第17話

 店先で雨衣を脱ぎ、じっとりと重くなったそれを小脇に抱えながら、オレンジ色の淡い光が漏れる店の扉を押し開ける。


「いらっしゃいませー!」


 明るい女性の声が迎え入れてくれた店内は、人で溢れていた。夜の雰囲気へ切り替わった店では、すでに酒臭さが充満している。あるいはこの店は日中でもそうなのかもしれないが。


「三名様ですか?」


「ええ。出来れば風通りのいい席があれば、そこにしてもらいたいわ」


「じゃあ奥へどうぞ」


 快活な笑顔を浮かべた黒髪をポニーテールに結い上げたエプロンの女性が、雑音をすり抜けるようにして席へと先導する。

 追いかけようとして、不意に背中を掴まれる小さな感覚に慌てて振り返る。軽く視線を落とせば、脱いだ帽子と雨衣で口と鼻を覆ったフェブリスがじっと見上げていた。見るからに顔色が悪く、ともすれば泣きそうだった。特有の酒の香りが、嫌なのかもしれない。


「食べたらすぐ出ようか」


 こくりと、無言でフェブリスは首肯する。相当匂いがきついのだろう。すでに店員についていくリリヴェルを、オーヴスはフェブリスの手を引いて歩き出す。その手が微かに震えている気がした。笑い声とグラスのぶつかり合う音で、その場で確認する余裕はなく。

ほどなく案内された席で、真っ先に一番窓に近い席を陣取ったフェブリスが、ようやく大きく息を吐き出す。丸テーブルの真ん中では、オイルランプの優しい光が零れている。天井からの照明は夜間モードか、やや薄暗い。


「……酒臭ぇ……」


「確かにちょっときついわね。早く食事をすませて、教会の宿泊施設のお世話になりましょ」


 女性店員が去る前にメニュー表から適当にいくつかオーダーし、リリヴェルも腰を落ち着ける。オーヴスも空いた席に腰を下ろすと、軽く息を吐き出した。


「流石に、四日も野宿繰り返すと疲れるもんだね」


「そうね。途中で出くわした魔物たちが賞金該当種だったら少し稼ぎになるんだけど」


「確かにね。……フェブリス、大丈夫かい? 顔色が悪いよ」


「……だいじょぶ」


 力なく答えたフェブリスは、真っ青な顔で口を堅く引き結んでいた。フェブリスの背後にあった窓から湿った風が、吹き込む。それでも幾分匂いが拡散したのか、ほんの少しだけフェブリスの表情に余裕が戻った。


「それにしても……クルトの町よりもはるかに大きな街だね、ここは。一日じゃ歩き切れそうにないくらいだ」


「ヴィント・アイル地方でもこの港町は一番大きな貿易港で、漁港だもの。明日はゆっくり散策するのも悪くないと思うわよ」


「うん、そうしよう。あ、あとギルドも一応顔を出して、だね?」


 くす、とリリヴェルは小さく笑って首を縦に振る。


「分かってきたじゃない。まぁ、資金に十分な余裕があるなら必要ないんだけどね。ここから先、物価も上がっていくだろうし、ここで一気に稼いでいくのも悪くはないと思うわ」


 同意を得たオーヴスは、思わずほっと胸を撫で下ろす。間違った選択ではない、という後押しは有難いものだ。

 ほどなく、先ほどの明るい店員が温かな料理と共に、溌剌とした声を張り上げて調理したての料理を運んできた。魚介に溢れた新鮮な食事に、緊張の糸がするするとほどけていく。

 ただ一人、フェブリスだけは口数少なく、口にした量も少なく感じたが、瞬く間に皿から料理は消えていった。

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