閑11話 異常事態発生

――ある研究員の人生

 キセノン社の筆頭研究員である法成寺卓。

 DP関係の仕事をする中で最古参であり、新藤社長とは会社設立時からの付き合いになる。むしろ、法成寺にDP関係の研究をさせるため、キセノン社が巨大化していったとも言えた。

 それに応えるように法成寺は精力的にDPに関する研究を続け、おかげで今では国内のDP研究者としては第一人者となり、海外からも一目置かれる存在となっている。


 しかし彼の研究人生は平坦なものではなかった。

 元々、法成寺は物理学を専攻していた。だが、彼の師事していた教授がDPの存在に気付いてしまったことで運命が大きく変わってしまう。師弟揃ってDP研究にのめり込み、教授が異端として学会を追放されると法成寺も大学を放逐され、研究者としての運命を閉ざされてしまった。

 しかしそれでも教授と共にDPの研究を続けた。それは半ば意地だった。自分たちの発見を世間に認めさせようと、様々なアプローチをしたが、その尽くが失敗してしまう。

 やがて落胆しきった教授が失踪してしまい、法成寺は文字通り全てを失い自らの死を考えるまでに追い詰められてしまう。


 そんな時に声をかけてきたのが、ベンチャー企業を立ち上げたばかりの新藤であった。

 新藤はDPと異界、そして悪魔の存在を伝えてくれた。けれど失意の底にあった法成寺は、それが自分をバカにした戯れ言と思い激昂して新藤に殴りかかったのだった。

 法成寺の拳を平然と受け止めた新藤が人外のものへと変じ、戯れ言と思った内容が真実であると知ったのだった。その時の驚愕を、法成寺は今でも鮮明に思い出すことができる。

 そして、教授と自分を学会から追放し、さらには研究やその成果の公表が失敗するよう仕組んだのがアマテラスという組織だったことを知った。

 復讐に燃えた彼がつくりあげたのが、アマテラスという退魔組織の存在意義を根幹から揺るがす悪魔召喚使役アプリの『デーモンルーラー』であった。


◆◆◆


 法成寺は仕事場でほぼ寝起きしている。社畜とかではない。彼にとっては、DPの研究こそが生き甲斐であるし、研究場こそが一番くつろげる自分の部屋であった。

 そのため彼の研究所の一室は、思うがまま雑多なものが置かれ積み上げられている。もちろんDP関係の資料だけでなく、彼の趣味のものもだ。

 ゲームやアニメのフィギュア、山と積まれた二次創作冊子。巫女関係のグッズや巫女装束のマネキン。怪しげな像や古文書に鎧兜など、カオスな空間である。

 乱雑に物が散りばめられ、足の踏み場もないような状態でも法成寺にとっては快適な空間だ。

 会社の一室を私物化するが、そうした無駄や自由さこそが、新たな発想を生み出し結果に繋がるというのが法成寺の主張だ。実際に結果を出しているので他の研究員はもとより、新藤社長も文句を言ったりはしない。

 文句を言うのは、社長秘書の藤島女史ぐらいだ。

 時折やって来ては彼女が注意して、それを法成寺がのらりくらりと相手をする。逆に勝手に部屋を片付けだそうとする彼女に法成寺が文句を言い追い出す。

 それが恒例化しており、他の研究員が今回はどれぐらいの時間で終わるか賭けるぐらいのイベントごとだ。

 今ではそんな幸せな充実した日々を過ごす法成寺だった。


 そんなある日のこと、珍しく共同研究場で新システムの構築をしていた法成寺のもとに一通のメールが届いた。メール自体は珍しくもないが、差出人を見て片眉を上げる。

「おやこれは……あー、五条さんのメールですかー。えっとなになに? 銃のお礼? ははあ、こないだ送った例のアレですか。お礼とは、なかなか律儀な人ですねー」

 法成寺が独り言を呟くのはいつものことなので、他の研究員がそれを気にする様子はない。作業の手を止め、鼻歌まじりに添付ファイルをセキュリティソフトへと通す。半分裏社会のような仕事に足を突っ込んでいるため、セキュリティ対策は念入りにするよう心がけている。

 甘ったるいホットチョコレートドリンクをマグカップで飲みながら、スキャンの結果を待つ。

「ウィルス関係はなしですねー。まあ、そんなのがあれば、届く前の段階で消されますけどねー。ふひひひっ」

 怪しい笑いをあげ、法成寺は添付ファイルの動画をさっそく再生した。

 五条相手に装備を送ったのは、その従魔がフィギュアみたいに可愛らしく、しかも巫女装束だったからだ。後は社長の新藤が一目置いた存在というのも理由だが、ほとんど気まぐれに近い。試作装備を贈っても損はない程度の考えだった。

「おおっ!」

 画面に現れた少女の姿に法成寺は思わず声をあげた。やはり巫女姿はベリグー、羨まけしからん可愛らしさだ。軽機関銃を構えた元気いっぱいの姿や、実際に敵を倒す姿も素晴らしい。

 銃の性能も問題ないようで、法成寺は満面の笑みを浮かべた。自分の手がけた仕事をこうして目にする機会はなかなか得られない。おかげで嬉しい気分だった。

 それにしても可愛い従魔である。それを喚び出すシステムを考えれば、五条という人間が大きなトラウマやら欲求、苦悩を抱えているのだろう。けれど、それを差し引いても羨ましいと思う。


 ボンヤリ考えながら動画を見てると、終わりに近づいたところで満面の笑みを浮かべた少女がアップとなる。

 そして――。

『ボク、一杯活躍したよ! ありがとね、法成寺のお兄ちゃん!』

 手を振る巫女の全身像が映し出され、画像再生が終了した。画面が真っ黒になり、もう一度再生するかの確認が表示されている。

 それでも――法成寺は硬直していた。マグカップが手から滑り落ち、床で砕けチョコレートドリンクの中身をまき散らす。

 驚いて振り向いた同僚たちの視線にも気付かず、法成寺は目と口をわなわなとさせていた。ややあって震える手で頭を抱え、全身を震わせ過呼吸気味の呼吸を繰り返す。


 彼には夢があった――ボクっ娘にお兄ちゃんと呼んでもらうささやかな夢が。しかし現実として、そんなこと到底叶わぬ夢だ。そのはずだった。

 それが叶った。

 しかもアニメキャラが誰とも知れぬ相手に向けた言葉ではない。誰かにお願いして言ってもらった言葉でもない。法成寺のためだけ放たれた言葉と、法成寺にだけ向けられた天真爛漫な笑み。

 彼の全身を電撃が駆け抜けたのは言うまでもない。

「ふっひいいいぃぃぃっ! もうダメ、もうダメだあぁぁぁあああっ!!」

 DP研究の第一人者。新藤社長を前にしても平然とした態度を崩さず、さらにあの藤島女史の小言にも屈しない鋼の男、法成寺。その彼がいきなり雄たけびをあげたのだ。

 様子を伺っていた同僚たちは大問題が発生したのかと身構えた。

 しかし法成寺はそんな様子など意識の外で鼻を膨らませ、ひっひっふーと荒い息を繰り返し続ける。脳裏には天真爛漫な笑顔しか思い浮かんでいない。

「恋っ! これはこぉぉいぃぃだぁぁぁ! うひゃひゃひゃあ!」

 法成寺の雄たけびは奇声であった。様子を伺っていた同僚たちは顔を見合わせると、異常事態発生と判断した。即座に緊急時の手順に従い緊急警報を発令した。

 斯くして社内は上へ下への大騒ぎとなり、ただちにDP対策の特殊部隊が招集され外出中の新藤社長が大急ぎで駆けつける。キセノン社の通常業務も支障をきたす程の大騒動だ。

 キセノン社の全業務ストップという異常事態は夕方のトップニュースで報道される程だ。それは通信業界全体の株価が乱高下する事態となり日本経済全体にまで少なからぬ影響を及ぼす事態となった。

 後に動画を見て新藤社長は事情を知って大笑いした。そちらはそれで終わったが、藤島女史は暗い笑いを浮かべ法成寺に折檻すると、動画を送った人物に怒りを燃やすのだった。


◆◆◆


「ねえねえ、法成寺のお兄ちゃんにお礼するのにさ、なんでお兄ちゃんってつけるの?」

「あん? そりゃ、神楽みたいに可愛い子にお兄ちゃんって言われたら誰だって嬉しいに決まってるだろ」

「可愛いって、えへへっ。マスターは正直者なんだからさ」

「そしたらきっと気分良くなって、また新しい装備を送ってくるに違いないだろ」

「マスターってばさ、ほんと腹黒いよね……」

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