてしまいたい衝動をなんとか堪えながらニチカは飛び続けた。


 その時、先を行く二人がそろって変な声を出した。


「うげっ」

「あらまぁ、これはまたずいぶんと団体さんで……」


 何だろうと思い視線を上げると、広い草原の遥か彼方に黒い影が見えたような気がした。猛スピードで飛び続ける内にそれらが黒い服を着た集団だという事が分かりサリューンでの逃走劇が蘇る。

 魔女協会の連中だ。空中を飛び回っている魔女も含めればその数はざっと二百人を超えている。まだ距離にして5百メートルはあろうかと言うところで先頭に立っていた若い男がスッと片手を上げた。


 ――止まれ! さもなくば撃つ!


 拡声する道具でも使っているのだろうか、上に立つ者らしく深みのある声は平原に響き渡りエコーを響かせた。


 一行はとまどったように顔を見合わせ敵の射程距離ギリギリ範囲外のところでホウキを止めた。地上に降り立ち対峙すると代表らしいその男は挨拶もなしにこう切り出した。


 ――邪神殿をどこへ隠した!


「じゃしんどのぉおお?」


 立てたホウキの房に絶妙なバランスで片足をかけ、ふよふよ浮いていたランバールが口の端を歪ませてそう返す。なんのこっちゃとでも言いたげなその口調にオズワルドが助言を出した。


「あのファントムとか言う白いガキのことじゃないか?」

「『もしもーし!? 邪神だか魔王だか知りませんけどオカルト宗教はそちらで勝手にやっててくれませんかねぇ? こちとら急いでるんスよぉ!!』」


 風のマナに声を運ばせたのだろう、不思議な響きを伴ったそれは相手に届いたようでしばらくして返事が返ってきた。


 ――しらばっくれるな! 邪神殿はお前たちに会いに行くと言い残し消息を絶った!


「知らないわよ」

「私たち会いました。すぐにどこか行っちゃいましたけど……」


 シャルロッテにそういうと「ん~っ」と頭をかいていた彼女は隣の男にこう指示を出した。


「ランランしらばっくれましょ」

「『会ってませーん! じめじめ協会から逃げたんじゃないっスか~!!』」


 言葉を選ぶことをしない半精霊に、協会のトップは地団駄を踏み始めた。


 ――ええいクソッ、なぜ邪神様はこの大切な時期に居なくなられたのだ!!


 しかしそこで雰囲気を変えたかと思うと両手をバッと広げる。後ろに控えていた魔女たちがいっせいに長筒の銃を構えた。


 ――まぁいい、すでにディザイアは量産体制に入っている。見ろ! 新型も続々とできている! これさえあれば魔女協会が世界を制するのも時間の問題だろう!


「ラン君、声を届けてっ『もうディザイアなんてものを作るのはやめて!』」


 ニチカが叫ぶが、そんな忠告など相手はどこ吹く風でこう返してきた。


 ――黙れ精霊の巫女を語る偽善者め! 我ら魔女協会は世界の安定など望んでいない、むしろお前のような者は邪魔だ、マナが不安定な方が魔女道具の需要が伸びるからなっ!!


 彼らの周囲に紫色のもやが発生しだす。集団を形成した彼らには魔水晶など必要ないほど欲望に忠実なようだった。それを見ていたオズワルドが坦々と言った。


「見ろ。アイツらの中に妙にそわそわしている奴がいるだろう。たぶんヤツらはこんなことしたくないと思っているはずだ。だがそれを口にすることは許されない、そんなことをしたら今後魔女としての活動を一切合切制限される事になる」

「やりたくないことをムリに……」


 師匠の言葉に杖をギュッと握り締める。

 自分にもそんな思い出がある。みんながやっているから、やらなければ今度は自分が標的になるから。仕方なしに――


「そんな奴らを『助ける』にはどうしたら良いと思う?」


 突然の出題にニチカは首を傾げる。

 オズワルドはいつもの皮肉気な笑顔で答えを明かした。


「その方法は清廉な祈りでも綺麗な歌声でもない、多数派よりもさらに圧倒的な力」


 スッと行く先を指し示した師匠は迷いなく言った。


「ねじ伏せてやれ。強行突破だ」


 なんて乱暴なやり方なのだろう。

 呆れ半分、諦め半分で俯いていた少女は突然吹っ切れたように、拡声器など要らぬくらいに叫んだ。


「……お、押し通ぉぉおる!!」

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