38.少女、告白される。
「――ってことらしいんだけど」
屋敷に戻ってきた後、オズワルドの部屋に寄ったニチカは子供たちから聞いた話をそう締め括った(ちなみにウルフィはすっかり子供たちと打ち解け、今夜はそちらにお泊まりするそうだ)
「あのメイドが、ねぇ」
「花を枯らしてる犯人のヒントになった?」
「それなりには」
そのまま窓の外を向き、考えに没頭するオズワルドにニチカは聞きたいことがあった。
「バイオレットさんは自分のことをホムンクルスだって言ってたけど、それってどういう仕組みなの? 彼女は誰かに作られたってこと?」
確か出会った頃に、この男はホムンクルス生成キットも作ると言ってなかっただろうか。すると師匠は上の空でこう答えた。
「人工生命体はまだまだ未知の分野だ。俺も以前やってみたがスライムの出来損ないみたいな物しか作れなかった」
「ふーん、それ売れたの?」
「あくまで『生成キット』だからな。夢を買わせてやったと思っている」
「相変わらず詐欺まがいの商売を……」
呆れるニチカをよそに、男は独り言のように呟いた。
「だからこそ、あのメイドがホムンクルスと言うのは疑問が残る。この俺ができなかった完璧な人型形態を、なぜこんな片田舎の地主が所持している? 何か引っかかるな……」
「ねぇ、だからどうやって作るの?」
じれた少女が男が頬杖をついている窓枠に手をつく。そこでようやく意識を引き戻されたオズワルドは思ったより弟子との距離が近い事に少し目を見開いた。
「作り方? まぁ諸説あるが、俺がやったのはオーソドックスに数種類のハーブと、馬糞と、それから精え――」
「ばっ、馬糞!?」
美しいバイオレットと馬糞がどうもイコールで繋げなくてニチカは面食らう。
「うぇぇ、他に作り方ないの? たとえば、えーと人間の死体をそのまま使うとか……うっ、自分で言ってて気持ち悪くなってきた」
あまり想像したくない世界だと思っていると、その言葉に男が真顔になった。
「オズワルド?」
「……そういうことか」
「何か分かったの?」
だが男は「まだ確証が持てない」と教えてくれなかった。焦らされてむくれていた少女は、ふと違和感を覚える。
「そういえば眼鏡どうしたの?」
オズワルドはいつも街中に入る時は掛けている眼鏡を外していた。問われた師匠は途端にブスくれた表情になりこう答える。
「あの眼鏡小僧とキャラが被る」
「…………え、もしかしてマキナくんのこと?」
確かに彼も丸メガネをかけてはいるが……だから何だと言うのだ。
「あっきれた、子供じゃないんだから」
「気分の問題だ、ほっとけ」
「もー、なんでそんなに突っかかるのよ」
そう言うと男はジト目でこちらを睨みつけてくる。
「な、なに?」
一瞬ひるむと、それはそれは深いため息をつかれてしまった。
「……なんでもない」
「そう? それじゃあ私そろそろ部屋に戻るから」
部屋の扉に手をかけ押し開けようとした時、唐突に後ろから声が飛んできた。
「ここで寝てもいいんだぞ、添い寝してやろうか」
「っ、冗談! ちゃんと一人用の部屋貰ってますから!」
さきほどの『お仕置き』がフラッシュバックして慌てて後ずさる。耳まで真っ赤なニチカの考えなどお見通しなのか、オズワルドは鼻でフンと笑い飛ばした。
「何を警戒してるんだか、安心しろお前の誘惑なんぞたかが知れてる。少なくとも俺は引っかからない」
「~~っ、っるさい! このセクハラ魔!」
叩きつけるようにドアを閉めた少女は、そのまま足音も荒く自分の部屋へと戻ろうと歩き出す。
(ムカつくムカつくムカつくぅぅぅ!! そりゃ私に色気があるとは思えないけど、あんなことまでしておいてぇぇっ、敵だ! アイツは女の敵だ!!)
鬼気迫る表情で歩いていた少女は、ふいに階段の踊り場で声をかけられて飛び上がるばかりに驚いた。
「ニチカ? そんな怖い顔でどうしたの」
「うわっ!?」
驚いて見上げるとマキナがこちらを見下ろしていた。風呂上りなのかタオルをかぶった彼は、後ろで束ねていた髪を下ろしているので少しだけ印象が違う。
「こ、こんばんわ。って、え、怖い顔?」
「今にも人を殺しそうな顔をしてたよ」
「……」
朗らかに笑いながら言わないで欲しい。花も恥らう乙女がそんな表情をしていたなんて、ますます気分がどんよりと落ち込むのだった。
「ちょっと話がしたいんだ。上まで出よう」
「上?」
***
マキナに連れられるままに階段を上る。一人がようやく通り抜けられそうな幅の扉に突き当たり、うながされるままに開ける、と。
「うわぁぁ」
爽やかな甘い香りと共に素晴らしい光景が飛び込んでくる。
輝く夜空の下、屋敷の屋上に青い花が咲き乱れていた。透けるように繊細な花弁の花は手のひら大の大きさで、中心からキラキラと光がこぼれている。どの花も満開で、月あかりの下で息を呑むほど幻想的な一面が広がっていた。
「月光花って言ってね、夜にしか咲かないんだ」
「……」
言葉を発することすら忘れる少女に青年はクスリと笑う。手元にある一輪を手折るとニチカの髪にそっと差し込んだ。
「よく似合う」
「あ……」
染まり始める頬に手をあて、マキナは言った。
「君の本当の気持ちを聞かせて欲しい」
「私……の」
「ここに留まってくれって言うのは、迷惑?」
「そんな、迷惑だなんて。気持ちは嬉しいけど……」
どこまでも幻想的な風景が心をうっとりとさせる。咲き乱れる夜の花園での逢瀬なんて、かつて思い描いていた理想のシチュエーションだ。
言い淀む少女を見つめ、彼は吸い寄せられるように顔を近づる。ニチカもまた反射的に目を閉ざす。
――あの小僧は種の誘惑に引っかかってるだけだ。
「っ、だめ!」
ふいに師匠の忠告が蘇り、ギリギリのところで押し返す。ハッとしたニチカは慌てて顔をあげる。青年はひどく傷ついたような表情をしていた。
「あのっ、ごめん! マキナくんが嫌いなわけじゃなくて、そのっ」
「やっぱり、彼が好きなのかい?」
「彼? 彼って……オズワルド!? なんで!?」
叫ぶように言うとマキナは気まずそうに視線をそらした。
「ごめん、さっき見てしまったんだ。ニチカが彼とキスしてるところ」
見られていたという事実に羞恥がこみ上げる。口をパクパクさせる少女を見ていたマキナは切なげに笑った。
「やっぱりそうなんだね」
「ちっ、違うの! これには複雑な事情が」
「事情?」
なんとかごまかそうと思考をめぐらせるが上手い言葉が出てこない。しばらくして観念したニチカは肩を落とした。
「マキナくんはフェイクラヴァーって知ってる?」
洗いざらい打ち明けた後、マキナは複雑な表情でニチカを見つめていた。
「そんな呪われた植物があるだなんて、驚いたな」
だがどこかホッとしたような顔でこう続けた。
「それじゃあ僕にもまだ望みはあるわけだ」
「!」
ニチカの手を取った青年が真摯な眼差しで見つめてくる。そこにはからかいの色も、見下したような気もない。どこまでもまっすぐに見つめたマキナは心からの言葉をくれた。
「ニチカ、君が好きだ。その奇妙な病気が治るまで――いや、治っても僕があの師匠の代わりになりたい」
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