閑9話 楽させてあげる
ある日のこと、五条亘の元にメールが届いた。
しかし亘はメール如きで狼狽えたりはしない。最近はチャラ夫や七海と雑談のメールを送ることだってあるのだから。だからメールが奏でる着信音を余裕で聞くことすらできるのだ。
亘が曲の鳴り終えたスマホを手に取り余韻に浸っていると、コタツテーブルの上で煎餅を囓っていた神楽が不思議そうな顔をした。
「ねえ、メール確認しないの?」
「もちろんするさ。ただ何だな、着信音というのも良いものだなと思ってな」
「そんなことよりさ、早く確認したらどう」
メール着信が自分にとって当たり前になったと、そんなことで感慨に浸る亘の機微は理解されないらしい。急かした神楽はトコトコ歩いてきて横から画面を覗き込んだ、少し外ハネしたショートヘアの頭が視界を塞いで邪魔をする。
「誰からのメール? もしかしてナナちゃんかな?」
「どれどれ……おや知らないアドレスだ……なんだ、キセノン社からか。あの研究員の法成寺さんか。覚えてるか、ちょっと小太りの奴がいただろ」
「あの変な人のこと?」
「うん。巫女装束を熱く語る変な人だな。ああいうマニアとか面倒なんだよな」
「マスターも充分に日本刀マニアだと、ボク思うよ」
「失礼だな。ああいう巫女マニアで叫ぶ非常識枠と一緒にされたくないな」
「一緒だと思うけど……」
物言いたげな神楽はさておき、亘はメールを確認した。
「ほう! 神楽の装備を作成してくれたのか。それを送ってくれたようだ」
「えっ、ボクの装備!? ちょっと待ってて確認してみるよ」
神楽がさっそくスマホ画面へと上半身を突っ込む。突き出されたお尻やら、ジタバタする足が目の前で暴れる。小さいとはいえど、れっきとした女の子だ。そうした光景を亘がヤニ下がった顔で鑑賞するのも無理なからぬことである。
「重ーい。ねえマスター足引っ張ってくれる?」
「む、そうか。任せろ」
緋袴の裾を掴んで引っ張ると、ずるっとそれだけが動く。ワザとではないが、そうなったら良いのになと考えていたので、狙ってやったことになるかもしれない。
「キャーッ、マスターのエッチ!」
「悪い悪い、ワザとじゃないぞ」
今度はしっかり両足を束に掴んで引き上げると、顔を赤くした神楽が逆さづりで現れる。重そうに何かを抱えているが、まだ全部出てこない。
足を放して貰った神楽は、よっこらせと声をあげ残りを引きずり出した。それは黒味を帯びた金属塊である。
「もう、マスターってば酷いんだから。ほら、こんなの届いてたよ」
「……銃、なのか?」
神楽が着衣の乱れを直す間に銃を眺める。それはずっしりとした金属質の銃だった。刀剣ならともかく、銃について知識のない亘には自動小銃みたいとしか判別がつかない。
「メールだと軽機関銃とあるな。でも、自動小銃とどこがどう違うのかさっぱり分からんな」
分からないなりに何やらヤバゲな雰囲気があるとは感じる。
さらにメールによると、銃で戦う巫女さんのための装備らしい。そんなことが、巫女賛美の言葉と共に書かれてあった。
なお、弾倉の補充用として神楽専用の購入サイトを特設してあるそうだ。装備の贈呈といい、どれだけ優遇するつもりだろうか。巫女マニアの恐ろしさの片鱗を感じてしまった。
その神楽は重そうな軽機関銃をよっこらせと肩に担いで見せた。
「ねえね、さっそく撃ってみていい?」
「おい止せ。アパートで試し撃ちする気じゃないだろうな」
「えー、ボク撃ってみたい。いいでしょ」
「壁に穴が開いたら、敷金が返ってこないだろうが。異界でやれ、異界で」
「ちぇー」
それから異界に出かけることになったが、ハリーハリーと神楽に追い立てられての出発で、いつもとは逆の状況だった。
◆◆◆
攻略予定として、幾つかストックしてある異界の一つへと到着した。探してみると意外に多く存在している。身近にこんなに存在して大丈夫かと、少しばかり心配になるぐらいだ。
中と外の風景がほぼ同じのため敵はさして強くもない。試し撃ちには丁度良いだろう。
「さて、まずは軽く肩慣らしといくか」
「そだね……ねぇ、もう撃ってもいいよね?」
神楽は新しい玩具を手に入れた子供の様にワクワクして、早く使いたくてうずうずしている。既に軽機関銃を構え、射撃準備は万端だ。いつもより飛行速度が少し落ちているので、やはり重いのだろう。
「ダメだ、弾代だってタダじゃないだろ。敵が出るまで待ちなさい」
「まったくもう。マスターときたら、すーぐ細かいことばっか言うんだからさ。弾代たって1DPだよ、それぐらいいいじゃないのさ。そんなに細かいことばっか言ってると、ナナちゃんに言いつけちゃうからね」
「なんでそこで七海が出てくるんだ」
「さーねー。自分で考えるといいよ」
つんっと意地悪く言われてしまう。少し考えても理由が分からなかった亘は諦めて歩き出すが、その頭に神楽が降り立つ。しかし銃の重みでいつもより重い。
「重いな。これだと首が痛くなりそうだな」
「むーっ! マスター失礼だよ」
「失礼ってなんでだよ。銃が重いから、それを言ってるだけだろ」
「それでもだよ。まったく、マスターときたらさ。デリカシーがないんだから」
プンスカ怒る神楽だが、それでも頭の上から肩へと場所を変える。そこに腰掛け、ご機嫌な状態で歌を口ずさみ、亘をけしかけ敵を求めて歩かせる。
銃を使ってみたくてたまらないらしい。
「どこかなどこかな、獲物の敵さんどこかな……いた! あっちだよ。ゴーゴー、マスター!」
敵の反応を発見した神楽が足をばたつかせる。拍車を掛けられた馬の気分で亘は速度をあげ、指示された方向へと向かう。そして薄闇の向こうに敵の姿を発見する。
「ほう。コボルトか、これは手頃な相手だな」
「ボクが倒すんだからね。マスターは手を出しちゃダメだよ」
「はいはい。自分は動画を撮影しながら、大人しくしてます」
「それじゃあ、行くよぉ!」
飛び立って一直線にコボルトへと飛んで行く神楽の姿は、まるで空母から発進した戦闘機のようでもある。敵から一定の距離を取って滞空し軽機関銃を構える姿は武装ヘリかもしれない。
亘がスマホで撮影する前で、神楽が銃を構えた。それを口から舌を出したコボルトが不思議そうな顔で見ている。
「さあ、これが初獲物ー!」
ザザザザッという金属音と共に銃口付近からマズルフラッシュが煙を噴いた。反動を堪えながら引き金を引くせいか、集弾率はあまり高くない。しかし、元が小さな神楽が大きな標的を狙うため、さして問題はなかった。
「あはははははっ!」
哄笑をあげ引き金を引く神楽の姿はちょっと――否、かなり恐いものがある。
そしてフルオートで放たれた弾丸は、コボルトの体にビスビスと小さな穴を穿っていった。孔だらけとなったコボルトは、ひょろ長い身体をがくがくとさせる。フルオートでマガジン一つが打ち尽くされるや、ばたりと倒れてしまった。
明らかにオーバーキルだ。
「はぁー、この身体が痺れる感覚が堪らないよー。身体の芯がジンジンして気持ちいいよう」
女の子の発言として、それはどうかと思う感想を神楽はトロンと陶酔した顔で述べた。ちょっとイっている感じだ。
「なあ芯って、どこなんだ」
「……マスターのエッチ」
「…………」
亘はため息をつき、DP吸収量を確認した。やはり獲得量は3DPで、マガジンの補充に必要なDPを差し引くと2DPの収入となる。亘が倒すか魔法で倒せば、まるっと全DPが手に入ると考えれば、ちょっと勿体ない。
何より神楽の豹変ぶりが恐いではないか。
「なあ、銃を使うの止める気は……なさそうだな」
「当然だよね。なんか癖になっっちゃいそう」
「せめて途中で撃つのを止めれないのか? 敵一体にフルオートで撃ちきるのは勿体ないだろ」
「えーっ、やだよ。撃ってる途中で止めるなんて無理だよ」
銃の問題というより神楽の問題だが、途中では止められないそうだ。これがトリガーハッピーという奴なのだろう。銃身に頬ずりしようとする姿は、契約者として何だか哀しいものがある。
「とりあえず銃の使用は原則禁止な。許可制だ」
「えー! やーだよ! ボクが銃で全部倒すんからさ。マスターには楽させてあげるからさ」
「ダメだ」
神楽は不満の声をあげ、ごねたり甘えたりとおねだりと、あの手この手で銃使用の許可を得ようとした。それで仕方なく時々なら、ということで妥協しておく。だが、先程の哄笑を思うと、どうしたものかと頭が痛くなるのだった。
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