第二章
第15話 ウエーイと叫び
市街地の二車線道路を国産SUV車が走行していく。車の運転には人の性格が出ると言うが、遅からずも速からず周囲の流れに合わせた穏やかな運転だ。
運転するのは五条亘だった。
その地味で冴えない顔に、やや不安と緊張が見られるが、車の運転が理由ではない。
今日は『デーモンルーラー』の説明会が行われる。その会場に指定されたのは、キセノン社の本社ビル『キセノンヒルズ』だった。
『目的地マデアト少シデス。案内を終了シマス運転オツカレサマデシタ』
カーナビ音声が目的地に近いことを知らせる。古いナビなのであまりアテにはできず、偶に見当違いな場所や、明らかに違ったルートを案内することもあるが、今回は無事到着することが出来た。
亘はチラリと助手席に目をやる。
座席にスマホがあるが、それと並んで同じサイズの美少女フィギュアのような存在が鎮座している。外ハネしたショートの黒髪に巫女装束姿と、明るくも元気良さそうな外見だ。
その姿が動き、満面の笑み浮かべ見上げてくる。それは『デーモンルーラー』のアプリを介し契約した悪魔の神楽だ。両足を投げだしチョコンと座り、時折機嫌良さげに足をパタパタ動かす。
亘はフィギュアとドライブを楽しむ変人ではない。
「ねえ、いよいよだよね。ボクなんだか緊張してきたよ」
「確かにそれはあるな。念のため、もう一度今日のおさらいをしておこう」
「またなの? それもう何度目だろね」
「何度だっていいだろ、神楽はこのまま外に出た状態で――」
「はいはい。マスターの服の中にでも隠れて、何か感じたら知らせればいいんでしょ。朝から何回も聞いてるもん、分かってるよ」
「……まあ、何か異常に気付いたら、バレないように背中を蹴るか叩くかして合図を送ってくれよ」
「はいはい、了解だよ」
「はいは一回だ」
「はーい」
神楽は投げやりに答えると、ベーッと舌を出す。亘はヤレヤレと頭頭を振り運転に集中する。くどいほど念を押すのは理由があった。
この説明会には、亘と同じく悪魔と契約した者が大勢集まってくるのだ。
その全員が全員、善人であって友好的で大人しいはずがない。なかにはバトルマンガ紛いに従魔をけしかける契約者だっているかもしれない。ならばいくら警戒してもしすぎることはない。
『キセノンヒルズ地下駐車場』と記された看板に従い、地下駐車場に乗り入れる。防水塗装のされた駐車場を、タイヤをキュルキュル鳴らしながら進む。
もっと混雑を予想していたが、思ったより空いていた。適当なスペースを選び駐車すると、排気ガス臭い車外へと出る。
「ようし、行くとしようじゃないか」
「じゃあボクはね……マスターのフードの中にでも隠れよっと」
亘がキーレスエントリーでドアロックしていると、神楽はジップロックパーカーのフードへと潜り込んでくる。しばらくゴソゴソと、ポジショニングする動きが伝わってくる。その間にも亘は地上出口と描かれた矢印に従い、金属製の扉を開くと地上へと向かう。
階段をのぼり、その先にある扉を開く。
「なるほど、こう来たか」
人工の薄暗い地下から爽やかな林、その落差が感動をかき立てる。
林間に自然石を使用したせせらぎ水路と、鮮やかな白砂利の道が並ぶ。どちらも緩やかな弧を描きながら木々の間を伸びている。添木をあてられた木々は密集しすぎず、されど疎らすぎず適度な間隔で植えられる。青々とした葉が茂り、軽い風が吹き抜けサワサワと軽やかな音を奏でていく。
「ふぅん……」
一瞬の感動が去ると、亘は冷めた目をする。
よく管理された林は作り物めいて、まるでドラマのセットのようだ。取り繕った景色は、イケメン俳優の主人公と、笑顔の美人女優が連れだって歩く姿こそ相応しい光景だろう。
自分には相応しくない世界観に、亘は皮肉の笑みを浮かべてしまう。パーカーのポケットに手を突っ込むと、猫背気味となって白砂利の道をザクザク歩き出す。
いくらも行かないうちに林が途切れ、目の前に近未来的な高層ビルが現れる。
「造られた自然から近代的な構造物を見せるか……つくづく演出を計算してるよな」
捻くれた感想を述べ、入り口の自動ドアを通り抜ける。
中はガラス面の多い開放的な空間で、ハイセンスで近未来的な内装だ。ニヒリズムな気分だった亘でも、思わずその雰囲気に浸ってしまいそうになる。
それもそのはず、『キセノンヒルズ』は近未来高層ビルとして建築され、それがテーマの映画やドラマでロケに何度も使われている。多くの人が思い描く、素敵な未来の象徴だろう。
地域のランドマーク的存在であり、ビジネスフロアだけでなく、高級店舗のテナントが幾つも軒を連ねている。
(んー。ここ、何だか変な気配がするよ)
(こら顔を出してないだろうな)
(もう心配性だね、大丈夫に決まってるじゃないのさ)
背中から聞こえる声とヒソヒソ会話する。
エントランスのあちこちに芸術的オブジェが置かれ、休憩用スツールやテーブルもそれだけでインテリアになる。黒大理石のような床や壁にはディスプレイが埋め込まれアート的映像や、お知らせを映しだしている。さすがは通信業界最大手のキセノン社の本社ビルと感心する建物だ。
高級感溢れる先進的な内装はスタイリッシュスーツこそ相応しいだろうが、亘は気後れすることもなくトレーナーにパーカーを羽織ったジーンズとスニーカー姿で歩いていく。
内心では半端ない場違い感にドギマギしている。背中のパーカーに感じる重みがなければ、もっとビクついていたかもしれない。
ふと自分の職場を思う。
オンボロ庁舎は築50年を過ぎ、隙間風を塞ぐためあちこちガムテープが貼られ、穴の開いた壁は内装材が出ている箇所もある。自動ドアもあるが接触が悪いのか時々開かず、室内灯スイッチは点けるのにコツがいる。後付けOAフロアは歩くと揺れ、陥没している箇所もある。
ここまで違いすぎると苦笑しか出てこない。
自虐的な笑みを浮かべると、黒大理石ぽい艶やかな柱に人影が映り込み、自分の背後に誰か居ると気づく。
「ん?」
「あっ」
振り向くと高校生ぐらいと思わしき少年が驚きの声をあげた。
短くザックリした髪は薄茶色で、だらしなく着崩したシャツにジーンズ姿。首に十字架ネックレス、腕に金属と革のバングル、ズボンにはチェーンとチャラチャラした姿だ。この場でいきなりウエーイと叫びだしても不思議でないだろう。
しかも足元には、何故か狛犬っぽくコスプレさせた犬を連れていた。この建物内はペット同伴可だったろうか。
チャラチャラした格好から、心の中でこっそりチャラ夫と命名する。
そんな亘の不審と警戒を気にもせず、チャラ夫は存外と人懐こい笑みで寄ってきた。
「どもーっす。もしかしてデーモンルーラーの契約者の人っすか、そっすよね」
「……君は?」
「俺っちも契約者なんすよ。いやー、よかったっす。なんかココ場違いっての? なんか緊張して、どうしていいか分かんなかったんすよ。あ、一緒に行ってもいいっすか?」
押しの強い一方的な言葉だが、それも緊張のなせるわざなのか。しかしどう見ても、場の雰囲気で緊張するようなタイプではない。
頭をかいて笑う姿からすると悪い奴ではないらしい。しかし、あっさり自分が契約者だと口にすることを素直と評すべきか、愚かと評すべきかは判断に迷うところだ。
その屈託ない様子を見ていると、自分が警戒しすぎたかと心配になってしまう。
「いいけど、その足元に居る犬は?」
「ああ、こいつすか。俺っちの従魔で、ガルムのガルちゃんっすよ。ほうら、ガルちゃん挨拶するっす」
ガウッと鳴いた犬が軽く前足の片方を軽くあげてみせる。どうやら従魔なのは本当らしい。チャラ夫は犬にコスプレさせるおバカな子ではなかったらしい。ちょっと意外だ。
「そんで、俺っちの名前は長谷部祐二っす。おじ――お兄さんは?」
明らかに不適当なことを言いかけるチャラ夫だが、亘の眉がピクッとしたことに気付き、慌てて言い直している。見た目に反し察しの良い奴だ。口は軽いが。
こいつの名前は永遠にチャラ夫だと、亘は心に決めた。
「自分は五条亘。確かに君と同じ契約者だ、よろしくな。従魔はピクシーで、名前は神楽というが……ほら、出てきて挨拶しなさい」
「……こんにちは」
亘の言葉に神楽が挨拶する。しかし、パーカーの中からちょろっと顔を出すと小さな声で挨拶すると、直ぐ引っ込んでしまった。意外なことに人見知りするらしい。
そんな神楽の姿に、チャラ夫は目を輝かせ腕を広げる。何事につけても大袈裟な仕草をすタイプだ。
「うおー、可愛いっす。ピクシーの神楽ちゃんっすか、いいっすね。羨ましす! ってぇ!」
ガルムが嫉妬したのか、それとも静かにするよう叱ったのか分からぬが、チャラ夫の足をひと噛みした。
騒々しいチャラ夫を尻目に、亘はさっさとエレベーターホールに向かう。置き去りにするつもりだが、薄情と言うなかれ。同類とは思われたくはないだけだ。
「ちょっ、待ってくださいっす」
置き去りにすることは叶わず、慌てて追いかけてきたチャラ夫と一緒にエレベータホールに到着する。そこで、肩にかかる黒髪の少女がエレベーター待ち中だった。
「おおっ、女の子がいるっす。ご同類っすか?」
七分丈の青い服に肩から上着を羽織り、膝下ぐらいのスカート姿だ。不似合な大きいサングラスとマスクのせいで、正確な年齢はちょっと分からない。
華奢な身体つきからすると高校生ぐらいだ。けれど判断に迷うのは、かなりボリューミーな胸の存在である。服の上からでもドンッと大きく、それは亘が気恥ずかしくなって視線を逸らしてしまうぐらいだ。横のチャラ夫は小声で感嘆の声をあげ、ガン見しているが。
「…………」
「…………」
同じデーモンルーラーの契約者だろうと推測できるが、あえて声をかける必要があるのだろうかと亘は悩む。契約者だから仲良くせねばならないものではない。
ただしそれは、へたれな亘の理屈づけであって、本当は女の子に話しかける勇気がないからの言い訳だ。
実は話しかける以前に、女の子から不審に思われない立ち位置はどこか、そんなことで悩んでいるレベルである。
相手の女の子も黙っているため、お互いに存在を気にしつつ無言状態だ。こうなった沈黙を打ち破ることは、亘には無理である。
「ねぇ、ねぇ。君もデーモンルーラーの契約者っすか? あ、俺っちは長谷部祐二って言うっす。そんで、こっちはガルムのガルちゃん。あと、この人は五条さんでピクシーの神楽ちゃんも一緒なんすよ」
さすがチャラ夫だ、自分にできないことを平然とやってのける。亘はシビレも憧れもせず感心した。こいつなら例えローマ法王相手でもヘラヘラ笑って話しかけるに違いない。そういう奴だ。
ポーンと音が響く。
目の前の扉がスルスルと開き、ガラス張りのエレベーターが現れる。高所恐怖症には辛そうな構造だ。
亘はさりげなく先に乗り込むと開ボタンを押す。そして中へと促す合図をした。
チャラ夫の勢いに便乗し、思い切って自己紹介をしてみせる。女の子に話しかける高難易な挑戦に内心ドキドキだ。
「そこの彼に紹介されましたが、自分は五条と言います。申し訳ないですが、エレベーターをご一緒させて貰いますよ」
格好いい社会人による大人の気づかい……のつもりだが、ちょっと怪しい喋りだったかもしれない。しかし、これが亘の精一杯だ。
チャラ夫は当然という顔でずかずかと、ガルムはぺこりと頭を下げエレベーターに乗り込んだ。悪魔の方が行儀良いというのは、果たしてどうなのだろう。
女の子は少し躊躇った様子でいたが、それは少しの間だけだ。楚々とした足取りで会釈をしながら乗り込んでくる。
亘が指定階を押すと扉が閉まり、エレベーターがようやく上昇しだした。
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