第25話
緊急用電話が鳴り響いたのは、実に久しぶりの事だった。
欠伸をしつつ、喚き散らす黒い電話の受話器を取った。
「はいはい、ヴィント総領主席ですわよ」
『カルディナ様ッ! どういう、なにが、何が起きてるんですかっ』
声の主は随分と鼻息荒く、目の前に居れば眼前にまで詰め寄る勢いだった。ちらりとカルディナが回線番号を確認すれば、サラーズラドの市長のナンバー。また交易系でもめたのかと、若干呆れつつ、長い橙色の髪を指にくるくると巻き付けながら机上の別件の資料を捲る。
「新しい輸入先と揉めたのかしら? そう言った類はそちらで解決なさいと何度も……」
『グリードフェルクの末裔は、最北で拘束してたんじゃなかったんですかッ!』
ぴたりと、資料を捲っていた手が止まる。
グリードフェルク。その名は記憶に深く深く刻まれた、とある一族の名だ。魔族を統べるだけの能力を与えられた、精霊の加護を受けることを許された、かつての統治者。
「酪農家として立派な牛乳でも貴方の街に提供して、経済に影響するほど経営拡大したって話かしら」
『まさか! それならむしろ歓迎……、ではなく! 我が街に現れて、私どもの街の安全を脅かしている始末ですよッ』
現サラーズラド市長の性格は、カルディナもいい加減把握している。目立つことが好きで、地位に胡坐をかいて居る様な存在だ。そもそも人として器が小さいというのに、よく市長を続けられているものだと、若干感心してしまいそうなほどだ。
「ただの粋がってるだけの魔族なんじゃなくて? たまにいるでしょう?」
『そこらの魔族が、二種もの精霊術を使えるなんて聞いたことがありませんよ!』
確かに一理ある話だった。どんなに優れた魔族でも、血統に縛られて精霊術は一つしか使用できない。例外は、ただ一つ、グリードフェルクの一族だけだ。見間違いや勘違いでなければ、市長の主張は否定できないだろう。
『奴らは再び我らを支配する気なのではないですか! 早急に、早急に対処をお願いしますよ! 魔族など根絶やしにすべきだと、貴方も思っているでしょうが!』
「それは貴方の見たものの真偽を確かめてからにさせてもらうわ。それに、いきなり魔族根絶なんて高らかに叫んだら、それこそ困るのは貴方の街からじゃないかしらねぇ」
うぐっ、と受話器の向こうで唸る市長。サラーズラドの街が一番魔族を使役している。もっと正確に言えば、魔族なしでは効率的な仕事が出来ないほどに、その労働力に依存している。
いきなり魔族根絶など謳えば、下手をすれば反乱がおきるだろう。
そして彼らはもれなく精霊術を使える。それは人間が扱う魔術とは一線を画した、圧倒的威力だ。団結されれば街一つ滅ぼすなど簡単だ。脅威はカルディナも良く知っている。
「とにかく、貴方はその街の市長として経済を回すことに集中なさい。くだらない自尊心や、魔族迫害を加速するような真似は慎む事ね。……仮に本当の魔王の血統ならば、貴方程度一ひねりよ?」
『りょ……了解しました。頼みます……どうか、どうか我らに平穏を』
「安心なさい。全てはゴート神の御心のままに」
返答を待たず、受話器を置く。
「……グリードフェルクが動いた。可能性がなかったわけじゃないけれど。おかしいわねぇ」
椅子からひらりと立ち上がる。漆黒の緩いローブを揺らして、背後の大窓を開けた。
そろそろ、陽が沈もうとしている街並みが見下ろせる。整然と並んだ、大都市の光景。
その都市を囲う防護壁の向こう側には、黒い城塞。最早兵士の遊び場と化していると聞くが、カルディナが咎める必要はない。動くべき時に、動けないほどに落ちぶれているならば、それは今までの失策であり、それまでの話だ。
「ふふ。ブランディールには報告しておく必要がありそうね」
いつぶりかの連絡相手に、思わずカルディナは笑みを浮かべた。
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