第17話 子供に理解できる丁寧な説明
開始時間となって正面付近のドアが開く。外で時計を見ながら待機していたのではないか勘ぐりたくなるようなタイミングだ。
背広姿の男たちがキビキビした動作で入室し、前方で展開し最終準備をしだす。その内の一人が大型ディスプレイの前に立った。
それは細身なスーツをお洒落に着こなしたイケメンスタイリッシュサラリーマンで、堂々とした姿に自信に溢れた態度は『キセノンヒルズ』の高級な建物に相応しいものだ。
そのまま黙したまま、室内を睥睨しだす。
次第にざわついていた室内が静かになっていく。なかなかの人心掌握術だろう。
完全に静かになったところで、イケメンがマイク片手に口を開く。
「皆さん。説明会を始める前に注意しておきます。まず携帯電話などは電源を切るかマナーモードにしておいて下さい。説明会中は私語をしたり、騒いだりもせず静かして下さい」
ありきたりな注意だが、滔々と語られる言葉には強い説得感があった。静かな室内のあちこちでゴソゴソと動く音が聞こえる。
亘はふんと馬鹿にしたように鼻を鳴らす。もちろん隣の七海に聞こえない程度にコッソリとだが。
イケメンが気にくわない。もちろん顔だけではない。その言動のいちいちに、芝居がかった気障っぽさを感じてしまうからだ。きっとアフターファイブをお洒落なバーで過ごし、カクテル片手に女の子を口説くモテモテで爛れた生活を贈っているに違いない。そんな気にくわなさを感じてしまうのは――つまり単なる嫉妬だ。
再び室内が静かになったところでイケメンが口を開く。
「次に、ご自分の従魔は大人しくさせて下さい。それが出来ないなら、スマホに戻して下さい。いいですか、ここは学校ではありません。守れない方は会場から強制的に排除しますし、場合によってアカウントの停止措置をとることもあります」
強い口調に応じ、再度会場内でゴソゴソと音が響く。不安になった参加者たちがスマホを操作し従魔を戻していくのだ。あちこちで、従魔が帰還する光が閃く。
皆がそうするので、亘も神楽のことが少し心配になってくる。しかし、今更フードから神楽を取りだし、スマホへと戻すのも格好悪いではないか。ここは神楽を信じることにする。
静かになったところでイケメンが満足げに頷く。
「それでは、今から説明会を開催しましょうか。質問は後でまとめて受け付けますから、まずは運営側の説明を聞くように。いいですね。じゃあ主任、お願いします」
イケメンに促され前に進み出たのは、M形に頭部が後退した年配の男だ。気弱そうな顔つきで、猫背でくたびれた灰色の背広姿。仕事帰りは居酒屋に寄り、熱燗とおでんで愚痴をこぼす。そんな光景が思い浮かんでしまう。そんな親近感を覚えてしまうのは――つまり同病相憐れむだ。
「あっ、どうも運営の海部でございます。デーモンルーラーのアプリをダウンロードして頂き、皆様ありがとうございます。お集まり頂いた皆様は、悪魔を使役する才能があると判定された方々になります。今日はその詳しい内容につきまして、ご説明させて頂きます」
静かな説明会場に海部のやや緊張気味な声が響き、説明が始まる。
大型ディスプレイに文書やグラフ、時には映像が表示される。しかし、それは十代の子供に理解できる丁寧な説明のため、亘にはじれったいものでしかない。
しかし大人しく耳を傾ける。大人なので。
「DPとはマナ、エーテル、気、霊素、魔素、魔力など地域や時代により様々に呼ばれていたきたものになります」
洋の東西を問わず、古来から認知されてきたDPだが、近代科学発展以降は一転して存在しないオカルトの類とされてしまう。それはDPの科学的観測が困難であったことが大きな原因だ。
「このDPは実在しておりまして、我々人間など一部の生物は身体の中でDPを生成するなど、生命活動を行う上でも、ビタミンやミネラルと同じく必要なものです」
これらDPが自然界で大量に溜まった場所がマナスポット、パワースポット、霊場、龍脈と呼ばれる場所になる。
もちろん人間も体内でDPを生成し、余剰分を呼吸と共に排出する。このため、人間が集まるほどDP濃度が高まることになる。
「それを目当てに集まってくるのが、悪魔と呼ばれる存在になります。で、我々人間が安全に暮らすためにはですね、定期的にDPを浄化してやらねばなりませんし、集まった悪魔を退治する必要があります」
古来から日本でDP浄化の役目を担ってきたのが、神社仏閣といった施設や祭りなどの伝統行事。そして悪魔の対処を行ってきたのは陰陽師や山伏、忍者や僧侶、力士などになる。
「しかしですね、こうした対策は今や限界を迎えつつあります」
この百年、急激な人口増加によって排出されるDP量は膨大なものとなった。
一方で古くからの神社仏閣は放棄され、幾つものが伝統行事が廃れた。これにより、浄化状況は年々悪化の一途を辿っている。
DPや悪魔がオカルト扱いされるため、政府も表立った対策が出来ず手をこまねいている。
「このままでいきますと、いずれ世の中に大量のDPが溢れだします。そして、DPを求めた悪魔が出没し社会は崩壊するでしょう」
海部は室内を見回す。本当に話を理解しているか不明だが、聞き手は沈黙し耳を傾けている。
「それが起きるのは、数年後とも十年後とも言われております。そんなわけでして、当社は政府各所と粘り強い交渉を続けてまいりました。そしてついに民間として初めてDP対策事業に参入することが許可され――」
海部が一旦言葉を切り、室内を見回す
「開発されたのが、皆様がお使いになられております、悪魔を使役する『デーモンルーラー』というアプリでございます。効果の程は今更申すまでもありませんね。皆様におかれましては、DP対策の切り札となられますことを大いに期待しております」
説明を終えると、海部は額の汗を拭いながらホッと息をついている。またあのイケメンが前に出てくると、海部から取り上げるようにマイクを受け取った。
「皆さんお疲れ様でした。主任から説明がありました『デーモンルーラー』のアプリですが、その真の機能は誰でも使えるものではありません。つまり、今日ここにお集まりになられた皆さんは選ばれし者です」
その説明にゲンナリする。
「ぜひ従魔を使い悪魔を倒し、DPを回収して下さい。そして世界を救う勇者になって下さい。それが出来るのは皆さんだけなのです。どうかお願いします、」
そこでイケメンは演台に手をつき、深々と頭を下げてみせる。
心の底からお願いするような態度だ。しかし、亘は憮然として眉を寄せてしまう。僻み抜きにしてだが、強い演技臭を感じ白けてしまったのだ。
イケメンが顔をあげると、爽やかな笑みとなっている。やはり先程の切々とした態度は演技だったらしい。
「さあ、ここまで一方的な説明でしたが、内容で分からないことがあれば質問をどうぞ。もちろん、これまで『デーモンルーラー』を使ってみての、分からない点でも構いませんから。何かあれば挙手をお願いします」
イケメンはゆっくりと室内を見回す。甘いマスクの優しい笑みだが、どこか上から目線の印象が拭えない。丁寧な態度の端々に相手を小バカにした雰囲気があり、そして肩肘張って俺が俺がと前に出ようとする印象があるのだ。
もし一緒に仕事するならM型禿げの海部の方がいい。少なくとも亘はそう思うのだった。
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