第316話 自分の思考を垂れ流すタイプ

「では、これから各自の従魔を召喚して貰います」

 亘は軽く手を挙げ注目を集めた。

 そろそろ状況や参加者にも慣れてきたので、緊張度合いも収まってきている。視線を人に向けず、背後の壁に向けている効果も大きいだろう。

「番号順にて一人ずつ別室で行います。危険はほぼありませんが、念の為に立ち会いますので安心して下さい」

 システムを開発した法成寺の言では、危険性は殆んどないが皆無ではないという事だ。

 デーモンルーラーはワクチンのようなもので、悪魔という毒性のある存在を無害化や弱体化させ、これを使用者の精神を媒介にして召喚し使役する。だから心に強い闇を抱えた者が召喚すれば、想定を逸脱した存在が現れる事は十分に考えられるらしい。

 その危険性は極めて低い。

 しかし、それでも危険性があるのならば、それを過大に心配し危惧するのが組織というものだ。特に行政機関はその傾向が強い。馬鹿馬鹿しくも無駄な対応に思えるが、そうさせるのが社会であり一部の極端なクレーマーなのだ。

「番号順で行いますので呼ばれた方から――」

「はーい、いいですか」

 この場の中で一番のクレーマーと言うべき入鹿の声に、亘はうんざりした。

 それを表情と態度に出さないようにするには、これまで身に付けた社会人スキルを総動員せねばならない。この短時間の付き合いだけでも、それぐらいの気分にさせられていた。

「どうぞ、なんでしょう」

「自分ら、従魔がどんなだか知らんですけど。いやね説明はありましたよ。けど、なんだか分からん。ワンチャン実物見せて欲しいですよね。やっぱ、そういう筋を通すことって大事でしょ」

「はあ……筋ですか」

「それに俺ってプライド高いから。志願までして来てやったってのに、そういう筋も通さん適当な扱いとかされると、やる気が出ないんで。まっ、言うほど、俺はプライド持ってないんだけどね」

 甲高い声に甲高い笑い声は、耳障りなほどだ。

 きっと入鹿自身が、仕事で筋を通さず適当にやって怒られた経験があるに違いない。それを執念深く覚えていて、どこかで誰かに同じことを言ってみたかったのだろう。そうした背景はミエミエでバレバレだ。

 しかし亘は頷いた。

 態度も言葉も気に入らないが、しかし言っている内容には一抹の理がある。感情だけで相手の意見を却下するなど馬鹿馬鹿しい。少なくとも自分がされて嫌だったことを誰かにしたいとは思わない。たとえ相手が嫌いだったとしてもだ。

 ちらりと見ると志緒は肩を竦め、ヒヨは困った様子で頬に指を当てている。

「確かにそうですね。ただし従魔は個人によって差異が大きいので、あくまでも参考程度ということですが……おいで」

 亘は声をかけ、指先で軽く差し招く。


 それまで窓辺で外を眺めていたサキが瞬時に反応し、机の間をころころ走ってやって来た。嬉しそうに飛びついてくると、それを慣れた様子で抱え上げる。

 先程から会場をうろちょろしていたサキは、誰もが気に留めていた存在だ。整いすぎたほど整った顔立ちに緋色の瞳。少し黒い房の混じった金色の髪。その綺麗で可愛らしい姿は、皆が思い描いている悪魔とはあまりにもかけ離れすぎている。

 だから、従魔の紹介にどうして女の子を見せているのかと不思議そうだ。

「自分の従魔です」

 皆の疑いの眼差しが強まる。

「あれぇ、おかしいぞ。マジで? その子が悪魔?」

「実際に従魔で悪魔ですが……」

「マジで? 俺が思っとったんと、全然違うんですけど。それで悪魔ってなら、ヤバいわ。明日から俺も誰かに悪魔だーって言われて、悪魔扱いされるかもしれんわ」

 小馬鹿にした口調は腹立たしいが、その感情抜きにすれば、一理程度はあった。

 皆の前でサキは澄まし顔で、自分が悪魔と証明する気など皆無である。それどころか、亘が『自分の』と言った辺りで幸せ笑顔になって頬ずりするばかり。ただの可愛い女の子状態だ。

 これが神楽であれば、その姿だけで簡単に信じて貰えたに違いない。ただし、その場合は人見知りを生じ隠れたに違いないだろう。

 サキに命じて入鹿を叩きのめさせ床にひれ伏させれば、証明になるかもしれない。それをすれば、今の生活と立場を投げ捨てねばならず、言わば最後の手段だ。分かっていても、その素晴らしい案の誘惑を抑えるには、そこそこ努力が必要だった。

「まあ、確かに見た目では分からないですか。では、とりあえず……」

 亘は机上にあった電卓を手に取った。床に下ろしたサキの前で動かせば、その目がキラッと輝く様子が確認できる。続いてガラッと窓を開ける。

「とってこい」

 窓から大きく放り投げた。

 サキが跳躍。

 その小さな身体が三階の窓から身を躍らせると、室内の者たちは思わず窓に駆け寄った。

 皆の見つめるまえで、サキは敏捷に動き木の枝を足場として跳び、巡回中だった防衛隊車両たちを飛石代わりに踏みつけると、日射しの中を飛ぶように走って電卓を追いかける。運転を誤った車両が生け垣に突っ込んでいるが、少しも気にしない。

 ジャンプ、キャッチ。

 着地と同時に地面の上を滑り制動をかけ、最後に前方にあった壁を蹴って反転。髪を靡かせ、まっしぐらに走り抜け、亘めがけ跳躍した。


 亘は凄い勢いで飛び込んできた小さな身体を受け止めた。

 周りが呆然と見つめる視線など意にも介さず、その腕の中でサキは電卓を差し出す。

「んっ!」

 もう一度やって欲しそうに目をキラキラさせている。

 あまりにも人間離れした動きと素早さを見た者たちは、このサキが悪魔であることを納得したに違いない。亘は満足した。だがしかし、皆が見ているのはサキの頭に現れ出ていた獣耳と、パタパタ機嫌良く動く尻尾だった。

「俺、間違ってたわ。マジで悪魔か? しかも、あのポスターの獣っ子やんけ!? おお凄えぞ、俺は今めっちゃ感動してるわ。ぱーぺき、これぞあるべき悪魔ちゃんの姿。ちょー、マジでそんな悪魔が喚べちゃうわけかい?」

 感動しきった入鹿の声に、亘はなんとなく困った。なぜならサキは押し掛け従魔であって、デーモンルーラーによって召喚したのではないのだ。

「サキの存在は特殊です。召喚で、どんな存在が召喚されるかは分かりません」

 そう答えるのは、はっきりとした嘘は吐きたくなかったからだ。

「あー、そういう! ガチャで言えばSSRかURかい。くうっ、課金百連爆死をやっちまった悪夢が蘇ってくるぜい。でも俺はワンチャン諦めねぇ! 簀戸君、聞いてくれい。俺はマジやるぜ」

「はあ、そうですか」

「任せてくれい。俺やっちゃうよ」

「どうぞ、頑張ってください」

「めっちゃ可愛い悪魔を喚んだら、いきり散らしてくれる」

 騒ぐ入鹿を見やりつつ、亘は疲れた気分で息を吐いた。

 鬱陶しい人間を相手にすると疲れた気分になるのは、心の中にその相手が入り込んで付きまとうからだろう。憑かれたという言葉が、疲れたという言葉の語源であるという説は、随分と納得できてしまう気分だ。

「それでは召喚をはじめます。一番の方からどうぞ」

 このデーモンルーラーというシステムは、極一部にしか知られていないが、使用者の心を――トラウマやら何やらを含め――反映させ、召喚した悪魔の形をとらせる。それであれば、この無邪気にはしゃぐ入鹿がどんな悪魔を召喚するのか。

 亘は疑問と興味を抱き、心を紛らわせながら仕事を再開した。


◆◆◆


 参加者の大半は素直で、志願制だけあってやる気もあって、亘に対し素直に従ってくれる。何人かの召喚に立ち会ったが、特にトラブルらしいトラブルも無く順調に召喚が行われていった。

 ただし、喚び出された従魔はあまり強そうではなかった。

 まだレベルが低いという事もあるのだが、なんと言うべきか頼りない印象なのだ。この辺りは、システムが簡易化されたことの影響と考えられそうだった。何人がものになるか、それが疑問である。

 余計な事を考えていたのは、気を紛らわすためである。

 召喚を終えた者が出て行き次の者が呼ばれ、亘は相手の顔をみて気合いを入れた。

「十八番の入鹿さんで、よろしいですね」

「ういっすー、しくよろでーす」

 入鹿は力加減も考えずドアを閉め、靴底で床を蹴るように入って来た。

 若い頃にありがちな、アウトローっぽさの演出なのだろう。単に育ちが悪いという印象しか与えない事に思い至らない点こそが、若さ故の過ちに違いない。

 そうした態度をすれば、それ相応の対応をされて当然であり、もちろん亘もそうする。

「自分の悪魔、つまり従魔の召喚となりますが特に危険はありません」

 素っ気なさを感じさせない程度に、淡々と事務的な対応だ。

「スマホの電源は入っていますね。後はシステムの中の召喚ボタンを押して下さい」

「マジ凄くね、こんなんで悪魔使えるとかさあ。というか、俺が凄いのか」

「では、始めて下さい」

「うっす!」

 入鹿は御機嫌な様子でスマホを弄りはじめた。

「えーっ、なんやこれ。システム周りおかしくね。センスなくない? なんでこうしちゃうのー、ってレベルやな。意味わかんない。でも、こういうのも、ワンチャンありかもしれん。俺には分からんけど」

 どうやら自分の思考を垂れ流すタイプらしい。

 一歩引いた亘は、テーブルに腰掛けるサキの髪に指先を梳き入れ、撫でながら手触りを楽しむ。そうやって気を紛らわせ、耳障りな独り言を聞き流し待機する。

「よし、いよいよ召喚してやっぜ!」

「あまり構えず気楽にどうぞ」

「なるほど気楽にか。よしっ、舐め腐った軽い態度で召喚してやる」

 何をどう勘違いしたのだろうか、入鹿は――それが舐め腐ったという態度なのだろう――海老反り気味に上を向き、スマホを頭上に掲げ持った。

「来いよ、スーパーウルトラレアもん。可愛いのが来たら、ワンチャン何だって頑張ってやっから。いざ召喚やっ!」

 スマホが光を放つ。

 光が収まると入鹿の前に一体の従魔が現れていた。

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